手品師の原則
雪異
披露困憊
走る。
それはそれはもう自分でも何を見ればいいのか分からないくらい。景色が後ろに遠ざかるのを目ではなく肌で感じるくらい。風の音。生きてる証拠って心臓が動く音じゃないかと、ハッキリ知る。喉を通る空気の味がする。一人。疲れる。振動がそのまま身体を貫いてくる。あー疲れた。
なんで走ってるかって?
サーストンの三原則っていうのがあるんだよ。詳しくは知らないけど、多分サーストンって人が言ったんだろうね。
「起こる事を起こる前に説明してはいけない」
「同じものを見せてはいけない」
「種を明かしてはいけない」
この3つの原則がさ、あ、手品の話ね。これってさ、すっごくカッコイイと思うんだよ。エンターテインメントってかくあるべきだよねって。見ている人を楽しませようって気持ちがひしひしと伝わるよね。
それで、これって手品に限った話じゃないと思うんだよ。色んな事に通じる事だと思う。ほら、例えばさ。
ハッピーバースデー!
えーっ!?
嘘!嬉しいー!ありがとう!
サプライズパーティってサプライズ、驚かせるために説明しない訳だよね?だから起こる前に説明しないっていうことで、一つ目の原則と一致してる。あー、ちょっと待って。よく考えると二つ目と三つ目がダメか。誕生日って何回もあるもんね。あと種を明かしてる。そもそも誕生日ってそういうの予想できちゃうか。いや、まあ手品じゃないしね。いやでも、例えとしてはダメだったかな?
まあ、そう、つまりエンターテインメントショーに通ずると思うんだよ。一つ目、起こる事を説明しない事で観衆はハラハラ、ドキドキしながら何が起こるのかを期待できる。次に、同じものを見せない。これは一つ目と少し被る内容だけど、つまり新鮮味だよね。何回も同じことをやったら飽きられてしまう。趣向を凝らすべし。これは胸に響いたね。そして、種を明かさない。何でもかんでも説明するべきじゃない、ってことだよね。舞台裏だとか、本音だとか、裏事情を好む人もいるかもしれないけど、ショーはショーとして楽しみたいって人も多いんじゃないかな?多分。
手品師とか演者ってさ、いや、裏方を含めたらもっといるんだろうけど、ここで言ったショーを考える人って言うのはホント、大変だよ。考えることが多いし、考えた後に実際に演じなきゃならない。手の動き、足の位置、呼吸、視線、声量、意識するかしないかも含めて、それはもう本当にプレッシャーだよね。
でも、だからこそ、ショーを終えた時、本当に気持ちいい。お客さんがどんなに楽しんでくれたかって、さなかに、そして後から知ることが出来る。金切り声、怒号、泣き声、呻き、これらがどんなに素晴らしいかはやった人だけが味わえる特権だろうね。やっぱり。
色んな人に楽しんで欲しくってさ。
出来るだけ長く、長くショーを続けられるよう頑張ったんだけどね。でもやっぱり、ショーはどこかで幕が降りるんだよ。人生って難しいね。でも、だからこそ尊くて、一瞬一瞬が素晴らしいって。ああ、思うよ。すっごく。
全員は連れて来れなかったけど。
目と目が合う。
額にキスをする。
最後のお客様に、最大の感謝を。
手品師の原則 雪異 @ririririrn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます