1話④(最終話)

***


 酒井けい君。彼は小太りな偉そうなどこかの会社のおぼっちゃま。

 大きいなメガネと大きな声が特徴。少しトロイ私すぐ泣きそうなる。

 いじっぱりで口が悪くて、一週間だけの約束で私の幼稚園に五歳でやってきた。


「俺の名前は酒井けい様だ! よろしくな愚民ども」

「ブサイクでデブなくせに偉そうー」

「いじめちゃえ」


 あっという間に嫌われた酒井君は、いつもいじめっ子から逃げ回っていた。

 だけれど。


「やめて、ワンちゃん。私を追いかけないで」

「おい、愚民の女! なにしてるんだ」

「酒井君、ワンちゃんに追いかけられて」

「ほい」

「!? 今なに投げたの?」


 酒井君が何か投げた瞬間、犬はどこかへ消えた。


「ボールだ!」

「ありがとう、酒井君、カッコイイね!」


「ふんっ」


 私は勢いで抱きついて、酒井君の顔は真っ赤だった。

 それからだ。私と彼が仲良くなったのは。


 毎日給食一緒に食べて、親の帰りを待つ。

毎日楽しかった。そして最後の日。事件は起きた。


 朝から私ワクワクしていた。その日は私の誕生日の日。私のか幼稚園は、誕生日だけは自由な服を着ていいことになっている。私はピンクの魔法少女みたいなドレスを着てた。


 仲良しの酒井君に見せたくて、私は酒井君を探した。だけれど。


「酒井君、いた! みて! この服!」


「うわ、やめろ、人前に出るな! こんな服で外を歩くな、ダメだ! 脱げ!」


「え?」


「お前、その格好で外に出るな! 恥ずかしいから! 俺の後ろにずっと隠れて

ろ!」


 意味がわかんない!! なんで!? 可愛いって言ってくれると思ったのに。

 せめて、似合うねとか、酒井君に一番褒められたかったんだよ? 何でかわかんないけれど、喜んでもらえる妄想にニヤけちゃったりして。


「うわああああああん!!」


 真っ赤な顔で酒井君は怒鳴ったから私は泣いた。きっと口の悪い酒井君でも、今回ばかりは褒めてくれると心から思っていた私は目が点になって、その後泣い

た。


 その日、酒井君は引越しの準備をすると言って途中で幼稚園から去って行った。


 私は寂しくて、でもあんなに言われるぐらい私は可愛い服が似合わない可愛くないんだと悟った。


 今まで家族に愛されて周りに恵まれてきたから、見た目で悩んだ事はなかった。

好きな服はフリフリで、ゴージャスなお姫様系だったから大人になったら着たいなって。


 酒井君にも言ったはずなのに。

 七夕のお願い事も「私だけの王子様のお姫様になりたい」だったし。あの頃はまだ友達もいたし活発だった。あの事件で全てが変わった。


「景ってあの、酒井君!?」

「そうだ。本当に悪かった。あの後保育士さんから色々怒られた。俺は、可愛すぎるお前を誰にも見せたくなかっただけなんだ」

「でも、あんな言い方ないよ。傷つくよ。それにどうして連絡くれなかったの? 友達だったよね」


「俺は変わろうと思った。可愛いお前の横に堂々と立てる人間に変わりたかったんだ」


「何で、そんな」


「お前のためだよ、お前はお前が思う以上に美少女だし、魅力的なんだ」


「そんなわけない! だって酒井君あんな風に言ったじゃん」

「酒井は偽名だけれど……それは俺が恥ずかしくって素直に言えなかったからだ! それがお前の人生をここまで狂わせるなんて、考えもできなかった。本当にすまない!」


 私は大粒の涙を流して景を見上げた。

 昔よりグンと伸びた身長は、私より余裕で高い。


「全てのものをお前に捧げてもいい!」


「景」

「俺を許してくれとは言わない。昔みたいにルリに笑って欲しいんだ」

「泣かないで、景。私気づいたんだ」


 このドキドキの正体はきっと……。

 私は景を見て涙目で笑う。そして景を抱き寄せるように彼の胸に顔を埋めた。


「え? ル、ルリ!? ちょ、おい、待て」


「待たないよ。確信したんだもん。景の事が、当時の酒井君が好き。ううん、大好きだったから、あんなにもあの言葉と行動がショックだったんだ……って」


 景に振り向いてもらえないなら、どんなオシャレも無意味だと思ったあの日。


 世界の誰から可愛くないって言われても、景さえ褒めてくれれば私は良かったから。

 だから会えなくて全てがつらくって、この世界に私は心閉ざしたんだ。


「! ルリ! お前も俺を!?」


 コクンと無言で私は頷く。そして微笑む。


「好きだよ。大好きだったよ。正直今の景はよくわかんないけれど」

「わからせてやる! 俺はお前のためだけに生きてるんだから、これからもずっと側にいるし、守るし笑わせてやる」


 景は私を持ち上げて抱きしめる。うわああ、なんか恥ずかしい。

 今更だけど、こんなにカッコいい子と私両思いなんだ!?


 夢見たい! 嘘みたい! あり得ない!!


 しかも、こんなにカッコよくなった理由が私だなんて、最高じゃない??


「昔の意地っ張りさはどこにいったの、酒井君はこんな素直じゃなかったけれど」


 まるで別人ね。なんて二人で笑う。


「素直にならなきゃ手に入れれないと思ったから、勇気を出したんだ。本当は今でもむず痒い」

「私は素直に言ってくれて嬉しいよ。私も大好きだし、ありがとうだし、誤解で変な事してごめんね」

「いや、お前が謝る必要はない。そもそもタイミングが最悪だった。あちらこちら引っ越して、いろいろ家がバタバタしていたから、説明しに戻れなかった」

「そうなんだ」


 確かに一週間で引っ越しは急だったけれど。

 私本当にビックリしたんだから。凄く泣いたんだよ。


「でも、今回はお前の好きだった服の系統でファッションブランドとして作ってみた。あれから、記憶を頼りにファッションを習い、努力した」

「本当に、私のためだけに」

「この前のピンクの服、見覚えないか」

「! あの日来たドレスをベースにしたの?」

「そうだ。今のお前の身長を想定して、何度も作り直した。ストーカーはしてなかった。いつかテレビで放送して呼びかけるつもりだった。どこにいるかは引っ越し前の場所から予想はついたけどな」

「なるほど」


 確かに、幼稚園から家って普通は遠くではないよね。納得。


「俺はまだ子供だけれど、いつかお前を守れるような立派な大人になる。お前を一番に輝かせる服のデザイナーになってやる。俺は元アイドルだから俺の元ファンもファンも俺が幸せになる事とブランドで幸せにするけれど、一番はお前だけだ」

「景」

「見た目だってお前の理想に寄せたんだ。ずっとキラキラした目でお前アイドルや絵本の男の子を見てたから、それを混ぜたんだ」

「あ、だから私の好みそのものなの!?」

「! 今、ルリ。何て」

「はっ、つい本音が」


 急に恥ずかしくなる私は顔を抑える。あああああ。穴があったら入りたい。


「本音なのか!?」


 景の声も飛び跳ねるようだった。

 そして。


「きゃああ!?」


 ガバッ!! 勢いよく景が私を抱きしめる。


「良かった。今日の今日まで努力してきて本当に良かった。俺、生きていて良かった」

「景」


 確かにあの頃の面影、あんまないもんなあ。元々綺麗な顔立ちには見えていたけれど、太っていたし、メガネもかけていたし。でも、嬉しい。あの子をあの事件までは大切な友達だと思っていたから。


「ごめん、景の本心に気付けなくて」

「お互い五歳だったしな。あの頃から俺はずっとお前だけが好きなんだ」

「ありがとう、戸惑うけど嬉しい、色々混乱はするけど」


 だって、国民アイドルを引退させたのが私だよ?

 一般庶民のモブ子だよ?? すごく申し訳ないけれど、誰かに彼を渡すのは嫌

だ、なんて図々しくも思うってる自分がいた。

 かあああっと顔が熱くなる。私、恋をしてるんだ。


 恥ずかしくてもどかしくてなぜか嬉しい気持ちに溢れてはにかむ。


「なんだ、ルリ」


 景も照れたように微笑んで私を一生懸命見つめる。

 あの頃ならきっとすぐ目を逸らしたんだろうけれど、今の景は素直だ。


 そう思ってると。


「あの、夕飯なんですけれど」


 執事らしきおじいさんが困ったように私達を見つめていた。キャアアア! 恥ずかしすぎる。そういえば私メイク落としてないんじゃ……と鏡を見てみると、


「景、私のメイク落とした? 唇とか触った?」


 気がついてみると服もシンプルなパジャマだ。

 高そうないい素材っぽいパジャマはラベンダー色でなんだか可愛い。


「大丈夫だ。女の使用人が全て行った」

「良かった」

「正直俺以外にお前を触らせたくなかったけどな」


 景がボソリと何かを口走る。聞こえなかったけれど。 


「え?」

「何でもない!」

「耳まで真っ赤だけど? 熱あるの?」

「うわあああ、やめろ顔を近づけるな! 熱はない」


 バタバタと私から逃げ惑う景。反射的に追いかける私。


「青春ですねぇ」


 執事さんがそう言って部屋を出る。

 扉に景はぶつかり、転ぶ。私もそのまま景の上に傾れ込む。

 お互いに瞬きして見つめ合い、目をそらす。


 心臓がドキドキして壊れそうだ。はあ。


「ごめん、ルリ」

「私こそごめんね景」

「夕食行くぞ。あとでお前の部屋にも案内するから。お前の好きそうな家具、揃えたんだからな!」


 どこか誇らしげな景。あはは。やっといつも通りの景に戻った。

 嬉しいなあ。懐かしい、いつ偉そうなあの子の笑顔。

 何度も夢に出て消えた、あの子。

 もう会えないと諦めて、メガネさえも嫌いになった。


 あんなアクシデントないまま仲良く暮らしたかったと思うけれど。


「本当にありがとう、景」

「!」

「大好き!」


 今は結果オーライとさえ思えるよ。私、立ち直り早すぎるかな。


 だって景以外の男の子興味なかったから、ダサくても問題なかったし。女の子の友達はそりゃ欲しかったけれど。ああ。きっとこれからもそれはあんまり望めないんだろうなあ。だって彼氏が元国民的アイドルだもん。嫉妬の嵐だよ。


「学校は明日からここから一緒に車で通う。ブランドもどんどん具体的にやって行こう。周りから見れば売る気があるならお前を隠してろって言われてたけれど、ダメだった。お前が好きすぎるんだ。俺は」

「景」

「俺のお姫様はお前だけだから。お前は世界一可愛いんだからな」

「恥ずかしいよ……景」

「あの頃の二の舞になりたくないから、恥ずかしくても言うつもりだ。大好きだとか愛してるとか、いくらでも言えるようになるために努力したんだからな」

「何と練習したの? 他の女の子?」


 だったら、嫌だなぁ。


「ぬいぐるみ相手だ。焼いたか?」

「うん」


「やっぱり極上に可愛いな。ルリ」


 それは正直こちら側のセリフだけど!?


 景、可愛いしカッコイイ!! 昔よりもっと魅力的になってるよ!! さすが。


「もう、お前を離さないからな」

「うんっ! 私も!」

「あのーーご飯が冷めますけどーー!! おふたり〜―!!」


 廊下で使用人の誰かが叫ぶ声がする。


「「あ」」


 ようやく冷静になる私達。

 いけないいけない。幸せすぎてお腹も減らないときた。ヤバいな。


「行こうか、ルリ」


 景が私に手をそっと伸ばす。私をそれを受け入れるように手を取る。


「うん、景」


 そして二人は笑顔になる。






 この時の私は、幸せいっぱいでこの後にあんな事やこんな事が沢山待ち受けてるんて思ってもいないまま、のんきに笑っていた。



1話END

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国民的アイドルくんは私しか愛さない♡ 花野 有里 (はなの あいり) @hananoribo

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