第19話 俺の世界に、愚者は要らない

 前首相が逮捕された時のことを思い返した俺は、小さく口角を上げた。

 そして、自分の席に戻ると机の上にあった腕時計型携帯端末を付けると視線を落とした。


 最初にこれを見た時、俺は言語が異なる人間同士でもスムーズに会話が出来るようにするために作られたものだと思っていた。

 だが、親父から『これは、『AIを使って人間が頭に思い描いた物を具現化する』という大それたものを実現する課程で作られた物だ』と教えられた。


 そして、それを嗅ぎ付けた前首相は、それを使って自分の都合の良い国家にしようと、再び親父を唆してその研究を実用化させた。

 その結果、多くの国民の命が前首相の手によって都合の良いように弄ばれた。


 手首に嵌めた携帯端末を小さく睨んだ俺は、そのまま何もない空間に向かって手を伸ばした。



注文オーダー、アイ」



 すると、目の前に光の粒子が集まり、あっという間にパンツスーツを着た眼鏡姿の美女が現れた。


 こいつとは、大学時代から長い付き合いになる。

 とは言っても、人間の姿で現れるようになったのはつい最近だけど。


 実家の地下奥深くの部屋にある俺専用のスーパーコンピューターのことを思い出し、俺は小さく咳払いすると無表情の美女に目を向けた。



「アイ、今の世界の状況はどうなっている?」

「はい。各国首相達が全員主様の駒になったことにより、現在、各国首脳達はテロにより甚大な被害を負った自国の復興を進めつつ、他国との交流を深めております」

「そうか。その復興にはどれだけ時間がかかる?」

「恐らく、1ヶ月以内には終わるかと」




 早いな。まぁ、それくらいやってもらわないと困る。

 何せ、この俺が選んだ駒なのだからな。



「他に、何か情報はあるか?」

「はい。各国首脳達全員が、主様の内閣総理大臣就任を祝福しております」

「フン、当然だ」



 小さく鼻を鳴らした俺は、表情を引き締めた。



「それじゃあ、次の行動は分かっているな?」

「はい。就任挨拶を終えた後は、閣僚達の選出。そして、世界的な組織を壊し、新しい世界的組織『世界政府』の樹立を宣言するんですよね?」

「そうだ」



 今ある世界的組織を壊し、新しく作る組織『世界政府』は、『世界平和維持』という従来の役割を担いつつ、『国のトップが重大な罪を犯した場合、他の国のトップ達と話し合って裁く』という新しいシステムを取り入れた組織だ。

 これは、『国のトップは、何をしても誰からも裁かれない!』という前首脳達の愚かな考えを参考……いや、反省して取り入れたものだ。

 仕組みとしては、国のトップが自国の存続や世界にとって害悪となる罪を犯したと判断された場合、その国のトップを世界政府が逮捕する。

 そして、その国のトップの犯した罪について他の国のトップ達が話し合い、その上でその国の極刑に処すというものだ。

 もちろん、裁かれる方の国のトップに別の国のトップがいた何かしらの形で加担した場合、加担した方も裁かれる側として話し合いの上に処罰が下される。


 要は、『国のトップだからといって、バカなことを考えるなよ』という各国首脳達に対しての牽制なのだ。

 これにより、各国首脳達は我欲に走ることも無く、自国の発展のために他国と本当の意味で協力しながら国を盛り立てていくだろう。




 コンコンコン




「渡邊首相。そろそろお時間です」

「あぁ、分かった」



 ドア越しに聞えた秘書の声に、生真面目に返事をした俺は、タブレットを持つとアイに視線を向けた。



「それじゃあ、あとは頼む」

「はい、かしこまりました」



 深々と頭を下げたアイを一瞥した俺は、部屋のドアに手をかけた。



 世界から兵器を無くした。

 地球環境を整えた。

 誰もが言語に不自由しなくなった。

 クズな奴らとその家族は、全員AIの実験体として記憶を改竄させて、一国民として働いてもらっている。



「俺は、真の平和主義者だから。愚者と違ってちゃんと国民として働いてもらう」



 それが、今まで国民を『愚民』と言って蔑んだ彼らに対しての贖罪だ。

 各国首脳達も全員俺の駒にすり替えて、ようやく俺がこの国の首相になった。


 だが、この国の首相になったからこそやることが山ほどある。

 まずは、ここにいる奴ら……国会議員を全員俺の駒にすり替える。

 何せ、こいつらは前首相の甘い汁をすすっていたクズな奴らだから。

 そんな奴らを全員俺の駒にすり替えた後、愚者が好き勝手に制定した愚法を撤廃し、乱れに乱れた国の治安と、不安定になった国民の生活を安定させる。



「これで……これで、ようやく俺の世界が完成する」



 親父にも……そして、今までの歴代首相にも出来なかった。

 誰もが皆、幸福に生きられる平和な世界が。



「そのためにも、まずは就任挨拶だな」



 そう言って、男は人の良さそうな張りぼての笑みを浮かべると、欲にまみれた世界へと飛び出した。

 更なる大望を抱いて。



 だが、男は知らない。

 既に自分がAIの傀儡になりつつあることを。

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破壊と支配~『心が無くなった世界』外伝~ 温故知新 @wenold-wisdomnew

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