第2話 1年半ぶりの再会

 午前中は、学校で昨日の反省と明日の打ち合わせをした。皆、レインの頭をでたり、肩に手を置いたり、背中を優しくでたりしていた。もちろんニーナは、指をからめたままだ。

 この握り方をレインが気に入ったようで、元の握手のような握り方には戻してくれなかった。

 ニーナとしては、接触面積が増えて魔力を吸収しやすいのだろうと思っている。

 ニーナの魔力は多く、多少の面積の違いで吸収できる魔力量は変わらないのだが。


 レインのデレッとした顔も、いつもよりは緊張気味だ。

 昼になるとカイト先生が呼びに来た。皆で話し合った結果、3班のメンバー全員で向かう。



 応接室にはレインの両親がいた。

 昨日のカイトの遅刻は、この連絡を急に受け取って、どうするべきか悩んだためだ。


 レインの親は、彼がエインスワール学園に入学してから一度も会いに来なかった。手紙が送られることすらなかった。

 レインは楽しくやっているのだから、親と絶縁ならそれでいいとすら思っていた。魔力食いの体質のために迷惑をかけた自覚もある。好かれていない自覚もあった。


 自分の魔力吸収のせいで母親が倒れてから、両親はれ物にさわるように扱うようになった。兄弟はそこまで露骨ろこつにしなかったが、普通の兄弟のように触れ合うことはできなかった。

 だから、自分がいなくなったことで家族が幸せならと思っていたのだ。もちろんレインが、3班の中で幸せにしているから言えることであったのだが。


 それが、1年半もたってから会いに来たのだ。

 班のメンバーもレインが嫌な思いをしなければと警戒していた。


 応接室には、少しやつれた印象の男女がいた。

 押し掛けた人数が多すぎて、立ち話になってしまったのだが、簡単に名前を名乗るだけの自己紹介をした。

「せっかく来てもらったのに、立ち話では」とイアンが言い出したので、レインと親子水入らずで話をという流れになった。

「行っておいでよ」

 ニーナの言葉にレインが一歩踏み出すと、母親が「ひぃ!!」と声をあげて後ずさった。

 レインを心配し両側にいるニーナとミハナが、レインの腕をさする。

 それを見た両親は、目を丸くして唖然あぜんとしている。

 レインの目の前で起こったことで、一部始終見ていたレインは、項垂うなだれて下を向いた。

「俺は大丈夫。だから、もう、来なくていいよ」

 聞こえるかどうかの大きさで呟くと、身をひるがえして応接室から出ていってしまった。

「ニーナ、レインのことをよろしく」

 イアンに言われるまでもなく、ニーナはレインを追いかけていた。

 イアンは、ユージとカレンから怒気が溢れていることに気がついた。このままでは不味い。言い争いですめばいいが、最悪、魔法が飛び出す。上手く話せる自信などなかったのだが、イアンは話す役を買って出た。

「今日はレインに会いに来たのですよね」

 母親は罰が悪そうにしている。代わりに父親が答えた。

「そうだが」

「では、なぜ怖がるのでしょうか?」

 父親は、たっぷり時間を掛けて、絞り出した。

「お前らに、私達の気持ちは分からん」

「分かりませんよ。分かりたくもありません。私はレインの仲間ですから」

 イアンの言葉をユージが引き継いだ。

「レインを傷つけるのなら、親であっても容赦ようしゃはしない」

 イアンは、ここまで言うつもりはなかったのだが。

「おい、おい、おい。お前らの気持ちは俺がちゃんと伝えるから、寮に帰れ。部屋片付けてから、レインを連れて帰れよ」

 しばらくカイト先生に任せるかどうか思案しあんしていたが、カイト先生としっかり目線を合わせてから、ゆっくりと応接室を出ていった。

 カイトは、無言だからこその圧力を感じた。荷が重いと思ったが、自分のかわいい生徒のことだ。ソファーに腰かけて、時間を掛けて話すことにした。

「あいつらは、レインの体質のは理解していませんよ。もちろん、体質に関してはちゃんと理解しています。ちょっと大変な体質だなぁ~くらいにしか感じていないのではないでしょうか」

「でも、レインは……」

「そうですね。私も魔力量が多い方なので、お二人の気持ちを本当に理解できるとは思っていません。ただ、これだけは自信を持って言えます。我がエインスワール学園は、最高の組み合わせになるように班を決めます。だからこそ、3年間は班の変更が認められません。私からみても、彼らは最高の仲間です。ちなみに、レインの魔力については、我々教師は何もしていませんよ。彼ら3班ですべて対処しています」

 驚愕きょうがくの表情で聞いていた二人だが、まだ疑っているようだ。

「え?レインの魔力食いは強力で、子供なんかでどうにかなるようなものではありません」

「ここは、エインスワール学園ですよ。魔力量の多い子が集まってきます。特に、追い掛けていった女の子がいたでしょう。彼女は一人でレインの魔力を補えるほどの魔力があります」

「一人で!?そんな、バカな」

「学園の魔力鑑定器を壊してしまうほどの魔力量です。だから正確に魔力量を把握はあくしているわけではありませんがね。他のメンバーも魔力量は多いです。普段から良く触れて魔力を渡していますよ」

「本当に、子供だけで大丈夫なのか?」

「今まで一度たりとも魔力量が足りないところは見ていません。逆に多くてもう吸収できないと騒いでいるのは見たことがありますね」

 カイトは、そのときのことを思い出したのか楽しそうに笑った。

「もう吸収できないなんて、どんな状況で……?」

「あぁ、それは、ニーナが、…あの追い掛けた子です。ニーナが、魔力の加減ができなくて暴発ばかりするんで、危ないくらいの魔力を使っていたらレインに吸収してもらうようにしていたんです。それでもニーナは魔力を込めるものだから、もう皆、大慌てで。くっくっく」

 カイトの笑いがこらえきれていない。

「そうなんですか」

「レインとニーナは、仲いいですよ」

 しばらく、どんなに仲が良いかという話が続いた。





 応接室を出たニーナは、空気中にただよう冷気を辿たどって走った。時間がたっていないからこそ分かるレインの痕跡こんせき。怒るなど感情がれるとレインは空気中の魔力を普通以上に吸収してしまう。空気が少しヒヤッとするのだ。

 レインは校舎裏にいた。壁に寄りかかって座り、地面に顔が付いてしまうのではないかというくらい項垂うなだれている。

 ニーナは慌てて近づいて、レインの顔をあげて抱きついた。

 レインが泣いていると思ったのだ。

 お腹の辺りにレインの顔を押し付けて、ギュウっと抱き締める。

 レインがそっと腰に腕を回してきた。

「レイン!皆、レインの味方だからね」

「それは、わかっているよ」

 レインの飄々ひょうひょうとした声が聞こえる。

「へ?レイン、平気なの?」

「平気じゃないけど、皆がいるから大丈夫」

 急に、自分から抱きついたことに恥ずかしさを覚え、レインから離れようとガバッと身体を離した。

「ひゃぁ~」

 レインが腰に腕を回していたので、そのままバランスを崩す。

「おっと」

 レインは浮遊ふゆうを使ったのだろう。ふんわりとした感覚に包まれて、尻餅しりもち直前で身体がフワリと浮いた。

 シタバタすると、レインは手を貸してくれて、優しく地面に立たせてくれた。

「レインは平気じゃないんでしょ。怒ってもいいと思うし、泣いてもいいと思う」

「ニーナは僕のこと怖くないでしょ」

「もちろん!皆だって!当たり前でしょ」

 少しふくれて怒っているのが可愛くて、「ずっと一緒にいようね」口から出かかった言葉を、すんでのところで飲み込んだ。

 今言えば、優しいニーナの言質げんちをとれただろう。だからこそ、フェアではない気がしたのだ。




 応接室に行くのは気まずいし、3班の部屋に戻ることになった。

 廊下を歩いていると、言い争う声が聞こえてくる。

 声からして1班のようだ。

「やだぁ~。また絡まれる~」

「僕の後ろに隠れている?」

 いくら小柄でも隠れきれないと思うのだが、レインはニーナを背中に隠す。

「うわ!何で、お前!!」

 「こんな遠くから見つかった!」と思ったのだが、どうも違うようだ。遠すぎて小柄なニーナには気が付かなかったらしい。

「お前、何で、一人でいるんだよ!?はぁ!?こっち来るなよ!!絶対に来るなよ!うわ!こぉっわ!はぁ~、最悪だ。もう顔見せんな!」

 廊下の端によって通れるようにしてあげているのに、1班は全員で廊下を戻っていった。

「何あれ??あいつら、失礼じゃない!?酷くない?」

 ニーナは、1班が消えていった方向を睨む。

「わぁ~!!ストップ!ストップ!魔力あふれてる!!そんなにたくさんの魔力吸収しきれないから、押さえて~。落ち着いて」

 レインは親に会うこともあり、皆で魔力を満杯にしたのだ。使って減った魔力も少しだ。

 レインは、ニーナの頭を優しくでた。

「むぅ~。いつも意地悪なことばっかり!」

「あれが普通の反応なのかな?」

「そんなわけないじゃん。あいつら、いつも酷いもん」

「3班の皆が優しいんだろうなぁって」

 3班の皆が優しいのは事実だろう。ただそれだけではない。レインのことをちゃんと理解すれば、いいやつだって分かるのに。ニーナはくやしかった。

「あれ?皆、来たよ」

 次に来たのは3班のメンバーだった。

「探したよ。寮に戻ってろって」

 ニーナは、釈然しゃくぜんとしないまま寮に戻った。

 レインはというと、皆が来てくれたことを嬉しく思っていた。

 酷いことを言われれば傷つかないわけはない。でも自分のことを分かってくれる人がいるならば。その人達の方が大切なのではないかと思ったのだ。



 次の日、寮の食堂で朝食をとっていると、カイトがやってきた。

「あら?奥さんと喧嘩でもしたんですか?仲直りは早い方がいいですよ」

「喧嘩じゃない……。カレンは…。レイン、両親にもう一度会ってくれないか?」

「いいですよ。僕も会いたいと思っていました」

 軽い調子で答えるレインだったが、班のメンバーの中には緊張が走った。



 安心感が少しでもあればと、ニーナが手を繋いだまま応接室へ行く事になった、他のメンバーもベタベタとレインを触り、元気付けている。

 カイトも含め3人で向かうと、昨日に比べて落ちついた様子の両親がいた。

「レイン。昨日はごめんなさい。貴方が元気で何よりよ」

「お前が元気にやっているってことが、信じられていなかったんだ。家から追いやってしまったと、悪いことをしたようで」

「顔色も家にいるときとは大違いね。あの、その子があなたの恋人?」

「恋人!?私たちって、恋人になってるの?」

 レインより、ニーナが先に反応した。

「え?僕はそれでいいよ」

 レインは繋いだ手に、もう片方の手を重ねる。

「レインは魔力のために私とくっついているんだし、そういうのは本当に好きな子にとっておくべきだと思うよ」

 真面目にいい聞かせ始めたニーナに、カイトがあわてる。

「ん?取り敢えずこの話はなかったことに」

 微妙な雰囲気に大人達は深く聞かない方がいいと判断した。

「あ、あの。いつもレインを支えてくれているのよね?」

 母親がニーナに問う。

「えっと、お互い様ですよ。私もいつも支えてもらってます」

 そう言いながら、レインに微笑みかける。

 レインは、愛おしそうに目を細めてニーナの微笑みに答えた。

「これで誰が付き合ってないって思うんだよ……」

 カイトは頭に手を当てて呟いた。



 しばらくして、レインの親から小包が届いた。地元で作られているフルーツと共に、母からの手紙が入っていた。レインは、少し中を見るとすぐに隠してしまった。女の子の喜びそうな店やプレゼント、してもらったら嬉しいことなどビッシリと書かれていたのだから。

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夜空は小さな星に恋をする~魔術師学校の公認カップル!?~ 翠雨 @suiu11

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