夜空は小さな星に恋をする~魔術師学校の公認カップル!?~

翠雨

第1話 ダンジョンデビューでクロコダイル狩り

 エインスワール学園。


 国名をかんしたこの学校は、国内トップの魔術師養成学校である。

 校舎や校庭、魔術練習場など一般的な施設の充実ぶりもることながら、一番の特徴は魔力の吐き出し口である洞窟──ダンジョン──を保有していることだろう。

 ダンジョン攻略のカリキュラムがあり、学校に隣接した大きな門から、生徒はいつ入ってもいいことになっていた。

 さらに、職員が常駐し、力量さえあれば誰でも入ることができるようになっていた。


 魔力は循環していて、エインスワール付近からあふれだしている。それが研究者の見解だ。

 そのため、世界にあるダンジョンの、多くはエインスワールに存在する。エインスワールは特殊な土地であった。


 魔力が吹き出していることが、人体に影響をしているのか。はたまた、魔力を持たない人には暮らしにくく移住してしまったのか。そこに暮らす人々も魔力が多く、多くの魔術師を排出してきた。

 ダンジョンから生まれる魔物を狩りながら、そこでしか採れないものを採集する。魔物から得られる素材やダンジョン産の希少な採集物を主な輸出品とし、土地は狭いながらも大変栄え、活気に満ちあふれていた。




「ふわぁぁぁ~」

 集まってきたのは、117期生3班のメンバー。

「ニーナは、お寝坊さんね」

 重いまぶたこすりながら、トボトボと歩いてきた小柄な少女の背中には、不釣り合いなほどの大きさの大剣が背負われていた。

「昨日、ワクワクしすぎて眠れなくって……」

「朝御飯は、しっかり食べたのよね?」

 世話を焼くのは、本当に14歳かと疑いたくなる雰囲気の少女、カレンだ。紺色のローブが、さらに大人っぽさを際立たせていた。

「ニーナは、今日は攻撃魔法禁止な」

 瑠璃るり色の瞳を細めて念を押したのは、イアン。

「えぇ~!!なんでぇ~!!」

 もちろん分かっていなかったわけではない。当日になれば、何だかんだで許されるのではないかと、楽観らっかん視していただけだ。

 ため息をつくと、ユージがレインの背中を押した。

 体格のいいユージに押されて、細身のレインは少しよろけながら二~三歩進む。

 長めの髪の隙間すきまから、ダークグリーンの瞳を不安そうに彷徨さまよわせたが、すぐにニーナに目線を止めニヘラと笑った。

「レイン。今日はニーナのおり、よろしくね。私、大量の人に回復魔法、掛けたくないから……」

 途中からは声量が小さくなり、独り言だったようだ。ミハナがゆるいウェーブのフワフワな髪を揺らして辺りを見渡す。学園の生徒だけではなく、ダンジョンで活動する冒険者が集まってきている。

 レインはミハナの言葉を聞き、嬉しそうにニヤリと笑う。その後、自然な動作で手を差し出してきた。

「なんでぇ~!!私が、レインの面倒みるんでしょ~!」

 ニーナも自然な流れで、レインの手を握った。

 途端にレインの顔がデレっと崩れる。そのままニーナと目を合わせる。良く言えば愛おしそうだが、悪く言えば美味しいものでも見ているようだ。

 初めはこの目線から逃れたいとも思ったのだが、今となっては慣れてしまった。なにせ、毎日のことなのだから。


 レインの体質は、大変珍しい。魔力食いと呼ばれている。扱いが難しい体質なゆえ、国の方針としてエインスワール学園が面倒をみることになっていた。事実、レインに届いたのは入学勧告。エインスワール学園以外の選択肢はなかったのだ。


 普通なら時間と共に回復していく魔力が、魔力食いの人は時間と共に減ってしまう。その代わり、回りから魔力を奪うのだ。戦闘となればその能力は強力だが、必ず魔力補給が必要だという大きな欠点があった。

 小さい頃は、多くの魔力を必要としないため、家族でも支えられた。実際、両親を含め兄弟までも魔力を分けて、レインが生きていけるようにしてくれた。

 ただ、レインが必要な魔力は多すぎた。家族では支えきれなくなる日が着実に近づいていた。

 レインが学園の寮に入って、ホッとしたのは、本人だけではなかったはずだ。


「レイン。ニーナが特大魔法をぶっ放しそうになったら、遠慮なく魔力を吸うんだぞ」

 ユージはボソボソと言いながら、横にずれる。レインのニヤけたひどい顔を他人から見えないように、自分が盾になったのだ。

「むきー!!」

「お猿さんになっているから、落ち着きなさいな」

 レインは繋いだ手に優しく力をいれ、ニーナの顔をのぞき込む。目が合うとニヘラと笑った。

「ニーナ、可愛いね」

 ニーナはチラリと上目使いにレインを見る。少しだけほおを赤らめて、すぐに下を向いた。

「レイン。魔力満杯になるなよ。ニーナを止められなくなる」

 レインは、握った手をしばらく名残惜しそうに見てから離した。明らかに残念そうな顔をしている。

「ほら、レイン君。そんな顔しないの」

 肩を優しく叩くミハナ。グシャグシャと、レインの頭を撫でるユージ。

 乱れた髪を直して、キリッとした表情を作るレイン。ニヤけていなければ、憂いに満ちたイケメンなのだ。


 出会った頃は、顔が見えないくらい下を向いていた。たまに見せる顔も暗いものだったのだが、今では楽しそうに笑う。

 3班のメンバーは、魔力食いの体質くらいなんとも思っていなかった。




「遅刻よね」

 カレンの言葉の通り、担当教官のカイトが現れない。

 カイトを探して見回していると、会いたくないメンバーが近づいてきている。

「おい、おい、おい!!!3班じゃないか!?久しぶりだよなぁ~。今まで何していたんだぁ?のんびりしすぎじゃないか?ここまでのステップなんて楽勝だろ?いや、落ちこぼれの3班には、無理な話か!?っふわ!っはっはっは!」

 同期の1班のリーダー、マシューだ。意地の悪い顔で、3班のメンバーの頭から足先までをジロジロと見る。

 ニーナは名前まで覚えていない。絡んでくる嫌なやつとして認識していた。

「そんなんで、最終試験までクリアできるのかね~」

 ニヤニヤと歪んだ顔で笑う。

 エインスワール学園は、小さなステップを一つ一つクリアしていき、全てクリアすると卒業となる一風変わったカリキュラムであった。3年間でクリアしなければならない。ニーナ達、3班は他の班に比べて、明らかに遅かった。

「ミハナはお前らの班には、勿体もったい無いよなぁ!?俺の班に来いよ」

 ミハナに優しく微笑み掛けているつもりらしい。ミハナは小さく嘆息たんそくした。

「学校が考えた班でしょ。変えられるわけないよ!」

 ニーナが食って掛かる。ミハナがはっきり言ったわけではない。ただマシューのことを好いていないことは、3班のメンバーには伝わっていた。

「ゴチャゴチャ、うるさいな!ミハナが1班に来るって言うなら、それでいいんだよ!」

 もちろん、良いわけがない。ミハナは顔が見えないほど下を見てしまった。

「そっちにも、治療魔法ができる人っているんでしょ!」

 1班のメンバーのなか、気の弱そうな男の子が下を向いた。

「ミハナの治療魔法の方が強いだろ??じゃあ、トレードしようぜ!」

「もう!ミハナは、私たちの大切な仲間なんだから!」

 ミハナが、ニーナの背中をリズミカルにつつく。このとき小柄なニーナが後ろを振り返れば、頬が緩むミハナを見ることができたのだが。それとは対照的に、マシューは顔を歪め、地面を踏み鳴らした。

「はぁ?うるせぇな!チビ!!」

 吐き捨てるようにマシューが言うと、体格のいいユージがニーナを守るように前に出た。イアンも一歩前に出ようとしたが、背後に冷たい空気がふくらむので、足を止める。空気中の熱が奪われて、水蒸気ですら凍りつきそうだ。

 ダークグリーンの瞳を怒らせて、鋭く睨み付けながら前に出たレインに、マシューは青くなった。舌打ちをすると、ニーナを睨み付けて、遠くに離れていった。

「私にしか勝てないと思ってるんだ。な奴!」

「いや、ニーナにも勝てないと思うよ……」

 ニーナとて、レインと同じ、勧告でエインスワール学園に入学してきた口だ。膨大な魔力の持ち主で、普通の学校では面倒が見きれないと判断された。

 そのため、魔力を必要とするレインと相性がよく、常に一緒にいる。友達なのだから助けるのは当たり前だとニーナは言うが、レインの方はどうだろうか。到底、友達の範囲で収まるような感情ではないのだが、残念ながら、ニーナには伝わっていないだろう。




「悪い。悪い」

「先生、遅刻ですわ。いくら奥さまのことが好きで離れがたくても、仕事には遅れないで欲しいものですわぁ」

 カレンが新婚のカイトを揶揄からかう。子供らしからぬ物言いに、カイトがギョッとした。

「いやいや、ちょっと学校で用事があったんだ」

 「何を言い出すかと思えば……」と呆れている。


 ダンジョンの門付近から、言い争う声が聞こえてきた。

「・・・だったら、お前がやればいいだろ!?」

「はぁ??俺が、この中で一番だ!その俺が雑用なんかできるか!?」

「誰がお前を一番なんて決めたんだよ!?それから、お前、我がままだぞ」

「1班のリーダーの俺が一番に決まってんだろ!!お前なんて、俺が倒した魔物を解体しているだけじゃないか!」

「それは、お前が暴走するからだろ!」

 先ほどニーナ達に絡んだばかりの1班のマシューが、メンバーに向かって怒鳴り声をあげている。


 ニーナ達は、皆で顔を見合わせて、ため息をついた。

「入り口だね………」

 ミハナが盛大にため息をついた。

「これだから、お子ちゃまは困るのよね」

 カレンにお子ちゃま呼ばわりされているとは、つゆほども思っていないだろう。

「急いでいるわけじゃないし、あれに巻き込まれたくはないかな」

 イアンの意見に全面的に同意だ。




 しばらく、時間を潰してからダンジョンに入った。

 そこには、不思議な空間が広がっていた。

 天井は高く、自然と光っている。昼間の地上のように明るいわけではないが、ライトなしで行動可能な明るさだ。

 地下深くまで広がるダンジョンは、地下1階は魔物が弱く、深くなるにつれて魔物は強くなっていく、それにつれて珍しい素材が増えていく。

 今日ダンジョンデビューの3班は、中の様子を見て戻るつもりであった。あわよくば何か狩って、売れるものが手に入ったらいいなくらいには考えていたが。


 先頭をきって歩いていくユージに、皆が続いて進んでいく。大量の冒険者が通った後だ。残念ながら見える範囲に魔物はいなかった。

「今日は地下1階だけ?」

 明らかに肩を落としたニーナに、イアンが軽い調子で言う。

「今日は様子を見て作戦をたてるって話だろ?沢山いた冒険者はこの階にはいなそうだし、すみの方を探せば何かいるんじゃないか?」

「えっと、じゃあ、私、行ってくるね〜!」

 イアンが話終える前からウズウズしていたニーナは、背中を向けて走り出した。

「ちょっと、レイン、付いていってちょうだいな」

 ニーナの背中を追いかけながら、レインが手を振る。

「うん。じゃあ、皆も頑張って~。」

 生き生きとした顔で、レインはニーナの後を追った。




「ニーナ、待って!何かいる」

 魔力食いの性質上、魔力の濃いところには敏感びんかんだ。魔物の気配にレインが気がついた。

「おっと、っと。泥だぁ~。げぇ~」

 ニーナは、目の前に広がる泥沼に顔をしかめる。

「細長い魔物がいるみたいだよ」

 レインが、ニーナのすぐ隣に立った。

「細長い?蛇かな?」

 蛇の魔物なら、皮がそれなりの値段になるはず。

「そこまで長くはないと思うんだけど」

あぶり出せばいいよね」

 言うが早いか、ニーナから大量の魔力が溢れ出した。

「あぁ!待って、待って」

 レインが、溢れ出した魔力を吸収する。

「え~!!だって、この泥、入りたくないでしょ~。だったら、向こうから来てもらえばいいんだよ!迎え撃ちにする!」

 レインが、ニーナの肩を優しく撫でている。

 膨大な魔力を持つニーナは、小さな魔法が恐ろしく苦手だ。焚き火くらいのファイアを出そうとして、キャンプファイアくらいのサイズになってしまう。しかも、キャンプファイアの大きさなら、上手く出来た方だろう。

「わかった。わかった。攻撃魔法禁止でしょ。僕が誘い出してあげるから、ニーナが倒せばいいよ。そのために、それ、持ってきたんでしょ」

 ニーナの肩を軽く叩いて、大剣に視線をやった。

「そっか!身体強化は禁止されていないもんね」

 自分の体に掛ける身体強化は、ニーナにとっては加減がしやすいらしい。多少魔力が多くなってしまっても、ニーナの体は魔力に耐性たいせいがある。

「じゃあ、なるべく1匹ずつおびき出すからね」

「どんな魔物かよく分からないけど、5匹くらいは余裕だと思うよ」

 レインは愛おしそうに目を細めて笑うと、氷の矢を作り出して、1匹ずつぶつけていった。矢をぶつけられた魔物は、美味しそうな魔力を持った人が近くにいることに気がついて泥沼から這い出してきた。エビルクロコダイル。ワニの魔物だ。

「ドロドロだぁ~」

 嫌そうな声ではあるが、大剣を軽々とあやつり始める。小さな体に似合わぬ大きさだが、ニーナにとってこの剣は重たくない。

 魔力を流しこむと持ち主に丁度良い重さになり、切れ味もあがる。至極の名作であるが、魔力を使用するので魔術師には好まれず、ニーナのところに回ってきたのだ。

 レインの魔法の矢が、エビルクロコダイルの密集地帯に突き刺さった。近くにいた数匹が競うように向かってくる。

 ニーナは強化した身体で、舞うように剣を振るった。切れ味をあげたニーナの剣であれば、エビルクロコダイルの首も固い背中側から切り裂けた。

 レインは残っているエビルクロコダイルに氷の矢をぶつけながら、ピンクブロンズの髪をなびかせて、舞うように戦うニーナの姿を見ていた。無駄のない動きでエビルクロコダイルをかわして、大剣を振るう。勢いのまま回転するとフワリと着地。緩急を付けて敵を翻弄ほんろうすると、すきを付いて一撃。

「綺麗だ」

 いつまでも、戦うニーナを見ていたく思う。

 レインは、1匹残らずエビルクロコダイルを誘い出した。

 最後の1匹に止めを刺すと、可愛らしく小首をかしげて振り返った。

「おしまい?」

「うん。全部おびき出したよ。少なかった?」

 うなづく顔は、泥と魔物の血で汚れているのだが、それすら可愛らしい。

「今日は、おしまい。綺麗にしてあげるからおいで」

 少しだけむくれたが、ニーナはレインが魔法を使ったことを忘れていなかった。

 大人しく洗浄の魔法を掛けてもらうと、レインに向かって手を差し出した。

 レインは嬉しそうにニーナの手をとる。途端に、デレッとだらしない顔になる。

 ニーナは、「この顔さえなければ、格好いいのに」と思うが口には出さない。

「ねぇ。これ、どうしよっか?」

「綺麗にして、尻尾を縛って、引っ張っていけば?僕が浮遊ふゆうを掛けてあげるよ」

 レインが使った魔法は初級で、たいした魔力は使っていない。繋いだ手を一度離して、持ち帰るための作業をした。

 どちらからということもなく、指をからめるように手をつなぎ、皆のところに戻った。



 他のメンバーもウサギやネズミを狩ってきていた。さすがにニーナ達のように大量ではないが、それなりの戦利品だ。

 その場で解体し、売れる部分と美味しい部分を台車にのせる。いらないところはダンジョンに置いておけば、しばらくして消えてしまう。魔力となり循環し、また新しい魔物が生まれるのだ。

 売った分からお小遣いが貰えて、寮では美味しいお肉が食べられて満足だったのだが、カイト先生から告げられたことが気持ちを重くしていた。

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