ポリコレオンは優しいライオンだった

輪島ライ

ポリコレオンは優しいライオンだった

 生命豊かな惑星の辺境に、野生が息づく大地がありました。そこではライオンの群れが集落を形成し、ライオンたちはわが子を育てながら草食動物を狩って生きていました。


 野生の掟が支配するその大地にはポリコと名づけられたライオンが暮らしていました。彼には体の弱い父親と運動を得意とする母親がいて、幼い頃の彼は両親に餌を与えられながら平和な日々を過ごしていました。


 そんなある日、ポリコの父親が亡くなりました。彼のいる共同体ではメスのライオンは集落と子どもたちを守り、オスのライオンは狩りに出かけて群れ全体の食糧を確保することになっていました。ポリコの父親は生まれた時から身体能力に劣っていましたが雄々しいたてがみを備えた若いオスであるという理由で狩猟の最前線に送られ、巨大な象の鼻で叩かれて絶命したのでした。


 集落のライオンたちに保護され、やがて成長したポリコは母親も老衰で死亡した頃には集落で最も有名なライオンになっていました。ポリコは高い身体能力を持ちながら弁舌に優れたライオンで、集落の運営を改善するために長老会で優れた意見を提示してライオンたちに感謝されていました。彼は集落のライオンを代表する存在とまで扱われるようになり、ライオンたちは彼のことを尊敬を込めてライオンたるポリコ、すなわちポリコレオンと呼ぶようになりました。


 ポリコレオンが行った集落の改革の一つはライオンの性別による役割分担の撤廃でした。体の弱い父親を狩猟で失った彼はオスのライオンだけが狩猟に赴いていた集落の常識を見直し、性別に関わらず身体能力の高いライオンが狩猟に赴くべきと主張しました。また、彼はオスのライオンも子どもに積極的に関与すべきと主張し、今では両親ともに子どもの世話をするのが当たり前になっていました。



 そんな中、ポリコレオンの尽力もあってすべてのライオンがのびのびと過ごせるようになっていた集落に恐るべき知らせが飛び込みました。はるか遠くの大地で出現した高度な知能を持つサルたちがついにこの大地の近辺にも姿を見せたというのです。


 サルたちは火を噴く筒を使って目についた動物たちを次々に殺し、その肉を食べたり毛皮を剥いだりするとされていました。この恐怖の侵略者に対し、集落のライオンたちは群れ全員が大移動を行うことで脅威から逃れようとしました。


 広大な大地のさらに辺境へと逃れたライオンたちでしたが、サルたちが彼らの生存圏を侵すときはそう遠くありませんでした。ある日の朝、集落の周辺を見回りに出ていた狩猟担当のライオンたちの群れは動物の毛皮で作られた服を着たサルたちの集団を見つけました。


 集落での決まりに従い、ライオンたちは彼らを後方から襲撃して全員を殺害しようとしました。しかしポリコレオンの改革によりライオンたちの群れは半数がメスのライオンとなっており、足の速さの違いから全員が一斉にサルたちに襲いかかることはできませんでした。


 真っ先に飛びかかったオスのライオンたちはサルの大半を噛み殺しましたが、生き残りのサルたちは手に持っていた火を噴く筒を掲げるとその場にいたライオンたち全員を撃ち殺しました。



 見回りに出ていたライオンたちがサルたちに撃ち殺された惨状が発見され、集落のライオンたちは青ざめました。不安に駆られた彼らの憎悪は狩猟制度の改革を行ったポリコレオンに向き、久々に開かれた長老会でポリコレオンは激しい非難にさらされました。


 ポリコレオンは優しいライオンでしたから周囲のライオンたちからの批判を甘んじて受け入れ、今後はオスのライオンを中心にサルたちに対する防衛体制を整えようと提案しました。ですが、火を噴く筒で武装したサルたちに爪と牙しか武器を持たないライオンたちが敵うはずがありません。空虚な策を口にするポリコレオンにライオンたちは責任を取れと詰め寄りました。


 責任を取るとはどういうことかと尋ねたポリコレオンに身体の大きな若いオスが体当たりをしました。地面に倒れたポリコレオンを見て若いオスたちは彼をあざ笑いながら集団で襲いかかり、ポリコレオンを次々に爪で切りつけ、最後は彼を押さえつけて首を噛んでその命を奪いました。


 最期の瞬間まで一切の暴力を振るわなかったポリコレオンの死体は山の上に放置され、彼はそのまま鳥葬されました。ライオンたちは尊敬されていると同時に目障りな存在でもあったポリコレオンを殺害して気分を晴らしましたが、それでサルたちの脅威がなくなる訳ではありませんでした。



 ついにサルたちの軍団が集落を襲うと分かった時、真っ先に逃げ出したのはポリコレオンの意見に無条件で賛成していたライオンたちでした。彼らには自分の頭でものを考える習慣はありませんでしたが、その場で最も有力な意見に飛びつくことだけは得意でした。


 我が身を守ることに長けたライオンたちが逃げ出し、集落にはポリコレオンを批判していたライオンたちだけが残りました。決死の覚悟をした彼らはサルたちに惨殺されるよりはと考えてメスのライオンたちに眠っている子どもたちを殺害させると大人のライオンだけで複数の群れを作り、集落に迫るサルたちに方々から襲いかかりました。


 ライオンたちの奇襲戦法は成功し、彼らは数十匹を超えるサルたちを殺害しましたがサルたちをサルたちたらしめる火を噴く筒には敵いませんでした。ここにライオンたちの集落は崩壊し、ポリコレオンが望んだ平和な集落の姿は見る影もありませんでした。



 ポリコレオンは集落をより良くすることだけを考えていましたが、彼の理想が通用するのは集落が平和な時だけでした。一方、彼を批判していたライオンたちの覚悟は集落を崩壊させ、生き残ったのはポリコレオンが生きている時だけ彼を肯定していたライオンたちでした。


 ポリコレオンがいなければ、ポリコレオンさえ余計な意見を提示しなければ集落は平和なままでいられたのでしょうか。そのことを考えられるライオンが少しでもいれば、集落が崩壊することはなかったのかも知れません。



 (おしまい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポリコレオンは優しいライオンだった 輪島ライ @Blacken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ