第22話 未散/焯

 城下で噂になっている南蛮人との接点を得た、と切り出せば、長浜城を会合の場とするのは容易かった。

 宛がわれた個室に入り、未散は細く息を吐き出す。眼前には、こちらに向けてひらひらと手を振る異国の男──ルチアーノと、その横で仏頂面を浮かべるサルヴァトーレがいる。彼らもまた、羽柴方によって事情聴取が行われたようだが──この様子だと、うまく切り抜けたのだろう。サルヴァトーレはともかく、ルチアーノは異人ながら弁舌に優れた男だ。怪しまれている中でさらに墓穴を掘るような真似はしなかったとみて間違いなさそうだ。


「チャオ、昨日ぶりだね未散ちゃん。今日も相変わらず可愛いね、天使も嫉妬しちゃいそう」


 開口一番に出てくる言葉がこれなのだから、未散としては初っぱなからげんなりしてしまう。ルチアーノに悪気がないのはわかっているが、こういった言葉を投げ掛けられるのはどうも苦手だ。

 思えば、自分は褒められるのがあまり得意ではないのかもしれない──挨拶代わりに口説かれたことがきっかけなのは複雑な気持ちだが、未散は新たな気付きを得る。四年前、真木以外の何もかもを守れなかったあの日から、未散には何かにつけて後ろめたさが付き纏っている。

 どのように返したものかわからず、未散は唇を引き結んだ。波分の名代ならば、毅然とした態度で臨むべきなのだろうが──形だけでも褒められたのだし、あまりつっけんどんにするのも悪いような気がする。ただの町娘であれば、面映ゆげにはにかむところだろうか。


「……こいつはいつでもこんな調子だからな。気にするだけ無駄だ。そんなことより、さっさと本題に入ろうぜ」


 くぁ、と退屈そうに欠伸をしながら口を挟んできたのはサルヴァトーレ。まさか彼に助け船を出されるとは思ってもいなかったが、ひとまず返答に悩む必要はなくなった。苦笑しながら肩を竦めているルチアーノの前に座り、早速対談に移ることとする。


「では、改めて……この度は対談に応じていただき感謝する。早速ですまないが、貴殿らは独自に人食い虫を調査しておられるようだな。その目的……そして、貴殿らの後ろにいる組織があるのならば、その詳細を伺いたい。ただの宣教師の端くれではないのだろう?」

「予想はできてたけど、単刀直入ってこういうことを言うんだね。真面目なのが未散ちゃんのいいところなんだろうけど……残念トリエステメンテ、遊びがないのはちょっぴり損かもなあ」


 ルチアーノとしては言葉遊びに興じていたかったのだろうか。一瞬だけ子供のように唇を尖らせた後、彼は特にもったいぶった様子もなく語り始める。


「未散ちゃんの推測は、概ね当たってる。俺たちの本分は宣教じゃない──新たな進出先、すなわち東方に跋扈ばっこする怪異を調査し、我々にとって脅威と認識したものを速やかに排除するのが主なお仕事だよ。まあ、こっちで言うところの術者とやることは変わらないかな。イエズス会に付いて回っているのは、彼らが一番便利……ノォノォ、もとい有力な後ろ盾だからさ。変なことをしたらすぐに切られちゃう関係性だけど、おとなしくしていれば案外上手くやっていけるよ。何事も最大手ってのは頼りがいがあるものさ」

「……我々と……一般的な術者たちと目的を同じくするなら、より大々的に日本ひのもとの術者への協力を表明していそうなものだが」

「んー、そうしたいのは山々なんだけどねえ。やっぱりさ、生まれた場所が違う以上、わかり合えないこともあるじゃんか。特に信仰や思想が絡むと、物事は自然に拗れる。俺は割と穏健派だと思ってるけど、同業者の中には一際信心深くて、己らこそが世界の中心だって本気で信じてるような連中もいる訳だしね。仕方のないことだし、怪しまれるのは承知の上で、陰に活動するしかないんだよ」

「異国の人間と相まみえるのは、貴殿が初めてだが……南蛮からやって来る者たちの話は耳にしたことがある。とりわけ、他人様の土地に入れさせてもらっていながらその土地に根付いた寺社を破壊し、民を売りさばき、我々を程度の低い猿のように認識している者たちの話をな」


 異人に対する畏怖がないとはいえ、悪評を耳にすることがないとは言い切れない。特に未散は術者の家に身を置いていることもあり、真木の身を脅かしかねない噂には気を揉んでいた。

 ルチアーノに偏見をぶつけたい訳ではないが、いつまでも下手に出てはいられない。足下を見られないためにも、初めのうちに牽制しておかなければ。

 ハ、と笑い声が上がる。サルヴァトーレだ。


「そりゃ道理だ。連中のやりようは近江にも届いてるみてえだな。大体、お前が言った通りだよ。何をするにも我が物顔で、遠慮の欠片もない奴ばかりだ」

「……貴様は南蛮人側ではないのか。随分な言い様だが」

「おれだって好きでこいつにくっついてる訳じゃねえよ。成り行きだ、成り行き」

「あのー、本人を前に言うことではなくない? さすがに傷付くんですけど」


 やはりこの二人の主従関係はどこか歪だ。時折──というか度々、ルチアーノが尻に敷かれている節がある。

 知らず、訝しげな顔をしていたのだろう。ちらと未散に目線を遣り、片眼鏡を押し上げながらルチアーノが口を開く。


「トトー君は、見ての通り日本の人でね。今の名前も本名じゃなくて洗礼名なんだ。えーっと、どこだったっけ……九州の生まれらしいんだけど」

「肥後な」

「そうそう、ヒゴね。そこで言い訳もできない感じで人を斬っちゃったとかで、結構大変な状況にあったみたい。で、追っ手にやられて死にかけてるところにうちのお偉いさんがやって来て、身柄を保護したんだったよね」

「保護なんて生温いもんじゃねえよ。あいつら、おれのことを使い勝手のいい実験体としか思ってなかったぞ。おかげさまで怪我して潰れかけてた片目をくり抜かれて、ろくでもないもの埋め込まれちまった。人に対する扱いじゃねえよなあ?」

「たしかに、うちの上司の所業ではあるけどさあ……俺、その時まだ日本に来てすらいないから! 俺がやったみたいな顔して説明するのやめてくんない?」

「……苦労されてきたのだな」


 どちらが、とは言わないでおく。恐らく、二人とも異なる角度で苦労してきたのだろう。ルチアーノに関しては、現在進行形で。

 ともかく、これでサルヴァトーレの異様な容貌に関する疑問は幾分か解消された。この事情があっては、ただの傷痕として隠しておいた方が勝手も良いのだろう。


「彼……サルヴァトーレ殿の左目には異物が埋め込まれているそうだが……何らかの呪物の類いか?」

「そんなところ。でも、昔からある霊験あらたかなものって訳じゃないよ。トトー君のそれは、錬金術の賜物さ」

「錬金術?」

「古くは黄金を生み出すための研究だったんだけど……俺たちがお世話になってるのは、主に霊薬の調合だね。トト―君に埋め込まれたのは、日本で言うところの霊気を結晶化させたもの。体内に取り込むと、常人であっても多かれ少なかれ霊気の流れが認識できるようになるんだ」

「なるほど……だから私の結界を感知できたのか」

「そういうこった。どうこうはできねえから、解決策があるとすれば根本の術者をぶちのめすくらいだ。別に誰彼構わずぶった斬ってる訳じゃねえ」


 そういえば、サルヴァトーレは術を見破るしかできないと口にしていた。彼はあくまでもこちらの術を視認するだけで、術者の如く干渉することは不可能なのだろう。先程耳にした経歴も相まって、自らを放免と称したのは適当である。

 だからといって、先日の狼藉を即座に水に流すことはできない。未散は唇を引き結び、沈黙をもって答えとする。窮地を救ってくれたのが織田家臣の悪評の一因になりかねない人物なので、肯定も否定も難しい。


「そちらの事情と立場はわかった。民を脅かす怪異を排除することが本分だというのなら、我々は変わらず協力関係を維持しよう」


 何にせよ、彼らと自分の利害は一致している。ならば、手を結ぶのが上策というものだろう。

 未散の導き出した結論に一定の満足を得たのか、ルチアーノはふわりと相好を崩した。僅かに目を細めて微笑んだだけでも絵になる男だ。軟派なのはどうかと思うが、人食い虫の騒動に関係する男性陣の中では相当まともな部類と言える。可能であれば、ある程度の良識があって話の通じる彼とは長らく融和的な関係を構築していきたいものだ。

 不思議なものだが、たった一人笑みを浮かべるだけで室内の緊張感は少なからず和らいだ。未散としてはありがたい限りだが、サルヴァトーレはつまらなそうに鼻を鳴らしている。彼はいつ、どこであっても争いに身を浸していたい性分のようだ。文句を言わない辺り、彼なりに空気を読んでいるのだろうか。


「いやあ、心強い味方ができて嬉しいよ。グラツィエ、未散ちゃん。という訳だし、一刻も早く人食い虫を絶やさなくちゃね」

「こちらこそ、協力に感謝する。早速で申し訳ないが、人食い虫に関する情報を共有しよう。その方が互いにやりやすい」


 これにはルチアーノも異存はないようで、二人は速やかに情報共有へと移ることができた。

 人食い虫の概要は双方共に把握しており、この虫たちは芋虫に似た形状をしていること、主に夜間に出現すること、そして骨を残して人の血肉を食らうこと──すり合わせた結果、被害が見られるのは湖北から湖東にかけてと見解が一致した。

 未散からは、人食い虫は光や熱に弱い可能性が高いこと、片古家の被害状況のあらまし、そしていちといら人食い虫を操っていると思われる術者について伝えた。いちといに関してはもしかしたらルチアーノらも遭遇しているのではないかと考えたが、残念ながらルチアーノ、そしてサルヴァトーレは明確な敵の存在に驚きを覚えたようだった。


「民に人食い虫を寄生させ、操る術者か……。であれば、人食い虫が自然発生した線は消えるね。正直なところ、勝手に湧いて出てきてくれてた方がまだましだったけど……スィ、戦うべき相手が明らかなら、これを潰すだけだ。俺は平和主義者だけど、そういうの得意な人たちはいっぱいいるからね。これも幸運ってことにしておこう。幸運の女神には前髪しかないっていうし、なるべく早く動かないとね」

「……? 前髪しかない……?」

欧州あっちでの言い回しだ、善は急げってこと。つーか、お前も大概乱暴者だろうが。自分のこと棚に上げるのやめろよな」

「いーや、言っとくけど、俺は全ッ然ましな方だと思うね! 未散ちゃんと組んでる少年ラガッツォとか、なんだったけ、少年の友達の彼……」

「……小比木祐成殿のことか?」

「多分それ! 日本人ジャポネーゼの名前を全部覚えるのは難しいね。あの彼も相当その……あれな人じゃんか。彼らといっしょにしていいのは、トトー君くらいのものだよ。これだけは譲れないね。未散ちゃんもそう思わない?」

「……個人的な見解も含むので、解答は差し控えさせていただく」


 本音を言うなら心の底から同意したい。しかしルチアーノが言う通り、な者たちは常識の範疇を軽々と飛び越えてくるような代物揃い。しかも世が世なので割といる。それ故に、あれこれと深く論じれば命取りになりかねない──そういった理由から、未散は黙秘を選んだ。二度もサルヴァトーレに傷付けられたくはない。


「とりあえず、今は人食い虫の話をしよう。可愛い女の子ならともかく、関わりたくない人の話をしていても楽しくないしね。──という訳でここからは俺の憶測。人食い虫が何なのか、まだ確信できるまでには至ってないけど、心当たりはあるんだよね」


 サルヴァトーレから半目で睨まれたこともあってか、ルチアーノは脱線した話を軌道修正した。その内容もあり、知らず未散は前のめりになる。

 人食い虫が何であるか。未散とて、思考を広げなかった訳ではない。だが、己が持論を展開するよりも、今はまず他者の意見を仰ぎたかった。未散の憶測もまた、ルチアーノが言うように確たる証拠とは言えない状況なのだ。


「俺としては、だけど……ちまたを騒がせている人食い虫は、蒙古の砂漠に生息するという異形の虫に何らかの影響を受けているんじゃないかと思うんだよね」


 故にこそ、たとえ自らのそれと共通する部分がなかったとしても、ルチアーノの憶測を傾聴するだけの意義はあった。未散は僅かに瞠目してから、彼の発言を反芻する。


「蒙古に生息する異形の虫、か……。初めて聞いた。それが、人食い虫に似通っているのか?」

「完全に一致してるって訳じゃないよ。でも、常なる虫よりも大きくて、地を這う芋虫ってなると、それが一番可能性としてあり得るかなって。人を食うって話は聞いたことないけど、人さえも殺す毒を持つらしい。普段は地中にいるけど、雨季になると地上へと現れる……光への耐性は不明だけど、今──夏場に人食い虫の報告が増えてることから、ある程度共通する特性はあるんじゃないかって思うんだよね」

「たしかに、形態は似ているな。高温で湿気の多い季節に出るところも同じだ。……だが、その虫はもともと砂漠にいるのだろう? 近江にばかり出る現状とは、正反対の性質だ」

「そこなんだよね。ただ、もしかしたらその虫を丸々持ってきた訳じゃなくて、ある程度の品種改良がされているのかもしれない。日本の風土に適した性質を手に入れたのなら、使役するのも難しくはないんじゃない?」


 そもそも蒙古の虫は赤くてはらわたに似てるらしいから別物ではあるんだろうけど、とルチアーノは肩を竦める。あれこれと可能性を考えはしたが、彼としても決定的な一打にはできずにいるのだろう。

 ここに筆記用具を持参している者がいなくて良かったと、未散は心から安堵した。仕事柄とこの時世で触れずにいることは難しいが、できることなら猟奇的なものは見ずにいたいものである。腸に似た形状の芋虫など、想像したくもない。

 ルチアーノが持論を語ったからには、こちらも考えを示さねば筋が通らないだろう。未散は息を吐き出し、一度唇を舐めてから切り出す。


「……ルーカ殿と同様に、私も人食い虫について仮説を立てている。話しても良いか」

「それは勿論。こっちの話も聞いてもらった訳だしね」

「感謝する。……私は、人食い虫が常世神に関係しているのではないかと思う」

「常世神?」


 案の定、外つ国の生まれであるルチアーノは首をかしげた。日本人であるはずのサルヴァトーレも初耳なのか、目を丸くさせている。

 まあ、歴史家や同業者でもない限り、この手の話題は耳に入りづらいだろう。なるべく平易に伝えることを心掛けつつ、未散は概要を説明する。


「日本紀にいわく、皇極天皇の御代に、東国にて虫を祀ることで富を得られると触れ回り、民に喜捨をさせて回った巫覡ふげきがあったらしい。この虫──常世虫こそ、常世神と呼ばれるものだ。蚕に似ていると表記がある。この常世虫は緑色で橘に寄り、黒い点があるという。異形でも何でもなく、揚羽蝶の幼虫がこれに酷似している──当然ながら、人を食い、光を厭うという特性はない。ただ、日本において虫にまつわる騒動と言えば、私の中で真っ先に思い至るのが常世神信仰であった」

「なるほどねえ。たしかに、本国に事例があるなら無視するべきじゃないね、虫だけに」

「こいつのクソつまんねえ駄洒落はほっとけ。で、その常世神とやらはどうなったんだよ? 今も続いてんのか?」

「まさか。人心を惑わし、民の営みに弊害をもたらすとして、秦河勝はたのかわかつに討伐された。少なくとも、八百万の神々や御仏の教えのように、今も広く信仰されるものではないな」


 常世神に対する信仰の実態は明らかではないので、その在り方に未散が善悪を唱えることはできない。ただ、当時の豪族たちにとっては不都合で、討伐するに値する存在だったのだろう。まつろわぬ者たちの扱いと似て非なる、と未散は思う。

 何にせよ、ルチアーノの憶測と同様に人食い虫が常世虫であるという確証はない。あくまでも類似の事例というだけである。

 しかし、決して少なくはない被害が出ている以上、たたらを踏んでばかりはいられない。未散は意を決して、懐紙に包まれたあるものを取り出した。


「ルーカ殿。貴殿にこれを預けたい。私一人では、検分するにも限界がある」

「ん? なになに、大事なもの?」

「人食い虫の死骸だ」


 きっぱりと告げると、ルチアーノは凄まじい勢いで──器用なことに胡座をかいたまま──後方へと退いた。その顔色は素人目にもわかる程悪い。

 気持ちはわかる。未散とて、平気で懐に入れていた訳ではない。押し付けるつもりはないが、早く手放したくて仕方がなかった。任務と、波分の名代という肩書きがなければ路傍に放り捨てることも辞さなかった代物だ。

 わかりやすく引いたルチアーノとは対照的に、サルヴァトーレの反応はあっけらかんとしたものだった。ひょいと未散の手から懐紙を取り上げると、躊躇なく中身を検める。


「へえ、よく持ってきたな。たしかに、さっき聞いた話通りの色形だ。お手柄ってやつだな」

「実物を見るのは初めてか?」

「ああ、現場には行ったが、あるのは死体ばっかりだったからな。預けるってことは、しばらく持っててもいいんだろ? ──おい、いつまで隅っこで縮こまってるんだ。せっかくの手がかりなんだから、さっさと調べて結果出せよ。初っぱなは汚名返上するんだとか何とかって意気込んでたじゃねえか」

「汚名返上……?」


 まさか何かやらかしたのか。不穏な単語に未散が顔をしかめると、ルチアーノは「ノォノォ!」と否定しながらもとの位置まで戻った。やはり、虫への嫌悪感よりも自分の体裁の方が重要らしい。


「こればっかりはトトー君の言い方が悪いよ! いい、俺、日本ではまだ何もやらかしてないから! 同じ島国でも日本とは全然関係ないし、そもそも太陽とは縁のないくっそ陰気で天気悪いところでの話だからね⁉」

「こいつ、こっち来る前に請け負った任務で、自分以外の仲間が全滅するっていうポカやってんだよ。たかだか術者一人の死体を片付けるだけだってのに、大陸に遺棄したら呪いがどうたらこうたらって話で、カトリクスを戴かないっていう島国にまで棄てに行ったんだと。そしたら現地人に見付かって、無事ぼこぼこにされて丈夫なこいつだけ生き残ったって訳だ。とんでもないやらかしだろ?」

「一から十まで説明ありがとねトトー君! 言っとくけど、俺が当たったのってただの現地人じゃないから! 本当に頭おかしかった……死体持ち込むなって理屈ならわかるけど、そこの馬の骨か知れない死体で土地を汚すなって何? 自国で死んで埋まってる人間がいないとでも思ってんのかな……しかもバカ強いし……」

「……何というか、南蛮も色々と大変なのだな……」


 とにもかくにも、ルチアーノが日本で乱暴狼藉を働いていないのならそれで十分だ。彼の苦労を忍びつつ、真っ当な方法で挽回してくれたのなら何よりである。

 これで、利害の一致を再確認すると共に人食い虫の死骸を手渡すという当初の目的は完遂された。未散としては早いところ直刃への面談にでも移って欲しいところだが──当然、そうはさせてくれないようだ。


「人食い虫については一旦ここまでとして……話題、変えよっか。まだ聞いておきたいことがあるんだよね」


 ルチアーノの瞳に鈍く光が宿る。やはりか、と未散は内心で臍を噛んだ。

 やましいことは何もないが、先日結界を張っている際にサルヴァトーレと鉢合わせたことが仇となった。ルチアーノならば彼よりも話がわかりそうだが、追及の仕方によっては苦しい立場を強いられるだろう。

 丹田に力を込めて、未散は目の前の異人と、その従者を見据える。どのような問いを投げ掛けられても、波分の名代として堂々と振る舞えるよう己に暗示をかけながら。


「聞いてもいい? できれば、少年には聞かれたくないこと」


 一段低さを増したルチアーノの声色。未散は唾を飲み込み、うなずくことで覚悟を示した。

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