第17話 直刃/逸

 南蛮人の青年──ルチアーノ・スキャヴァッツィは甘味が好きらしい。他の客から向けられる好奇の視線など意に介する様子もなく、頼んだ串団子が運ばれてくるや否や慣れた手付きで頬張った。黒衣にきな粉が落ちるものの、諦めているのか避ける素振りすら見せない。


「ブォーノ! はー、やっぱり甘いものは最高だよね。日本こっちに来てからずーっと忙しくってさ、日々の疲れを癒やせるのはおやつと可愛い女の子くらいだよ」

「そうなのか」


 その可愛い女の子と間違えられた直刃は、特に突っ込みを入れずに平坦な返事を寄越す。奢ると言われたが、今は甘味に舌鼓を打つ気分ではない。何か食べるなら未散が合流してからと、密かに決めているためだ。

 全てルチアーノの奢りということもあってか、あやめと万由は遠慮なく甘味を注文している。特にあやめは初めて見る南蛮人に臆することなく、それどころか大量の餅を奢らせた。遠慮して干菓子のみにとどめた万由とは対照的である。

 ともあれ、直刃は南蛮人と仲良く茶をしばくために茶屋へ立ち寄った訳ではない。情報集を頼まれたからには、全力でその役目を全うしなければ。


「るちあの」

「ああ、呼びづらかったらルーカでいいよ。発音難しいでしょ」

「……では、ルーカ。お前は昨今、湖東から湖北にかけて発生する人食い虫について嗅ぎ回っているそうだな。その真意を明らかにしてもらいたい」


 単刀直入に本題へと入ったからか、ルチアーノの手が止まる。長い睫毛に縁取られた瞳が、何度か瞬きを繰り返した。

 これは当たりか、と直刃は直感する。まず、単独で動いている伴天連そのものが珍しい。況してや教会や神学校もない長浜をうろついているとなれば、ほぼ決まったようなものだろう。

 傍らで聞いていた万由も、ルチアーノこそが件の南蛮人だと察したのか、固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。呑気に餅へとかぶりついているあやめだけが場違いだった。


「……なるほどチェルタメンテ、前々からそんな気はしてたけど、俺たち結構目立ってるみたいだね? たしかに、人を食らうという虫については調べているよ。それが俺の仕事だからね」


 で、と続けるルチアーノはあくまでも落ち着いている。微笑を崩さぬまま、今度は直刃へと質問を投げ掛ける。


「そういう君は、どういった立場なのかな、少年ラガッツォ? 君たちもまた、人食い虫を追っている……役人? それとも、噂に聞くところの忍びかな?」

「否。直刃は織田家に仕える一介の武人。人食い虫の調査と根絶は、殿より賜った任である。疑わしくば、そこの城で問い質すべし」

「スィ、スィ。これは強く出られないね。一応イエズス会の一員ということになってる俺だけど、それは形式だけのこと。何かあったらすぐに損切りされる悲しき定めなのさ、ああ残念マンナッジャ! という訳で、友好的にいこう。何、聞いた感じ、俺たちの目的はほぼほぼ一致してる。だったら協力し合うのが一番というものさ」

「でも……ルーカ様。あなたは、人食い虫を調べるのが目的なのでしょう? 根を絶やすという直刃様の目的とは、そぐわないところもあるのではないかしら……」


 ここで発言したのは、意外なことに万由だった。おずおずと顔を向けて、強張った声で問いかける。南蛮人に対しては、やはり畏怖の念があるようだった。

 これまで直刃と対話していたルチアーノは、ここで初めて万由の方を見た。一瞬目をすがめ──すぐにもとの朗らかな笑顔へと戻る。


「大丈夫さ、お嬢さんスィニョリーナ。俺たちもまた、人食い虫を絶やすべき脅威と見なしてる。最終的には滅ぼすべきだと認識しているから、君たちの邪魔をすることはないよ。むしろ、彼のお役目には積極的に力を貸したいと思ってる。郷に入っては郷に従え……って言うだろ? 一部のお尻みたいな顔をした……失礼、面の皮が厚い連中は無礼を連発してるかもしれないが、俺は良識ある方だから。君たちの障りにならない範囲で自分たちの仕事をこなすよ」

「そう……ですか。直刃様の支障にならないのなら、わたしはそれで構いません」

「ヒュウ、随分お熱なんだね。妬けちゃうなー、このこの! ──それはそれとして、だ。お嬢さん方は何者? 現地の協力者、とか?」

「その見解で間違いはない。正確に言えば、人食い虫の被害を受けた屋敷の生き残りだ」


 特に隠し立てすべきことでもないだろうと思い、あっけらかんと口にした直刃ではあったが、ルチアーノからしてみれば衝撃的な発言だったようだ。勢い余って串ごと噛み折り、うげえ、とお世辞にも綺麗とは言えない悲鳴を上げてから彼は直刃に向き直る。


「生き残りって本当に⁉ 今まで全滅だって聞いてたんだけど⁉」

「是。直刃は虚偽を伝えない。先日、直刃と協力者が対処した。以降、調査に力添えしてもらっている」

「あたしは不本意でしたけれど」


 こういう時でも、あやめは意思表示を欠かさない。直刃とあやめ、交互に信じられないものを見るような目を向け、ルチアーノは天を仰いだ。


なんてこったカーヴォロ ……やっぱ単独で動いてたらこういうの見落としちゃうよね……。どーしよ、またトトー君にどやされちゃうよ……」

「トトー君?」

「あ、俺の護衛兼通訳ね。サルヴァトーレ君、略してトトー君。洗礼を受けてもらったから名前はあっち風だけど、普通に日本の人。今はちょ~っと席を外してもらってるんだけど……うう、バレたらまずいなあ。ね、少年。君、武芸の腕とか立つ?」

「それなりには」

良かったケ クーロ! じゃあさ、今日の奢りに免じて、もし俺がぶん殴られそうになったら庇ってくれない? じゃなかったら割り勘にするから!」

「お粗末な脅迫ですこと……」


 ハッと鼻で笑ってみせたあやめだが、現状最も注文しているのは彼女である。割り勘になると支払いは全て己に回ってくるはずだが、何故こうも余裕なのだろう。

 勘定の問題はさておき、ルチアーノの言うトトー君とは噂に聞いた顔に傷のある護衛のことで間違いなさそうだと直刃は推測した。主従関係……というには主人の立場にあるルチアーノが尻に敷かれているようだが、ただ従順に仕えるだけが主従関係というものでもないだろう。十人十色か、と直刃は得心顔でうなずく。道行く女性に声をかけまくっているルチアーノには、多少厳しい従者の方が向いているのかもしれない。


「それよりさ、少年。君、そこのお嬢さん方とは別に協力者がいるっぽいじゃん。トトー君のこと話したんだからさ、そっちも手の内を明かすのが筋ってものじゃない?」


 手厳しい従者のことは忘れることにしたのか、すっかり調子を戻したルチアーノが馴れ馴れしく肩を抱いてくる。傍らの万由が不満げな空気を醸し出すのがわかった。年頃の少女にとって、妄りな身体接触は不快に映るものなのだろうか。触れ合うのが好きな直刃としては、嫌に思うことはない。

 たしかに未散のことは口外していなかった。伝えそびれていたというよりは、実際に本人を前にするまで勝手に伝えるのはいかがなものかと思い、敢えて名を出していなかったのだ。ルチアーノがその存在に勘付いたのは、あやめと万由を紹介した折──片古家を協力者と共に訪ったという部分だろう。会話が成立している時点で気付いていたことではあるが、ルチアーノは異国人ながら日本語には相当明るいようだ。

 未散が口説かれたら、自分は落ち着いていられるだろうか。衝動的に動いてしまうかもしれない、と然して危惧せず予想し、直刃は淡々と答える。


「現地の術者と協力して任務に当たっている。殿が直々に指名した者であるが故、信の置ける相手だ」

「へえ、近江の術者ね。命ある人間なら見境なく食い散らかすあの人食い虫から二人も守ってみせるんだ、相当な実力者と見て良さげかな? お兄さん期待しちゃうぞっ」

「ああ、見事な術を使う。お前にはあまり会わせたくないが」

「わお、いきなり突き放すじゃんか。もしや君に負けず劣らずの美人さんかな? 今度こそ女の子だったら、俺もやる気出しちゃうんだけどなー」

「女子ならば既に二人いるだろう」

「ノォ、ノォ! 可愛い子は多ければ多い程良いのさ。そこの二人も勿論素敵だけど、俺の好みドンピシャの子ってのにはまだ出会えてなくてね。機会があるならひとつたりとも無駄にはしたくないんだよ。少年も男の子なんだ、共感できる部分、あるんじゃない?」

「ない。直刃の獲物はただひとつ」


 言うまでもなく未散のことである。これは本当に斬ってしまう可能性が浮上してきたが、直刃に危機感はない。ルチアーノが不届き者ならば斬っておいて損はなく、そうでなければ協力を取り付ける。未散には糾弾されるだろうが、致し方のないことだ。

 直刃の割り切りの良さを知るよしもないルチアーノは、きゃっとわざとらしく高い声を上げた。その声が耳障りだったのか、万由が顔をしかめている。


「少年、君ってもしかして一途? 一人の女の子に入れ込む性分? プーロ、初々しい! 盲目になるのも楽しいけどね、時々冷静にならないと駄目だぞ? 横からやって来た色男にかっ攫われちゃうかもしれないからね」

「案ずることはない。邪魔者はすべからく斬る」

「うーん、顔も言葉も本気っぽい! トトー君もだけど、日本人ジャポネーゼ……というか武士? ってちょいちょい怖いこと言うよね。俺には理解できない感覚だよ」

「理解せずとも構わない」

「いやいや、そういうことでは──」


 すっかり引いているルチアーノは頭を振り──ふと言葉を打ち切って視線を移ろわせた。対話を意図的に放棄した、というよりは、新たな闖入者があったが故であろう。


「おーい、直刃ー! 俺です、祐成ですよー! まったく、そんなところで何やってるんですか!」


 ぶんぶんと大きく手を振りながら駆け寄ってくる人影。よく通る声で呼ぶのは、紛れもなく己が名前だ。

 この声には聞き覚えがある。近付いてくる青年──そしてその背後に立つ人物を認め、直刃はやにわに立ち上がる。


「未散」


 数時ぶりに再会した未散は、何故か女物の小袖を身に付けていた。心なしか、別れた時よりも顔色が悪い。体調不良がぶり返したのだろうか。

 何より──彼女は何故、直刃の恩人にして腐れ縁こと、小比木祐成と行動を共にしているのか。

 走り寄ってくる祐成はひとまず素通りし、直刃は未散のもとまで歩を進める。──血のにおいがする。まだ傷口が塞がっていないのかもしれない。


「未散、これは一体如何なることか。何故お前が祐成と共にいる」

「いや……その、道中色々あったのだ。小比木殿には、困っているところを助けていただいた」


 未散の声は掠れている。声色からは隠しきれない疲労が滲んでいた。

 色々あった、と未散自身は濁したが、何かただならぬことが発生したのだと直刃は見抜く。言い様もない不快感が全身を駆け巡り、血液が逆流するかの如き熱を感じた──捨て置けない。


「彼女のおっしゃる通りですよ、直刃。俺はたまたま長浜に使いの用事があって、その帰りに襲われている彼女を見かけたのです。いやあ、間一髪でしたがなんとかなって良かった!」

「襲われていた、と」

「事情はご本人に聞くがよろしいでしょう。その方が詳細に、」


 どこにいても、祐成の態度は変わらない。いつでもにこにこ笑っている。

 今は平常運転の祐成よりも、未散を襲ったという不届き者について問い質すのが先だ。放っておけばいつまでも話していそうな祐成をぐいと押しやり、直刃は戸惑いを隠せない様子の未散へと詰め寄る。見れば、彼女の手首には明らかな鬱血痕があった。


「誰にやられた」

「いや、今はそれよりも、そこの南蛮人についてだな」

「誰にやられたと聞いている」


 未散いわく『惚れた』相手が傷付けられたとなれば、さしもの直刃も黙ってはいられない。人食い虫やその奏者と同様に屠ってやりたいと思う。

 片手は既に長巻の鯉口へとかけられている。未散に無体を働いた不届き者、その首を刎ねたくて仕方がない。そのためには、被害に遭った張本人から話を聞き出さなければ。

 ぶるりと未散が身震いする。普段とは異なり、年相応の出で立ちをしているからか、その姿はいやに頑是なく見えた。

 やはり彼女を一人で行かせるべきではなかった。斬りたい。未散に触れた者の全てを斬り捨て、その屍さえも完膚なきまでに破壊する。連中の血肉など啜るまでもない。未散という一人の人間を踏みにじったならば、同等、いやそれ以上の制裁をもって報いるのが相応しい。


「──お取り込み中申し訳ないのですけれど、少しよろしいかしら」


 全身から殺気を滲ませる直刃に未散でさえ気圧される中、平然と声をかけたのはあやめだった。直刃がゆっくりと振り返った先で、彼女はルチアーノのところからくすねてきたらしい団子片手に口を開く。


「あちらの武家の方は、直刃さんの知り合いでいらっしゃるの? 勝手知ったる間柄のようにお見受けしますが」

「是。それがどうした。今優先すべき事柄ではない」

「いえ、あの方、あたしも存じ上げているもので。ただ、人違いだったら申し訳ないから、一応お側で確認を……と。万由様も気になっておられるようですし、ここは多数決ということで時間をくださらないかしら。未散さんがどうしても駄目、とおっしゃるなら、無理強いは致しませんけれど」

「いや、是非確認して欲しい。片古家の関係者なら、話を聞いておくべきだ」


 直刃にとっては横やりを入れられた形になるが、未散が非常に切羽詰まった様子で首肯するので抗えない。小さく舌打ちしてから、好きにしろ、という意味を込めて視線で先を促す。──未散からしてみればあやめの介入は助け船となった訳だが、直刃が気付くことはないだろう。

 改めて祐成の方を向く。未だ茶屋にいる万由はどうした訳か顔を青ざめさせている。完全に部外者となったルチアーノはあからさまに顔を逸らして甘味にありついていた。味わって食べているように見えない。


「小比木さん……でよろしいでしょうか。あなたは、織田家に仕えるお武家様……で、間違いありませんね?」

「ええ、おっしゃる通りです。俺は小比木祐成、今は岐阜にて馬廻を務めております。あなたは……初対面でしたっけ? どうにも他人の顔を覚えるのは苦手で」

「あら、あたしはあなたを存じ上げているつもりです。なんたって、片古家──あたしの仕えていた家のご当主様、あなたに斬られてしまったのですもの。怒鳴り声が煩わしかった──そんな些細な理由で、ね」


 はっと未散が息を飲む音が聞こえた。彼女もまた、あやめから事情を伝え聞いていたようだ。

 彼女はかつて、折檻を受けている最中に目の前で前当主が斬られる様を見たと言っていた。織田家の者、と聞いてはいたが、祐成という可能性には思い至らなかった──彼は取り立てて気性が荒い訳ではないし、多少ところはありながらも軍規を守り、秩序を重んじる人物であるからだ。意外性から来る驚きに、直刃の激情は僅かながらも引っ込む。

 祐成はぱちくりと一度瞬きした。透明なあやめの眼差し、そして後方から浴びせられる、静かだが確かな非難の色がこもった万由の視線。その両方を受けて、彼はにこりと微笑んだ。


「ああ、そんなこともありましたね! あの時の女性にょしょうでしたか、お久しぶりです!」

「あ、あなた、なんて口を──!」


 平然とした態度に、驚愕を隠せなかったのだろう。万由が立ち上がり、祐成のもとまで彼女らしからぬ大股で近付く。かつての夫への反感はあるものの、祐成の言動には我慢ならなかったのか、血の気の失せた顔で彼女は問い詰める。


「ひ、人を殺しておいて、どうしてそんな、へらへら笑って……! 旦那様だけじゃない、使用人まで斬ったのに、反省ひとつないなんて、どうかしているわ……!」

「反省? 何を反省しなければならないのでしょう。せっかくの気持ち良い遠乗りなんですから、雑音は可能な限り取り払いたくはないですか? それに、あなたが斬られた訳じゃないんです。家財も没収してはいません。彼が死んだところで、跡取りも、代わりになる使用人もいらっしゃったなら、それで良いではありませんか」

「い……命に代わりはありません! どんな人間であろうとも、替えなんてきかないのに……ひ、人を消耗品みたいに言わないで!」

「落ち着いてください、別にあなたを斬って殺そうなんて思っていません。人は死んだら終わりと、俺もよくよく理解していますよ。だからこそ、過ぎたことを蒸し返しても無意味じゃありませんか。どう足掻いたって、死人は帰って来ないんですから。たしかに片付けもせず帰ってしまった俺にも落ち度はありました、申し訳ない。ということでこの問題はここでおしまい、手切れです。さ、過去のことで思い悩んでいないで、前を向きましょう。死に際を思い出したところで、彼らは生き返りませんよ」

「このッ……人でなし……!」


 ついに怒りが頂点へと達したのか、万由が手を振り上げる。──が、平手打ちへと及ぶ前にそれを掴む手があった。片手で団子のなくなった串を弄ぶあやめである。


「万由様、その辺りで。お教えいただきありがとうございました。こちらから伺いたいことは以上です」

「あやめさん……! 離して……!」

「いえいえ、こちらこそご丁寧に挨拶していただき、とんでもないです。まさか直刃のお知り合いとは、俺もびっくりしました。ところでそちらの南蛮人はどなたです? 伴天連は教会にいるものでは?」


 この流れで本題に入るものとは思っていなかったので、直刃は反応が一拍遅れる。南蛮人について知りたがっていた未散も、祐成の発言で参っていたのだろう。はっと上げた顔はいつになく疲れ切っていた。


「はあ、やっと俺の出番? とんでもない化物モストロがいるもんだね、日本って。本当無理、最悪の気分ミ ファ カカーレ


 部外者ながら散々だ、とでも言いたげに舌を出し、ルチアーノはぱっぱと衣服についたきな粉を払い落とす。そうして居住まいを正してから、ぱちりと片目を瞑ってみせた。明らかに祐成から目線を外しているので、未散一人に向けた表情だろう。


「改めまして……はじめましてピアチェーレ! 俺はルチアーノ・スキャヴァッツィ。日本の怪異レムレースについて調査している、有能かつ才気あふれるお兄さんさ! こういう格好をしてるけど、宣教師ミッシオナーリオ──あ、こっちではバテレンって言うんだっけ? とにかく聖職者ではないから。ところであれって──」

「──パードレが訛ってバテレンになってるんだよ。日本の連中にとっちゃ、司祭パードレ修道士イルマンも似たようなもんだからな」


 履物が土を擦る音と共に、気だるげな声が響く。所々が乾いて聞こえる声音だった。

 ひ、と未散の喉が鳴る。恐怖に顔を引き攣らせた彼女の変化を、直刃は見逃さなかった。細い腰を引き寄せ、自らの間合いへと未散を引き込む。

 げ、と得意げだったルチアーノが眉をひそめた。わかりやすく気まずさを浮かべながら、彼はケ パッレ、と小さく呟いた後にぎこちない作り笑顔で片手を挙げる。


「お……遅かったじゃないのさ、トトー君。てか君、なんでそんな土まみれなの? もしかして転んだ?」

「そんなところだ。そこのじゃじゃ馬が暴れるもんで、久しぶりに手こずった。ま、路上で油売ってるお前に比べちゃ働いてるよ」


 声の主は憚ることなく未散を指差す。ああ、こいつか、と直刃の頭は一気に冷えた。

 視線の先。今にも相手を切り裂きそうな直刃が見つめるのは、顔の左半分を包帯で覆う青年だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る