エピローグ

 あの日から七年ほど。とある結婚式場。

 一応俺と結子の関係は続いている。

 俺も一応、スッパリとAIイラストからは手を引き、ちゃんとしたデザイナーとして何とか生きている。

 いるのだが…

「ノボルくん…」

「ハハハ…フガッ!」

「この意気地なし! 越されちゃったじゃないの!」

 まだ結婚していない。

「しょうがないじゃないか! 結婚資金がまだ貯まっとらんの!」

 実は今日、数ヶ月前に婚姻届を出したキョウジとヒロエの結婚式に、二人でお呼ばれしていたのだ。

 しかも聞いた話では、キョウジが婿として天堂家に迎えられたとのことだった。

「坂屋、先生は悲しい…お前らの方が先だと思ってたのに…」

 近くの席に座っていた高校時代の担任が嘘泣きをしていた。

「しょうがないじゃない…ですか」

「…まあ、なるべく敬語を使える様になってるだけ進歩はしとるな…」

「当たり前じゃ! …ないですか!」

 慌てて訂正する。

「私にはまだ治ってない気がしますけどね…」

「結子〜…」

「コラ、ノボルくん! メソメソすんじゃないの!」

 結子や先生と茶番の様なことをやっていた時である。

「…なんとか続いてる様だな」

 俺の背後から声がする。

 この若干高圧的な態度を取る奴は一人しかいない。

「一応な」

 奴こそが本当の敵、『平野寺』の現・住職、平野寺真自だ。

 …今はもう敵ではないけど。

「お前、坊主じゃねぇんか」

 相変わらずのオールバックに俺は指摘する。

「ま、僕の所の宗派は修行以外特に決まりはないからな…」

 そう言いながら、学生時代の時と同じようにオールバックを手入れしていた。

 真自と話をしていると、後ろからひょっこり顔を出した人物が一人。

「お久しぶりです…」

 真自の奥さん・さくらさんだった。俺が会う機会はこれまであまりなかったが、やはり綺麗な人である。

「ど、どうも~…ってあれ、さくらさん…」

 挨拶をした俺は、ある事に気がつく。

 彼女…身籠っている。しかも結構大きい。

「あら、さくらさん…そのお腹…」

「…とても芸術的な夜でございました」

 ポッ。

 さくらさんの言葉に、「おめでとう」と声をかける前に一瞬だけ、全員がフリーズしたのがなんとなく分かった。何にとは言わないが。

「バッ! さくら…恥ずかしいからやめなさい…」

「ですがあれはどう見ても芸術…」

 …ここはここで大変そうだ。

「でもさくらさん、だいぶ大きいお腹ですね」

 結子はさくらさんの隣に立ち、お腹を眺めながら言う。

「ええ、実は双子みたいで…」

 周りにいる先生や他の人たちも「おぉ〜」と声を上げる。

 そんな中、俺が一言。

「はぁ〜…そりゃあ随分芸術的だわ」

 …これがまずかった。

「坂屋様…!」

 キラキラ…ギラリ。

「へっ…?」

 彼女に呼ばれ返事をした。

「坂屋様も分かっていただけますか!? この生命の神秘…! ただでさえお腹に子供を宿すと言うその行為こそが、動物というこの動く体を使った、最高の芸術であると言うのに、それでは飽きたらず、なんと私は二人も身籠っているのです! わかりますか、二人ですよ!? 素晴らしいと思いませんか! ああ、小説でもこんな無茶な展開はあまり見られません… 現実ではもっと確率も低い… テレビの話題性の確保などではフォーカスしやすい事象であるため意外にもメジャーとされてますが、この確率は、それはもう芸術と言っても過言ではありません! 生命を使った一世一代の美術! 芸術! ああ、私あの夜は真自様と向き合って…」

「「やめろー!」」

 二人でストップをかける。

「ああっ、すいません…つい『ばくはつ』してしまいました…」

 真自も恥ずかしいだろうし俺も聞きたくない領域に到達しようとしていた。

 その時であった。

「ちょっと、みんな!」

 結子の声で俺を含む三人がハッとする。

「あら…これも、芸術…」

「綺麗ね…」

「あれがヒロエちゃん…」

「僕にマウントポジションをとったヤツとは思えん…」

 アナウンスと共に新郎新婦が登場した。

 キョウジについては相も変わらず前髪はパーマであるが、しっかりと新郎らしい男らしさを感じた。

 しかし申し訳ないが、いまはキョウジにかまっている暇などないのだ。

 寛映の方に(恐らく全員)釘付けだったのだ。

「天堂さん…」

 結子に関してはもう言葉を失う程だったようだ。

 この結婚式までの間に顔を会わせなかったわけではない。

 この日の為に髪を伸ばし、手入れも徹底したという話も電話で聞いていたが…。

 恐らく解けば肩甲骨の下付近まであるだろう長い髪の毛は、黒く、そしてキラキラと輝いているようだった。

 かつて自分にはなかった「女性らしさ」をロボットのデザインに込めた彼女は今、それを全身を使って表現している。

 彼女のいまの姿こそが、今まで求め続けた彼女の情熱、熱量の集大成…結晶であることは間違いなかった。

『え~…あ、入ってるな…』

 キョウジのわざとらしいマイクチェックと共に新郎新婦の言葉が始まった。

『え~、この度なんと私たち、結婚いたしまして…端的に申し上げますと、なんだかんだ言ってヒロちゃんが最高の相棒であるという事に気付きました』

「全然端的じゃないではないか」

「こらノボルくん、そういう事言うんじゃないの」

 結子に注意をくらう。

「京次郎さんも緊張してんのよ」

「や~いや~い」

 キョウジに向かって変顔をかまして見せる。

『…こちらに変顔を向けているバカもいますが、それは彼なりのお祝いとして受け取っておきます。坂屋ノボルくん、君の事です。そこの十三番席、バレてないと思いましたか。相変わらずですね』

「ふぇ…」

 すました顔で俺を指さしながら言った為、全員に変顔している所を見られた。

 —坂屋いたんだ。

 ―相変わらずね~坂屋くんも。

 ―隣のクラスにいたあの坂屋か~。

「アンタが目立ってどうすんのよ…!」

「フガッ!」

 結子に太ももをペシッと叩かれる。

 しかもそれが会場を沸かせてしまう珍事に発展した。

『…というわけで、なんだかんだ彼も今必死に頑張ってあの方と愛をはぐくもうとしている最中なので、私たち天堂家を是非見習っていただきたいとおもうところで私のお言葉は以上とさせていただきます…はい、ヒロちゃん次ど~ぞ』

 新郎の言葉という時間を全て俺に割いて弄ってきた彼の事を俺は一生忘れない。

『ンン…皆様、今回はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。天堂寛映です』

 こっちの方がもっと緊張しているきがした。

『なんというか…まさか子供の頃に同じような境遇…性別は逆でしたが…そんな人と結ばれるとは思っておらず、正直びっくりしております…』

 まさかあの男勝りな寛映がこんなに女性らしく、しかも緊張してしまうとは…

「…いや、これは」

 男勝りな事を封印しているからこその緊張なのではないのだろうか。

「げ、芸術…ですわ…」

 俺の後ろの方で、俺以上に恐ろしい存在が現れた。

「アレは正しく、今あそこにいる事…あの緊張こそが丁度あの方の芸術の完成なんです…あの男のような人が…ここまで女らしく…」

 その瞬間である。

 美術眼が炸裂するさくらさんの座席の机に、新郎新婦が座っている席の前にある装飾品の一部がものすごい速度で飛んできた。

 誰がやったかは言わずもがなである。

「ほら、天堂さん怒ってるから! やめなさい」

 真自がさくらさんを注意している横で、俺はこの装飾品の違和感を見つける。

 何かメッセージが書かれていた。

「ん、なんだこれ…」

 俺は結子に見せる。

「なんか書いてあるわね…『俺は女だ』」

 とても彼女らしい文章だった。

『…ですが、京次郎さんと同じく、十三番席が騒がしくなってきたみたいなので私が注意してきますね』

 俺らが聞いていない間に、いつの間にか寛映が此方に注意しにやってくる流れになっていた。

「ああ、この目の前でこの変遷を遂げた漢女の何が芸術でないといえるのでしょうか…」

「ち、ちょっと…さくらさん!」

 俺たちは必死に止めるが、ゾーンに入ってしまっている彼女の口をとめることはできない。

「あ、あははは…ヒロエちゃんはもう女、女だもんな…!」

 必死に俺と真自はフォローするも虚しく、数年ぶりのアッパーをくらった。

『俺は元から女だ~~~~~!』

「フガッ!」

「アヒンッ!」

 会場から謎の拍手が起こる。

 マイクが拾った彼女の声は、当然のように音声がバキバキに割れるほどの声量であったことは言うまでもない。


                   *


「じゃあ、私先帰ってるね」

「ん。俺も遅くならないうちに帰るわ~」

 お開きになった後。

 結子は用事があった為そのまま帰ったが、俺は真自の時と同様に、相も変わらず結婚式場付近に残っていた。

「結婚式ねぇ…」

 そんなことを言いながら小石を蹴る。

 今回の式場は海が近いので、こういった海岸特有の小石が転がっていたりする。

 式場自体は既に片付けられ、参列していた人もほぼ残っていない。

 なんとなく、残っていたのだ。

「あら、まだ帰ってなかったの」

 俺は後ろから声をかけられる。

「フフッ」

 振り向くとそこには、今日の主役がいた。

 天堂寛映である。

「なんか未だに慣れんな…その感じ」

「どういう意味よ」

 結んでいた髪をほどき、サラリと風になびかせた彼女。

「いや…」

「何よ、その歯切れの悪さ」

 歯切れも悪くなる。


 ―何千倍ものお前の負荷に耐え続けてぶっ壊れた結子の方だろうがぁ!—


 すぐ横にいる彼女に、かつて言われた言葉。

 あの日、あの夕方。今でも鮮明に覚えている。

 もし彼女が、俺と結子の情熱・熱量に対して自分の事のように心配をしてくれていなかったら…。

「いや、昔言われたことを思い出すんだよ…」

「どれよ」

「ほら、俺を投げ飛ばして…」

「ああ…あの時かぁ…」

 やはり彼女も覚えていたようだ。

「ま、その件に関してはアタシの愛の熱血指導に感謝してもらわないとね」

 そう言うと彼女は、まだ付けたままのレースの手袋に包まれた指を、ツンッと俺の頬に押し付けて来た。

「そりゃあもう痛いくらいに感謝しております…」

 結子と今も繋がっているのは、あの日彼女が俺たちの傷口を再度縫ってくれたからに他ならない。

 …そうだ。一応聞いてみよう。

「そういえばさ」

「ん? どうしたの?」

 寛映に聞き返され、俺は質問を伝えようとした。

 …が、どうも口が開かない。

「…坂屋くん…?」

「あ、ああ…いや、やっぱ何でもない…」

 あの日、あの場所にもう一人…。

 俺達の他にももう一人いたのだ。

「…あ、分かった」

「へ?」

「三秒だけ時間くれる?」

 寛映は指で三を表現しながら俺に言ってきた。

「ん、まあいいけど」

「じゃあちょっと目閉じてて」

 言われるがまま俺は目を閉じる。

「三」

 …いったい何のカウントダウンなのだろうか。

「二」

 俺が聞きたい事、言い淀んだことに関連するのだろうか。

「一」

 …まさか、来ているのか? いや、それはないハズ…

「ゼロ」

 俺は少し怖くなりながらも、目を開けてみる。

「…何も変わってないけども…」

 俺が目を閉じる前と何一つ変わってない。

「何か変わった…?」

 俺は彼女に聞いてみた。

 風景が変わるわけでもなし。キョウジが後ろからやってくるわけでもなし。

 …そして、俺が想像していた人が来るわけでもなかった。

 不思議に思っていた。その瞬間である。

「…十分変わっただろうが」

 少しドスの効いた声には俺は驚き、そっちを見る。

「おめえはこっちの方が…話しやすいだろ?」

 先程まで『花嫁・天堂寛映』が立っていたその位置。

 そこには『俺のよく知る天堂寛映』が立っていた。

「…なんとなく聞きてぇことは分かってる」

「…あれからどうなったのかなって…」

 俺は敢えて名前を出さずに聞いてみることにした。

「あのモデルは今年の春ごろ正式に廃盤にしちまった。もう金型すら残っちゃいねぇ」

 寛映は近くにあるベンチに腰を掛けながら、俺を見る。

「…やっぱおめえも思うところがあったのか」

「そりゃあまあ、ね… 何となく渡す前から怪しいところがあったけど、時間がかかるって言われて…今回は補償出来ねぇって言われて…中々連絡きてなかったから」

 俺も寛映に続くように隣に座る。

 夜風にのって俺に伝わる潮風の香りは、妙に心に沁みている。

「アレは俺の情熱の塊だった。…昇華され、成就するまでは使えるように粘ってたんだけどよ」

 —今の彼女はもう、立派な女性である。

「でもよ…あのモデルを使い続けてたの、お前だけだったんだぜ?」

「えっ…」

 俺は彼女の方を見る。

「俺が近くにいるから修理してたんだ。俺の情熱を唯一理解し続けて、使い続けてくれてたからよ…」

 彼女の、情熱…。

「この事を話したらアイツ、『もう十分お手伝いできた』、『お前も、もう十分お手伝いできた』って言ったんだぜ…」

 前者は多分…俺の事だ。

 あいつは現行モデルと違い、記憶域のディスクが換装不可な構造になっている。

 …俺が最後に修理を頼んだ時は、もうその一言ぐらいしかろくに言えなくなっており、俺の名前も思い出せていなかった。

「俺、お前がアイツを定期的に俺のとこに持ってきて修理させてくれなかったら、努力するタイミングを失っていたかもしれねぇ」

 そうだったのか…。

「だからよ…おめえに感謝してる」

「ヒロエちゃん…」

 寛映は立ち、数秒後に俺の方を向いた。

「イニアを…私の情熱を最後まで守り続けてくれて…とっても嬉しかった」

 そしてにっこりと笑い、彼女は俺にこう言った。

「私を変えてくれてありがとう。坂屋ノボルさん」

 その笑顔と共にあふれ出ていた涙を見て、俺の心の中に唯一残っていた「何か」が、風と共に消えたようなきがした。

「…」

 海を向き、声に出さずに彼女は口を動かした。

 なぜだか分からないが、俺にもその言葉ははっきりと聞こえる。

 いや、俺も思っているからこそなんだろう。

 

「…ばいばい。イニア…」

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複製画 斜芽 右上 @m_giu_eNNM

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