第九章 熱

                 1


「いや~どうもどうも」

「どうもどうもじゃあないラ! 聞いてないラ! こんなお嫁さん貰ってるなんて!」

 真自と常盤さん…じゃない、平野寺さくらさんの挙式当日。

 映一町のはずれに建てられている、平野寺グループ管轄の結婚式場での一日。

 真っ先にお嫁さんにかぶりついたのはイニアだった。

「アタシがいない間に誑かしたんラね!」

「ち、違うんです! 双方の意見が一致してアヒンッ!」

 新しい腕が納品されるまで片腕しかないイニアの『片腕サファイアチョップ』が、新郎である真自の方に直撃する。

「ワハハ! 久しぶりに見るなその光景! やっぱ袴姿で着飾っても、お前にはそれがお似合いだ!」

「何を貴様…この平野寺真自様を愚弄するとは…!」

 その袴の衿元から、おなじみの筆が十本程俺に向かって飛んでくる。

「わっ! 何て本数隠してるんじゃ!」

「坂屋を倒すのならばあと十倍必要だからな!」

「百本も投げようとするな!」

 相も変わらずのやり取りを俺らは繰り広げる。

 ―なんたってまだ俺らは学生である。

「こら! こういう神聖な場ですらお前らは痴話げんかをする気か!」

 しれっと出席していた先生に一喝入れられる。

「俺ら、まだ学生ですよ」

「だからこそこういうところは実技授業と思え!」

「へ~へ~…」

「全く、僕は主催者を蔑ろにした正当な罰をしたまでなのに…」

 俺と真自は渋々返事をする。

「…とにかく、先生から言えることは一つ!おめでとう。真自」

「…ありがとうございます」

 真自は先生に一礼をして席へ戻っていた。

「…大人だなぁ」

 俺にはあいつがいつも大きく見える。

「それがわかれば今回のお前は百点だ」

 そう言いながら、俺の肩をポンと叩いた。

「そうだ…坂屋」

 と、何かを閃いた様子で先生はいう。

「何ですか、先生」

「お前に宿題を言い渡す」

「何でじゃ!」

 イキナリの宿題宣告を受け、俺はムッとした顔で反論する。

「その内容は、『この姿を自分に置き換えてみること』。これは総合学習の時間だ。回答はない! …だた、この締め切りは無期限!」

 …意外な内容だった。

「もし自分に置き換えてこの光景を実現できた時は、先生を呼びに来い! 因みに呼びに来ない限り採点はしてやれないからな」

「それってどういう…!」

 そこまで言った俺はハッとする。

 …そういう事か。

「分かったな、坂屋?」

「…勿論!」


                  *


 同日、同時刻。

 一通りの形式的なものが終わり、自由時間の時であった。

「本日はご参列いただきありがとうございます…」

 私に声をかけた女性がいた。

 ―平野寺さくら。本日の主役だった。

「初めまして。鹿児島結子です」

「あら、貴女が…」

 少し驚いた表情をした後、

「その件では…本当に申し訳ございません…無神経にも私が…」

 急に謝られてしまった。

 …恐らく真自さんの事だろう。

「い、いえいえ全然気にしてないですよ。それこそ、私の方が彼の決断を遅らせてしまったみたいで」

「…いえ、突然横入りしてきた私が悪いんです…本当に…なんというか…」

 …このままではまるで逆の式のテンションになってしまう。

「そんな、顔を上げてください! 今回の件で、私もやっと考えを見直せたんです!」

 さくらさんに言うと、不思議そうに私の顔を見て来た。

「それは…どういった…」

 …彼女の姿。

 見惚れてしまう程美しい。

「…あの…」

 …ハッ。

「あ、ああ! どこまで話しましたっけ…」

「まだスタートラインでお尻を上げた位です」

 …そういえば何も話してない。

「えっとですね…なんと言いますか…」

 ドギマギしてしまう。

「もしお話したくなければ…」

「いえいえ、とんでもない! えっとですね…つまり…」

 …いざ言うとなると恥ずかしい。

 暫く無言が続く…

 …

 …ちょっと明後日の方を向いてみたり。

 …

「あら…貴女もしかして…」

 そう口を先に開いたのは彼女だった。

「お好きな人の気持ちにようやく…」

 ギクッ。

「今ギクッて…」

 …言ってたのか…?

 その時であった。

「新婦さん困らせてやんなよな」

 この男勝りな声は…

「天堂さん…!?」

 ピシッとしたスーツだった。

「あら、アナタ…先日お電話でお話した…」

「天堂です。その節はどうも…真自とは順調にやって行けそうですか?」

 意外だった。

 普段あんなに荒い口調の天堂さんが、こんなにも丁寧に対応できるなんて。

「ん…?なんだ、結子」

「い、いや…なんか普段と全然違うなって…」

「普段の言葉遣いじゃ失礼なんじゃね~のかこういうところは」

「ま、まあ…そうだけど、びっくりしちゃった」

「親父の会社の手伝いしてる間に何となくコツをつかんだだけだよ…」

 ポリポリと頭を掻く彼女の横で、新婦はある一言を放った。

「素敵な男性なんですね…!」

 あっ。

 参列していたクラメイトが凍り付くのが分かった。

 彼女…知らなかったのか…

「お…俺は…」

「天堂さん、落ち着いて…」

 そう宥めようとしていた私たちが見たのものは…

「実は私、女なんです。昔からの癖で男っぽい物しか着られなくなってしまって…」

 …大手企業に上り詰めた社長の一人娘…社会を先んじて見つめていた大人の女性の、丁寧な対応であった。

「あら…ごめんなさい、私ったらずっと男の人だと…」

「いえいえ…そう見えてしまうのも致し方ないですよ。なんせ服装が男物ですから」

 爽やかに応対する天堂さんの足元で、小石がバキバキバキッと割れる音が聞こえたのはまた別のお話である。

「…とにかく、今回の件で結子さんも自分を追い求めてくれている…いや、互いに追い求め合っていた人と確かめ合えたそうです」

「あらっ…貴女…」

 グサグサグサッ。

 突如心に透明の槍が襲ってくる。

 …これが天堂式のストレス回避法なのだろうか。

 そう思っていたその時。

 にっこりと微笑みながら、

「色々ありましたけども…お互い、頑張りましょうね」

 さくらさんは私に声をかけてくれた。

「…はい!」

 何だかとても清々しい気持ちになった。


                 2


「えっ、真自…これから学校こないのか」

「まあな。ウチで何とかなる」

 式が終わり、お開きになった後。人の気が少ない式場裏の階段にて。

 俺は真自と二人きりで話していた。

「一応在学という事にはなるが、先生と話を付けて中間及び期末の成績に大きな問題なければ自宅学習で良いとのことだ」

「ほ~んそりゃまたなんで…」

「伴侶付きで家業も継がんと行けない人間が行けるわけないだろうが」

 どこからともなく出してきた筆で頭をたたかれる。

「イテッ…やんのか?」

「やるわけないだろう。今日はもう疲れた」

 …それもそうか。

「なあ、坂屋」

 真自が口を開く。

「お前は…頑張れそうか」

 すごく漠然とした問いだった。

「お前は、あの人を…」

 その先を言い切らず、

「お前だけが、支えられるんだ。…絶対に離すなよ」

 俺にそう言った。

「…返事は?」

「…聞かずともわかっておろう」

 やれやれ、といった顔で見られた。

「ま、お前らしい回答だな」

 そう言うと真自は立ち上がり、表の方へ歩き始める。

「とにかく僕は一足先に進む。…君の健闘を祈りながらね」

 …最後まで鼻につく奴。


                   3


 それから一週間と少し。放課後の教室。

「おい…出来たぞ、坂屋」

「ほ、本当か!ヒロエちゃん」

「ほらよ」

 そう言って俺に渡されたのは、キョウジと寛映、そして俺が秘密裏に作っていたストラップである。

 昔と大きく違う点は、「本物のサファイアが散りばめられている」という点である。 

「なんだかんだで昔とほぼ変わってないね~ノボルくんの絵は。まあ顔の歪みとかは綺麗になってるかな」

「何じゃそのマジな評価は!」

「まあしょうがねえよな。製作期間中ほとんど沈んで練習してなかったし」

 それを言われると何も言えない。

「ま、とにかく完成したことには変わりはない。誠意を伝えな、誠意を」

 そう言うと二人は足早に帰っていった。

「全く…何なんだあいつらは」

 そう言いながら、俺は教室に残った。

「結子…早く来ないかな…」

 何を隠そう、今日こそ結子は本当に生徒会の業務がある。その為、他の学生より一時間程遅い帰りなのだ。

 後五分ほどで来そうな気はするが…

「…渡すときの練習しておこう」

 折角渡すときになって緊張していてはカッコ悪い。

「結子…これからも、俺を好きで…」

 …似合わん…

「結子…消えそうな時もここに俺が…」

 …なんか惜しい。絶妙にダサい。

「う~ん…」

 何かいい案は…

 …

 …

 やっぱ普通でいいか。

「結子…これからもよろしく…なんてな…!アハハ…ハハ…ア…」

 振り返りながら少し冗談交じりに言った、丁度その後ろに。

「何してんのよ…もう」

「み、見てた…?」

「全部見てたわよ…」

 彼女はいた。

「…とにかく。これを受け取っていただければと…」

 そう言って俺は新しいストラップを渡す。

「…ありがとう」

 互いに少し頬が赤くなる。

 …少し間を開けて…

「それじゃあ…改めて…」

「…うん」

「これからも、よろしくお願いします」

「…はい!」

 少し肌寒くなってきた季節。

十六時過ぎの出来事だった。

 

                                 ———了

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