【書籍2巻発売記念】弟たちの気持ち
書籍2巻の書き下ろし部分で、ゼニスが1ヶ月ほど旅に出る際、留守番をしていたアレクとラスのお話です。
ゼニス9歳、アレクとラスは6歳。まだ小さい子供の頃。
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ゼニスが首都ユピテルを旅立って、一週間が経過した。
最初は強がっていたアレクは、だんだんと元気をなくしてしまっている。食いしん坊な彼がごはんを残したり、いつもは元気よく走り回るのをやめて座り込んでしまったり。
ティベリウスや屋敷の大人たちが心配の声を掛けても、アレクは首を横に振るばかり。
今年になって故郷から首都に留学を始めたアレクは、頼れる身内は姉のゼニスと侍女のティトだけだった。その二人ともがいなくなって、急に拠り所をなくしてしまったのだ。
「姉ちゃん、まだ帰ってこないのかな」
ある日の午後、アレクは中庭の柱の前で膝を抱えて言った。隣ではラスが心配そうに彼を見ている。
「まだだよな。まだ一週間だもん。一ヶ月は三十日で、一週間は七日。ええと、何日足りないんだっけ」
指を折って数えるアレクに、ラスはゆっくりと言う。
「三十引く七で、二十三。まだいっぱい、ありますね」
「うん……」
二人で中庭の空を見上げた。春のユピテルは温暖な気候で、青空がよく続く。雨がちだった冬に比べて、ずっといい季節だ。
「なあ、ラス」
「はい」
真面目な顔でアレクが言ったので、ラスは背筋を伸ばして返事をした。
「ラスは、ふるさとの父さんと母さんと離れて、寂しくないのか? だって、すごい遠い国なんだろ。俺は家に帰ろうと思えば、三日歩けば帰れるけど、ラスは無理だろ」
「寂しかったですよ。本当を言うと、今だって寂しいです」
ラスはちょっぴり照れくさそうに笑った。アレクは意外そうに言う。
「そうは見えないよ」
「ゼニス姉さまに聞いていませんか? 僕がユピテルにやってきたばかりの頃は、病気で痩せていて、走るのもできなかったって」
「あ、聞いたかも。俺と同じ年の子だけど、ちっちゃいよーって手紙で言ってた」
「病気になったのは、寂しかったせいなんです。父様と母様と会えなくなって、ヨハネも今より厳しくて。フェリクスのお屋敷は知らない人ばかりで、寂しくて怖くて泣いてばかりいました」
「……俺、ラスが泣いているの、見たことないんだけど」
「そりゃあ、僕、あの頃より大きくなりましたもの」
ラスは少しだけ得意そうだ。
「それに、決めたんです。泣き虫の僕とはさよならしようって。それで早く大きくなって、ゼニス姉さまに追いつこうって……」
ゼニスの名前が出たせいで、アレクはまたしょんぼりとしてしまった。
ラスは慌てて言う。
「僕、ゼニス姉さまにいっぱい助けてもらいました。病気は、寂しくて怖くて心が苦しいと、なるんだって教えてもらいました。でも、僕みたいな年の子が父様と母様と離れて暮らせば、苦しくなって当たり前だから、気にしなくていいって」
「…………」
「ゼニス姉さまは、ヨハネにまでお説教をしていましたよ。子供に優しくしなさい! って。びっくりしました」
「え、姉ちゃん、ヨハネさんにそんなこと言ったの。怖いもの知らずだなあ」
アレクは言ってちょっと笑った。
ヨハネはラスの保護者で、厳格な聖職者だ。ラスとアレクのお目付け役のような立ち位置にいる。
二人より年上とはいえ、子供のゼニスがそんなセリフを吐いただなんて。アレクは想像して可笑しくなった。
ラスは続ける。
「でもそれから、ヨハネもちょっとだけ優しくなったんです。ゼニス姉さまがまず、うんと優しくしてくれて。苦しくなったときは、そばで背中を撫でてくれました。お屋敷の人もだんだん優しくなって。そのうち僕は苦しくなくなりました。そうしたら、いつの間にか病気も治っていました。だから僕の病気は、ゼニス姉さまが治してくれたんです」
「姉ちゃん、実はすごかったんだな……」
今度はアレクが続けた。
「姉ちゃんは、俺がもっと小さい頃はめちゃくちゃでさ。急に叩いてきたり、変なことを叫んだり、よくしてた」
「『イカレポンチ』というやつですか?」
「そうそう。姉ちゃんとティトはそう言ってるよな。ほんと、ひどかったよ。女の子なのに、男の子より乱暴なんだもん。それが急に今みたいになった。頭をぶつけた日だよ。俺、よく覚えてる」
「信じられません」
「ほんとだよ! よく、『ぷろれす技』っていうのをやってた。俺もティトも何度も泣かされた」
「えぇ~?」
ラスとしてはアレクの言葉を疑うわけではないが、すっかり落ち着いたゼニスしか知らないので、どうにも実感がわかない。
「その頃のゼニス姉さまを、見てみたかったです」
「見せてやりたかったよ! そうしたらラスも、『ゼニス姉さまに追いつきたい』なんて言わないぞ。あんな変な子に追いついたら、どうなっちゃうか分かんないから!」
二人で笑い合う。アレクの笑顔は一週間ぶりだった。
ひとしきり笑った後、アレクはうーんと伸びをして言った。
「あーあ、笑ったらお腹へっちゃったよ。今日のおやつ、まだ残ってるかなあ?」
「さっき、料理人がアイスの試作を作ってましたよ」
「わあ、いいね! 今日は何味だろ?」
「一緒にもらいに行きましょう」
「うん!」
二人は立ち上がって厨房の方へ向かう。
歩きながらアレクが言った。
「俺がしょんぼりしていたら、姉ちゃん、心配するかな?」
「ええ、きっと。アレクは元気な方が、ゼニス姉さまは喜ぶと思います」
「やっぱ、そうか。じゃあ帰ってくるまで元気でいなきゃ。そんで、おみやげいっぱいもらわなきゃ!」
「楽しみですね」
ラスはくすくすと笑う。
「ゼニス姉さまのことだから、面白いお話もいっぱいしてくれますよ。南の大陸はどんなところでしょう。いつか、僕たちも行ってみたいな」
アレクは力強くうなずいた。
「行こうぜ。俺たちが大人になれば、どこへだって行ける。船に乗って、馬車に乗って、ラクダに乗って。世界中のいろんな場所を冒険するんだ!」
「はい!」
将来の楽しい夢を語り合いながら、少年たちは歩いていく。
その足取りは健やかで、寂しさの陰はもはやない。
春の空に笑い声が響いて、青空に散っていった。
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書籍第2巻、本日5/20発売です。
2巻はゼニスが魔法学院の教師を始めるところから、ティベリウスの結婚式が終わるところまで。
約4割と大幅な加筆をしました。半分近くが新しいお話のため、WEB読者様も楽しめる出来となっています。
どうぞよろしくお願いします。
また、コミカライズ連載がスタートしました。漫画担当は藤田麓先生です。
先行配信はTOブックス様のコロナEXにて。
少し間を置きまして、他のプラットフォームでも配信予定です。
きれいな絵と読みやすい漫画で、非常におすすめの作品です。リスかわいい(?)
書籍とコミカライズについては近況ノートにまとめてありますので、よければそちらも御覧くださいね。
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