【書籍1巻発売記念】双子のタイムスリップ小冒険:7


「……フーギ、ジョカ。これはいったいどういうことかしら?」


 三十年前の過去から戻った双子を出迎えたのは、聞き慣れた母のとても怖い声。

 魔力体を肉体に戻し、双子は目をつぶったままでいる。怖くて目を開けられないのだ。


「ゼニス。事情を聞く前からそんなに怒るものではありません。怖がっていますよ」


 シャンファの声もする。落ち着いているようで、フーギには分かる。お説教をする気満々の声だ。それもすごく長いやつ。

 ジョカはグレンの気配を探った。父は双子にとても甘くて、だいたいのワガママは許してくれる。

 けれど残念なことに、グレンは近くにいなかった。


「モッキュ、ピャー!」


 リス太郎まで怒っているようだ。このリスは双子を自分の子か孫くらいに思っているフシがあって、保護者然として振る舞うのである。

 フーギとジョカは恐る恐る目を開けた。

 まず、怒りのオーラをまといながら仁王立ちをしているゼニスが見えた。

 その横にはリス太郎を抱っこしたシャンファ。

 後ろの方ではシリウスが肩身が狭そうにしている。


「フーギ、ジョカ。説明して。シリウスは時間移動の装置だと言っていたけど?」


 ゼニスの言葉に、フーギはこくこくとうなずいた。


「そ、そうだよ。僕たちふたりで時空移動理論を研究して、そこの装置を作ったの」


「時空移動……。そんなものをいつの間に?」


「ライブラリに行って、パングゥに手伝ってもらった。面白い発想だってほめてくれたよ」


 今度はジョカが答えた。ゼニスは腕組みする。


「あの子孫バカ! 子供になんてものを教えるのよ。今度会ったら殴ってやる!」


 双子は首をすくめてお互いに視線を合わせた。パングゥは気の毒だが、母の怒りが逸れてくれると嬉しい。

 だが、彼らの期待は外れてしまった。ゼニスは再び子供たちに向き直る。


「詳しく説明しなさい。あなたたち、なにをしていたの」


 そこで双子は全てを話す羽目になったのだった。







 時は少しさかのぼる。

 ゼニスがシリウスの研究室でフーギとジョカを見つけたのは、日がすっかり暮れた後のことだった。

 午後の授業と訓練をすっぽかした挙げ句、いくら探しても見つからない。

 まさか双子の身に何かあったのでは――と青ざめながら探すゼニスとグレンに、さすがにバツが悪くなったシリウスが打ち明けたのだ。


 ゼニスとグレンがシリウスの研究室に入ると、双子はピクリとも動かない状態で立っていた。

 意識がないのは明らかで、呼びかけても反応がない。

 息子と娘の体を抱き寄せようとしたゼニスを、グレンが止めた。


「待って。今は動かさない方がいい。魔力が極端に少なくなっている。おそらく魔力体を分離させている状態だ」


「そんな。いつからこの状態? 魔力体の分離は難しい魔法よね? この子たち大丈夫なの?」


「分からない……。魔力体を分離させれば、ごく薄いながらも本体とのつながりの跡が残るのだが。不自然なまでにそれがないんだ」


「そんな、嘘でしょ!!」


 ゼニスは震える手を双子に伸ばして、首を振ってから引っ込めた。触れることすらできないなんて。

 その様子を後ろから見ていたシリウスが言った。


「そいつらたぶん、時間移動をしているぞ。その装置が時空理論についてのものだと言っていた。違う時間にいるのであれば、魔力体の痕跡も残らないのでは?」


「……あり得る」


 グレンがうなずいた。その横でゼニスははっとする。


「時間移動……タイムスリップ。『未来でまた会おうね』――」


「ゼニス?」


「ジョカ! そうだよ、この子だよ! 確かにこのくらいの年頃だった。うわー! なんてこと!」


 ゼニスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。グレンは膝をついてその背中を撫でる。


「ゼニス、どうしたんだ?」


「私、過去にこの子に会ってるの。ユピテルの浴場で、そうだ、魔族の魔法も使ってた!」


「……なるほど。それから、どうなった?」


「帰るって言っていなくなっちゃった。探しても見つからなくて」


「ならば、帰ってくるんだね」


 グレンが言うと、ゼニスは目を上げた。


「そう、だね。それなら、私たちは待っていればいい?」


「ああ。この子たちを信じて待とう。必ず帰ってくるはずだ」


 それで彼らは待ったのだ。

 シャンファとリス太郎もやって来た。アンジュやカイ、他の人々もそばに来て見守ると言ったが、あまり大勢が押しかけて魔力が乱れてもいけない。気持ちだけ受け取った。


 そしてついに帰還のときがやって来た。

 時空装置が淡く輝いて鳴動する。彫像のようだった双子の体に魔力が戻ってくる。


「グレン。あなたはちょっとあっち行ってて」


 子供たちの無事をほぼ確信してからゼニスは言った。


「あなたはこの子たちに甘すぎるから。絶対、グレンの陰に隠れて逃げようとするに決まってる。こういう危険なことをしないように、しっかり叱ってやるの。だからあっち行ってて」


「……はい」


 グレンはしょんぼりしながら部屋を出ていった。

 そうして、場面は冒頭に戻る。







 双子はゼニスに叱られた。生まれてから一番の質量で叱られまくった。

 シャンファのお説教とリス太郎の平手打ちならぬ尻尾打ちも受けた。

 フーギもジョカも最初こそ不満だったが、ゼニスが心から心配して泣きそうになっているのに気づいてからは何も言えなくなった。シャンファとリス太郎も同じ気持ちである。


「ごめんなさい……」


「勝手なことをして、心配かけて、ごめんなさい」


 本心から謝ると、ゼニスは子供たちを両腕でぎゅっと抱きしめた。


「次からは、新しい実験をするときはちゃんと相談して。私も一緒に安全をチェックして、それからやるから」


 ゼニスの言葉に双子はうなずいた。

 そこへひょっこりとグレンが顔を出した。


「無事で良かった。もう危険なことはしてはいけないよ」


「はい、お父さま」


 素直に答える子供たちに、グレンは微笑する。


「それで、過去のユピテルはどうだったかな?」


「ちょっと、グレン」


 ゼニスが抗議するが、双子はぱっと顔を輝かせた。


「すっごく楽しかった! あのね、お風呂が大きくて。プールがあって、いっぱい泳いだの!」


 ジョカがグレンに抱きついて言う。

 フーギも父の腕を握った。


「僕はラスに会ってきた。ちっちゃくてかわいかった」


「え、ラスに?」


 ゼニスは戸惑う。


「うん。また会う約束をしてきたんだ。ねえお母さま、王様のラスに会いに行っていい?」


「……もう少し時間が経ったらね」


「うん!」


 呟くようなゼニスの言葉に、フーギは元気よく返事をした。


「それでね、それでね、お父さま! 小さい頃のお母さまはかわいかったよ!」


「ほう。私も見たかったな。子供のゼニスか……さぞ愛くるしいんだろうね」


「大人のお母さまと同じところもあったよ。あたしと小さいゼニスとで、スケートをして、泥棒を捕まえたの!」


「そんなこともあったねえ」


 ゼニスは苦笑する。彼女からすればもう三十年以上前の思い出だが、ジョカにとっては今日のことなのだ。


「僕、ラスみたいな弟がほしい」


 フーギが言えば、ジョカも同意した。


「あたしもゼニスみたいな妹がほしい。ねえねえお父さま、お母さま。弟と妹、ちょうだい!」


「え? あーっと、それはその、赤ちゃんは神界からの授かりものだから、私の一存で決められないっていうか……」


 しどろもどろになるゼニスに、グレンは忍び笑いを漏らしている。


「ああもう! フーギ、ジョカ、お腹すいたでしょう。晩ごはんの用意、できてるよ。みんなで食べようね」


「あたしお腹ぺこぺこ!」


「僕も。今日のごはん、なあに?」


 にぎやかなゼニス一家を、シャンファとシリウスが見守っている。

 双子の無事はすぐに皆に知らされて、この場にいない人々も安堵で胸をなでおろした。




 小さな冒険を経て少しだけ成長した双子は、これまで以上に元気いっぱいに毎日を過ごしていく。

 彼らの日々はまだまだ終わらない。







+++

これでこのエピソードは終わりです。

書籍収録の番外編をA面とするなら、こちらは裏側B面のお話でした。

書籍1巻好評発売中です。どうぞよろしくお願いしますね!

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