第267話 変態の帰還:2


「な、子供……!?」


 ジョアンが驚きに目を見開く。

 フーギとジョカもあっさり見つかってしまった驚きで、ちょっと固まっていた。

 少しの沈黙の後、ジョアンがソファから立ち上がって床に膝をついた。


「もしかして、フーギとジョカかい。わが女神ゼニスの子供たち」


「そうだけど」


「あなたが、新しく来た人?」


 同じ高さの目線で話しかけられて、双子は少し戸惑っている。

 一方でジョアンは、子供たちにゼニスの面影を見つけてうっとりとしていた。


「男の子の方がゼニスに似ているんだね。同じ髪の色をしている」


「まあね」


 フーギがうなずくと、ジョカも得意そうに言った。


「あたしはお父さま似だよ!」


「ああうん、グレンか」


 ジョアンは素っ気なく流した。


「あの小僧め、魔力ばかり多い役立たずだと思っていたが。こんなに可愛い子供たちを世に送り出したのだから、そこだけは評価してやろう」


「お父さまの悪口言わないで!」


 フーギがムッとして言うと、ジョアンは相好を崩した。


「あぁ、すまない。昔、いろいろあってね。しかし、きみたちは本当に可愛いなあ……。うん、本当に、食べちゃいたいくらい……」


 でれでれとした笑みを浮かべるジョアンに、双子はちょっと引いた。

 今まで出会ったことのない人種である。


(ねえジョカ。この人、なんか気持ち悪くない?)


(うん。感じ悪い。お父さまの悪口言うのも、嫌だ)


(やっつけちゃう?)


(やっつけちゃおう!)


 フーギとジョカはソファの陰から飛び出して、ジョアンに向かって手を突き出した。

 フーギは右手を。ジョカは左手を。互いに添えるようにして、魔力を集中させる。


「くらえ、必殺アタック! 双星砲!」


 なお必殺技の名前はその場のノリで決めた。


「ん? ――うわああ~~~っ!」


 すっかり油断していたジョアンは、双子が放出した魔力の塊をもろにくらって吹き飛んだ。

 ガラガラと音を立ててテーブルを巻き込み、勢いよく壁に叩きつけられる。


「こ、これは……! この衝撃は……」


 とはいえ彼も腐っても魔王の一族。そこまで大きなダメージは受けず、目を見開いて双子を見た。

 そこへジョカが走り寄って、ジョアンの脇腹を蹴った。


「どうだ悪者、思い知ったか!」


「…………! 今の蹴り、衝撃、間違いない、きみは女神の娘……!」


 にじり寄るジョアンにジョカはビクッとしたが、虚勢を張る。


「あんたなんか、いつだってやっつけてやるんだから!」


「はい。オレは悪い奴です。どうかやっつけてください」


 足元に這いつくばるジョアンに、ジョカとフーギは目を丸くする。フーギは完全に引いていたけれど、ジョカは得意そうに胸をそらした。


「ふふん。分かればよろしい。じゃああなたは、今日からあたしの召使いよ」


「えー? やめなよ、ジョカ」


 フーギがドン引きの顔で妹をたしなめるが、ジョカは聞いていなかった。

 ジョアンは心から嬉しそうに答える。


「はい……! どうかこのオレに、なんでも命令してください」


「なんでも?」


「はい、なんでも聞きます」


「それじゃ馬になりなさい。お馬さんごっこをするの」


「喜んで!」


 四つん這いになったジョアンの背中に、ジョカはよじ登った。


「ハイヨー、ハイヨー! 行け、お馬!」


「ヒヒーン!」


 脇腹を蹴られる度に嬉しそうに身をよじるジョアンに、フーギは心底ドン引きした。


「ジョカ~、やめようよぉ。そのおじさん、気持ち悪いよぉ……」


「オレは気持ち悪い馬でございます!」


「あはは! ほんと、そのとおり!」


 困り果てているフーギと対照的にジョカは上機嫌だ。

 馬が部屋を半周ほどしたところで、部屋のドアが勢いよく開いた。


「なんかすごい音がしたけど、なにごと!」


 ゼニスだった。

 彼女は部屋の様子を見て。


「な、なにごと……。本当にどうしたの、これ……」


 あまりのことに言葉が出ないでいる。


「お母さま! あのね、あたしね、お馬をゲットしたの!」


「おおぉ、わが女神よ! 相変わらず麗しい。そして、今のオレはこの子の馬でございます。ヒヒーン」


「…………」


 ワナワナと震えるゼニスに、フーギは泣きながら駆け寄った。


「お母さま、あのおじさん、気持ち悪いよぉ! もうやだあ」


 ゼニスはフーギを抱きかかえ、馬乗りのジョカを回収して叫んだ。


「このクソ変態が!! 子供に手出しするな!! 出てけ、出てけーーーーーッ!」


 叫び声を聞いたグレンが飛んできて、ジョアンを強制退場させたのは言うまでもない。殺されなかっただけマシである。







「フーギ、ジョカ、怖かったでしょう。ごめんね、お母さまが守ってあげられなくて」


「ううん、別に? あたし楽しかったよ。またお馬ごっこしたいなあ」


「それは絶対に駄目」







 後日、ジョアンはもう一度自領に送還されることとなり、メイフゥは平謝りした。

 ゼニスは遠い目になって言う。


「私、ジョカの将来が心配になったよ。自然な感じで馬乗りしていて、あの素質はどこから来たんだろう……」


「あー、すまん。それな」


 答えたのは魔王ジュウロンだった。


「ジョアンの父親が被虐趣味――いわゆるM気質でな。一時期、わしもそういうのにハマったことがある」


「あっはい」


 平たく言えばSM女王様ごっこである。魔王ではなく女王だった。


「言っておくが、今はやっとらんぞ! 九千年も生きておれば、たまには違った趣向をやってみたくなることもあるじゃろ」


「ソウデスカ」


「まったくあの愚息め、父と違って淡白に育ったと思っていたら、結局これじゃ。血筋の業は根深いのう」


 思わぬところから遺伝の素質が出てきてしまって、ゼニスは深いため息をついた。魔族は変態ばっかりだ。

 勘弁してくれと心から思った出来事だった。







 性癖に 貴賤はなしと いうけれど

 娘の将来 とても心配


 ――ゼニス心の俳句







+++


書籍2巻、5/20発売です!

コミカライズの試し読みもつくようで、紙の本はなかなかの厚さになりそうです(笑)

たくさん(全体の4割!)加筆をしましたので、紙でも電子でもどちらでもぜひ読んでいただきたいなと思います。


コミカライズは近日中に連載開始予定です。

漫画担当の藤田先生が本当に素敵な作品に仕上げてくださいました。

ストーリーは小説と同じなのですが、かなりテンポが速くなっているおかげでするする読めちゃいます。

古代ローマ風の建物なんかは文字で説明してもなかなかピンとこないと思うのですが、絵で見るとひと目で分かります。

作中世界に飛び込んだような臨場感があって、ぜひぜひWEB版読者様に読んでもらいたい出来になっています。

連載が開始したら近況ノートなどでお知らせしますね。いくつかの漫画アプリ・サイトで配信になる予定です。

よろしくお願いしますね!

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