第266話 変態の帰還:1


本編最終話から10年後程度の話。フーギとジョカの双子、人間年齢で5歳くらいの幼児。

題名からしてあれですが変態注意。

+++



 ある魔族の処遇が変わり、謹慎していた自宅を出て、魔王の城まで来ることになった。

 魔族の名はジョアン。魔王ジュウロンの末の息子でグレンの叔父にあたる。

 彼はかつてグレンの魔力の才能に嫉妬していた上に、人間を下等な生き物だと見下していた。

 そのためにゼニスを誘拐して殺そうとした過去がある。


 結局、その計画は失敗に終わり。ジョアンは斜め下の改心をして自領で謹慎を続けていた。

 具体的に言うとドM性癖に目覚めてしまったのだ。ゼニスに張り倒されたおかげで彼女を心の女王様に定め、崇拝するようになってしまった。

 当時、刑罰として言い渡された自宅謹慎は百年。ゼニスが人間のままでいれば、二度と会うことはないはずだった。


「でもさぁ、ゼニスちゃん寿命延びたでしょ? そのうち謹慎明けたジョアンとまた会うわけでしょ?」


 場所は魔王城の一室。魔王の娘にしてジョアンの姉のメイフゥが、せんべいをバリバリとかじりながら言った。

 口元からは大きめの犬歯がのぞいている。彼女の父は魔虎族、その血を引くメイフゥも少しだけネコ科の特徴があった。


「あたし、弟の家まで行ってたまに会ってるのよ。あいつ、めちゃくちゃ反省してたよ。謹慎もきっちり守ってる。ゼニスちゃんに危害を加えるのは、百パーセントあり得ないって保証する」


「はあ」


 ゼニスは浮かない顔であいまいに答えた。

 彼女はジョアンが嫌いである。殺されかけたことはもちろんだが、その後が最悪だった。ゼニスにSM趣味はないのだ。


 だが、ジョアンは変態であっても優秀な魔族だった。魔力量は魔王一族にふさわしいだけのものを持っている。

 魔法と科学の技術が急ピッチで進む現状、使わないでいるのは惜しい人材と言えた。


「まぁ確かに、魔界は人手不足だものね……。メイフゥさんの言いたいことは分かる」


「そうでしょ、そうでしょ! 弟がいればはかどる実験がいっぱいあるのよ。ゼニスちゃんに接触はさせないようにするし、万が一のことがあったらあたしが責任持ってぶっ殺すから。何とか、謹慎短縮に賛成してくれないかな?」


「うーん。グレンと相談してからでいい?」


「相談するだけ無駄でしょ。あいつは絶対反対するし、逆にゼニスちゃんが『いいよ』って言うなら渋々でも賛成するよ」


「ううーん。魔王様はなんて言ってる?」


「お母さまは、基本的には反対。ただしゼニスちゃんが許せばあり。そんな感じ」


「うううーん」


 ゼニスは眉間にしわを寄せて腕を組んだ。

 心の中で、自分の心情と魔界の状況を天秤にかける。

 天秤はしばらく揺れ動いていたが、結局魔界の方に傾いた。


「……分かった。いいよ。ただし私と子供たちには絶対に近づけないでね」


「もちろん! ありがとう、ゼニスちゃん! 住む場所と仕事場をなるべく敷地の隅の方にして、城には入れないようにするから。

 ――いや~、やったわ! これであの実験もあの検証もはかどるぅー!」


 メイフゥは満面の笑顔でバリンとせんべいを噛み割った。

 ゼニスはお茶をすすりながら聞いてみる。


「ジョアンと時々会ってたと言ってたけど、どんな様子だったの?」


「えっとね、まず祖先を祀る祭壇に靴が置いてあった」


「はぁ?」


「ゼニスちゃんの靴のレプリカらしいよ。で、毎日三回それを拝んでた」


「…………」


「わが女神にもう一度踏まれたい、いいや、それは贅沢すぎる願い。オレはこうして彼女を想いながら、ひたすら祈りを捧げる――みたいなことを一日中つぶやいてた」


「………………」


 ゼニスは謹慎短縮に同意したのを後悔した。しかし後の祭りである。


 こうしてジョアンの帰還が決まったのだった。







 しばらく後、ジョアンが魔王の城までやって来る日が訪れた。

 メイフゥの宣言通り、住居と仕事場は魔王城の敷地の隅に用意されている。城の住民とめったに出会わない位置だ。

 ジョアンは城内への出入りを禁じられたが、最初の日だけは母であり魔王であるジュウロンに挨拶の必要がある。


 当日、ゼニスは子供たちと一緒に自室にいることにした。

 彼女本人はもちろん、幼い子供たちを変態に会わせるなど言語道断である。

 ところが。


「フーギ、ジョカ! こんな日にどこに行ったの! グレン、あの子たちを見ていない?」


「朝に見送って以来、見ていないよ。てっきりゼニスといると思っていたんだが」


 双子は世話役のシャンファの目を盗んで、行方をくらませていた。

 最近、こういうことがたまにある。フーギとジョカは人間で言えばまだ幼児だが、だんだんと知恵をつけてきた。

 大人を出し抜くのが楽しいらしい。とはいえまだまだ子供、すぐに見つかる場合がほとんどだが。


 ゼニスとグレンは慌てて双子探しを始めた。







「ねえフーギ。なんで今日は、おひるからお母さまといっしょなのかしら」


「お城の人がうわさばなしをしていたよ。新しい人が来るんだって。だからぼくらはお部屋でタイキなんだって」


「ふーん? どんな人かしらね」


「わかんない。気になるね」


「気になるね!」


 そんなやり取りをした後に、双子はこっそりと空き部屋に入った。

 普段は使われていない部屋なのだが、少し前から掃除がされている。『新しい人』が来るならこの部屋ではないかと当たりをつけたのだ。彼らは城の魔族たちの動きをよく見ていた。


 部屋の中は簡素なソファとテーブル。

 小さい双子はソファの陰に隠れた。気分はかくれんぼである。

 廊下からバタバタとした空気が漂ってきて、「フーギとジョカはいた!?」とゼニスの声もする。

 双子はこっそりと笑みを交わした。


 そのうち少し静かになった。しばらくして部屋のドアが開く。


「じゃあジョアン、お母さまの手が空くまでちょっと待ってて。そこに座って大人しくしなよ」


 この声はメイフゥだ。フーギとジョカはソファの陰から顔を出したかったが、見つかりそうなので我慢した。


「無論だ。わが女神と同じ屋根の下の空気を吸っていると思うと、もう胸がいっぱいで……」


 知らない男の声もする。


「はいはい。んじゃあ、あたしはちょっと残った仕事片付けてくるから。後でね」


「うむ、よろしく頼む。姉上」


 ドアが閉じる音がした。静寂の戻った室内にスーハー、スーハーと変な音がする。――深呼吸の音だ。


(ねえねえ、ジョカ。メイフゥ叔母さまを『姉上』だって)


(叔母さまの弟? そんな人いたの?)


 双子は魔力の念話で疑問を話し合った。


(どんな人か、ちょっとだけ見てみよう)


 そうしてこそっと頭を出したら。

 見事にジョアンと視線がぶつかった。







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書籍第2巻が5/20に発売になります。あと一ヶ月足らずです。

現在、各ネット書店で予約受付中!

2巻は第一部幼少期の後半、ティベリウスとリウィアの結婚式の話です。

WEB版のままだと文字数が足りなかったので、大幅に加筆をしました。なんと(?)全体の4割が新しいエピソードです。

船に乗って南の大陸に旅したり。

旅先で新しい出会いがあったり。

その他、魔法学院での授業風景や古代ローマの世界観をたっぷり盛り込みました。

よろしくお願いいたします!

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