【書籍1巻発売記念】双子のタイムスリップ小冒険:2
書籍第1巻、本日3月19日発売です!
書籍に収録の書き下ろし番外編『テルマエに行こう!』とリンクして、WEB版の記念小話を掲載します。
書籍では謎の女の子として登場したジョカが、過去のユピテルにいた事情のお話。
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魔力体に精神を乗せたジョカとフーギは、三十年の時をさかのぼる。
彼らが目を開けると、出発前と同じ部屋、同じ建物の風景が目に入った。目の前のテーブルには時間移動装置が静かな駆動音を立てて置かれていた。
けれど部屋の中はホコリをかぶっている。隣の書斎にいるはずのシリウスの気配もしない。
フーギとジョカは建物を抜け出して、魔王の城の庭に出た。
季節は秋になっている。梅の木は花をとっくに終わらせて、葉を紅く色づかせていた。
周囲はしんと静まり返っていた。
活気ある魔界しか知らない双子たちは、寂しげな空気に少し怯んだ。
「三十年前は、こんなに静かだったんだ……。なんか、やだな」
「……ジョカ、行こう。そんなに時間はないよ」
「うん」
魔力体のフーギがふわりと宙に浮かび上がる。実体を持たない魔力体であれば、重力の影響を受けずに飛んでいける。
双子は連れ立って空を滑り、東の境界までやって来た。
この時代は父グレンが近くの屋敷に滞在し、管理者の役目を負っている。境界の近くに立ち入る者がいると感知されるが、双子はちゃんと対策を取っていた。三十年後の未来で感知術式を解析して、くぐり抜ける方法を用意したのだ。もちろん両親には内緒で。
フーギとジョカは何事もなく境界の建物に入って、転移装置を起動させた。
彼らは母ゼニスに連れられて何度か人界に行っている。転移の手順は問題ない。
そうして人界に降り立った。
人界の森はやはり秋。目にも鮮やかな紅葉が広がっている。
時刻は昼時だった。まぶしい太陽の光が秋空から降り注いで、フーギは目を細めた。
魔族の血を濃く引く彼らは、太陽毒の影響を受ける。
けれど人間の血を持っているおかげで、対策も取れた。
魔力体に巡らせる魔力の質を人間のそれに傾けて、人界と馴染ませる。持参した魔道具の指輪を身に着けて、魔力をさらに変質させる。一種の疑似人間化を行うことで、太陽毒を大幅に軽減できるのだ。
この手法はゼニスが研究の末に確立させた。おかげでゼニスと双子たちは、今では特に制限なく人界に行って動き回れる。
ただしこれは人間の血を持つ彼らにのみできることであって、他の純魔族は不可能だった。
「よし、これで大丈夫。ぱぱっと行って帰ってこよう」
準備を済ませたジョカが言うと、フーギもうなずいた。
「飛んでいるところ、人間に見つからないようにね。びっくりさせちゃうから」
「うん、気をつけよう」
首都ユピテルの方角や道のりはちゃんと知っている。
二人は紅葉に色づいた大森林を眼下に眺めながら、一路、首都へと飛んでいった。
たどり着いた首都ユピテルは、相変わらずの喧騒に包まれていた。
フーギとジョカは人混みにまぎれて、ただの人間の子供のふりをしながら街路を歩いていく。
「お母さまの居場所、どう?」
ジョカが言う。フーギは手元の小さな方位磁石のようなものを見て、北の方角を指さした。
登録した者の魔力を感知する道具である。人間だった頃のゼニスは魔力が弱いが、それでも磁石はきちんと反応していた。
「あっち。だいぶ近いよ。もうちょっとだ」
「九歳のお母さま、どんな子かな。お母さまは子供の頃、暴れん坊でイカレポンチだったってティトが言ってたけど、ほんとかな~?」
「会うの、楽しみ。友だちになれる?」
「なれるに決まってるじゃん。だって、あたしとフーギと、お母さまだよ。仲良しに決まってる!」
「ふふっ、そうだね。……あ、そこの建物にお母さまがいるみたいだよ。行ってみよう」
しゃべりながら歩いているうちに、ゼニスの反応は近づいていた。
その建物は大きくて、ドーム状の屋根をしていた。建物の脇から煙が出ている。
何人もの人が建物に入っていくのが見えた。どういうわけか女性ばかりだった。
「何の建物だろう……?」
双子が首をかしげながら入り口に近づくと、女性が一人こちらにやってきた。
「いらっしゃい。入浴料は銅貨一枚だよ」
「入浴料? ここはお風呂なの?」
ジョカがびっくりして言うと、女性は不思議そうな顔をした。
「そうだよ、アグリッパ大浴場だよ。なんだあんたら、この浴場を知らないなんて外国人の子かい? それで、今は女湯の時間。そこの坊っちゃんはまだ小さいから、女湯だけど入ってもいいよ」
「え!? 女湯!」
フーギは
彼は人間で言えば九歳程度の年齢である。そろそろ母とお風呂に入るのが恥ずかしくなるお年頃だ。
「いいじゃん、フーギ。小さい子なんだから、一緒に行こう?」
ジョカはにやにやしている。
「やだよ! 僕、もう小さくないもん! ジョカが一人で行ってきて!」
「えー? いいの? お母さまは中にいるんだよ。会えないよ?」
「ううっ……」
ためらうフーギに浴場の女性がため息をついた。
「何でもいいけど、さっさと決めてくれないかね。あたしも仕事なんだ。入浴するなら銅貨一枚。しないならほら、帰った、帰った」
「やっぱりやめる!」
フーギは叫んで三歩下がった。
「僕、フェリクスのお屋敷に行ってくる。今の時期はラス王子がいるんだよね。会ってくる」
「あ、そうね。アレク叔父さまもいたかも? ていうか、ほんとにお風呂いいの?」
「いい。女湯なんて恥ずかしくて入れない」
「あっそー。じゃあ、あたしだけお風呂入ります。はい、銅貨一枚!」
ジョカは財布代わりの巾着袋から銅貨を取り出して、浴場の案内係の女性に渡した。
「はい、確かに。じゃあこちらへどうぞ」
「はーい! ……フーギ、後で待ち合わせね。お風呂終わったら念話飛ばすから」
「分かった」
手を振って浴場に消えるジョカを見送ってから、フーギはフェリクスの屋敷の方向に向かって歩き始めた。
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