第255話 シリウス魔界に行く:1
今回の時系列:最終話より半年程度。
ゼニスとグレンの間に生まれた双子たち三歳。人間年齢一歳半程度の乳幼児の時期。
登場人物紹介。
ゼニス:
本作主人公。現在二十五歳だが、二十一歳で肉体が半魔族に生まれ変わり不老になった。
双子がやっと乳離れしたので仕事を再開した。ユピテルと魔界の行き来を行っている。
グレン:
ゼニスの夫。二百十歳。魔王の仕事の引き継ぎを本格的に始めた。
愛する妻と子供たちに囲まれて毎日がとてもハッピー。でも人形も大事にしている。
フーギとジョカ:
双子の兄妹。まだまだ赤ちゃんに毛が生えた程度。
シリウス:
ユピテル人、三十一歳。研究一筋のコミュ障野郎。
三十路を過ぎても性格は全然変わっていない。
シャンファ:
夢魔族の魔族。女性。年齢は二千二百歳くらい。一万年の寿命を持つ魔族としては若い方。
グレンの幼少時に教師役を務めていた。今は双子の子守をしている。
+++
シリウスが魔界に行きたいと言い出したのは、私がユピテルに顔を出してすぐのことだった。
三年ぶりの帰郷、魔法学院に懐かしい人たちを集めて、挨拶していたときのこと。
皆で再会を祝う良い雰囲気になっていたところに踏み込んできたシリウスは、不満を全面に押し出して言った。
「ゼニス、お前、いつまで待たせるつもりだ。僕だって魔法と魔法文字の発祥の地に行って、思う存分見識を深めたいんだ。お前ばかり新しい知識を仕入れて、新しい魔法を覚えて、他人は待たせてばかり。いい加減にしろよ」
いい年こいて何も変わっていないシリウスに呆れ半分、安心半分だった。
確かに三年前、彼に新しい魔法を教える約束はした。
その後はバタバタしたせいですっかり忘れていたけど、シリウスは辛抱強く待っていたらしい。執念深くと言うべきかもしれない。
「そうだったね。大丈夫、約束は守るよ。でもまずは、魔法学院の移転の件を確認して――」
「それをやるなとは言わん。だが合間で時間を見つけて僕に付き合え」
「分かった。何とか時間を作る」
「今度こそ先延ばしはするなよ。絶対だぞ」
「兄さん、そんな子供みたいな言い方はやめて下さい」
妹のカペラがたしなめるが、シリウスは聞く耳を持たなかった。
「子供じみてようが何だろうが、今回はもう絶対に譲れん。何をおいても約束を守ってもらう。いいな!?」
「はいはい」
私としても三年以上も放置してしまった負い目がある。
他にもやらなければいけないこと、やりたいことは山積みだったが、シリウスを
途中で時間を作って話を聞くことにしたのだった。
ユピテルに来てまず行った作業は、遠隔通信装置の設置だった。
これさえあれば魔界から連絡が取れる。
明らかにこの世界のオーバーテクノロジーなので、扱いは慎重にしなければならないが、この装置の存在を知らせる人を絞ることで対応した。
魔法学院の学院長とオクタヴィー師匠、シリウス・カペラ兄妹。他に数人、魔法学院の幹部に当たる人。それにティトとマルクス。
他言無用をよくよく頼んで運用することになった。とはいえ、オクタヴィー師匠からティベリウスさんに話は行くだろう。
もっとも、通信装置のキモとなる記述部分は魔界側に集約している。ユピテルに置いた装置をバラして解析しても、すぐに再現はできないだろう。
もしもユピテル側の装置の情報だけで再現ができたならば、魔法の技術が十分に高まったということだ。そこまで来れば最早オーバーテクノロジーではない。現地の技術で使いこなしてほしいと思う。
魔法学院の移転はやや停滞していた。
私が代表者なのだから、やはり不在が響いてしまったのだ。
それでも学院長とオクタヴィー師匠は資金集めや人の確保などで動いてくれていて、もう数年で移転をスタートできそうな位置まで来ていた。
それから、三年前に人体解剖をやったグループは教師になっていて、科学の授業をより実践的なものへ進化させていた。
私のように知識として答えを知っているのではなく、一つ一つを自分たちの目で観察を繰り返して発展させていく。そんな本来のやり方を始めていた。
もちろん魔界に比べれば設備が未熟で、急速な発展は望めない。
それでも素人知識の私が教えることはもうないかもしれない。
下手に答えを先に知るのではなく、自分たちの手で成果を掴んで行ってほしい。そんなふうに思ったよ。
で、今日は時間を作ってシリウスの相手である。
軍事転用できそうなオーバーテクノロジーは教えられないが、それ以外はなるべく要望を聞きたい。
そう思って魔法学院の研究室で彼を待った。
「ゼニス。来たぞ」
相変わらずノックもそこそこに、シリウスは我が物顔で部屋に入ってくる。
このシチュエーションも何だか懐かしい。
彼と知り合って間もなくは、お悩み相談室を何度もやったっけ。そんな思い出がよみがえった。
「じゃあ、何を教えようか」
ティトの淹れてくれたお茶を飲みながら、私は話を振った。
身体強化魔法を聞かれるかな? それともやはり、通信装置の記述式呪文の件かな。
そんなふうに予想を立てていたのだが。
「僕も魔界とやらに行きたい」
彼の言葉は不意打ちだった。
「それは……」
「意外そうな顔をしているな。当然だろうが。お前に教えを乞うよりも、本家本元の魔界に行って魔族とかいう奴らに教わった方が早い。お前自身も魔族に教わったと言ってたじゃないか。なら、僕もそうする」
それは、確かにそうだ。けれど私は口ごもる。
「それはそうだけど、でも、魔界に行くには条件があって……。行き来も簡単じゃないし」
「どんな条件だ?」
「最低限、ある程度の魔力を持っていること」
私が半魔族として生まれ変わる前、人間用の転移装置を作った。当時の私は人間としてはかなり魔力が強い方で、そのおかげで転移が可能だった。
シリウスが鼻を鳴らす。
「今のお前はともかく、昔のお前よりは僕の方が魔力が強かったぞ。あのときのゼニスに出来たのならば、僕が不可能なはずがない」
「…………」
正解だった。シリウスは人間としてトップレベルと言っていいほどの魔力持ちである。
人間用の転移装置を使えば、特に問題なく行き来が出来るだろう。
「条件は他にもあるよ。魔界とユピテルじゃあ魔法と科学の発展度がかなり違うから、あちらのものをユピテルに持ってくれば混乱が起きる。だから基本、技術の持ち込みは禁止」
「僕自身が学んだ内容でも、か?」
「それなんだよ。魔界に行くのはいいけれど、得られるものがどこまであるか」
「目の前に新しい魔法の知識が山程あるのに? どれを学んでいいとか禁止とか、誰が決めるんだ」
「私と夫のグレンと、魔王様……かなぁ」
「お前かよ。ずいぶん偉くなったもんだ」
私はぐっと言葉に詰まった。
横に控えていたティトが反論する。
「シリウス、あんたこそ偉そうね。ずっとゼニス奥様の世話になってきたくせに、大人しく言うこと聞きなさいよ。奥様には奥様の事情があるの。何の理由もなく無理を言う人じゃないって、分かってるでしょ」
シリウスはティトをにらんで、眉間のシワを深くした。
「じゃあその事情を教えろよ。理由も分からずあれも駄目、これは待てと言われて納得できるか。だいたい、前の時から何年待ったと思ってるんだ。これ以上は譲歩できん」
「う……」
シリウスの言い分はもっともだ。
ただ、この事情には私が転生者ということも含まれる。ユピテルのように輪廻転生の概念のない国で、こんなことを言い出して信じてもらえるかどうか。
…………。
いや、シリウス相手なら今更だった。
信じないならそれでもいいや。
とりあえず嘘偽りなく全部説明して、どう受け取るかは彼に任せよう。
「分かった」
私はうなずいてシリウスとティトを見た。
ティトにも聞いてもらおう。彼女にだって隠し事はしたくない。
「全部、話すよ。その上で判断してほしい」
そうして私は語り始めた――
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