第249話 IFルート:3
ラスの家族たちは、表向きは私を歓迎してくれた。
まあ、私との婚約は彼らにとって
私はユピテルの大貴族フェリクスの縁者で、名の通った魔法使い。フェリクスの当主ティベリウスさんも、この結婚を後押ししてくれている。
ユピテルの事実上の属国であるエルシャダイ王国としては、断りにくい案件だろう。
お父様である国王陛下と、第一王子のお兄さん、その奥様とお子さん。既に嫁入りしているお姉さん。
彼らは皆、私を暖かく迎えてくれた。
ラスが王籍を抜けるのは残念そうだったが、実務の上では問題ないようだ。所定の手続きを済ませれば、ラスは王族ではなくなる。
気になった点はいくつかある。
まず、高齢の国王陛下の具合がかなり悪そうなこと。普段はもう寝たきりに近い生活で、今回は私のために無理に身なりを整えて迎えてくれたようだ。申し訳ないことをしてしまった。
けれど彼はこう言った。
「我が身のことは気になさるな。寿命を迎えるだけのこと。我らシャダイの民は、肉体の死によって魂が神の楽園に迎え入れられる。これは、シャダイ信徒にとって最も喜ばしいことなのだ」
魂という言葉に、心が痛んだ。でも、表情に出すわけにはいかない。私は黙ってうなずいて、何も言わないでおいた。
もう一つ気になったのは、次兄のシモンお兄さん。
彼は一家総出の挨拶の時だけ顔を出して、後は引っ込んでしまった。
「ゼニス、すまないな。シモンはその……ユピテルに対して、あまり良い思いを持っていないから」
挨拶と食事が終わった後、王族のプライベートなリビングに招待してもらって、長兄のアルケラオスさんが言う。
「ユピテルに留学していた時に、色々あったようだ。今更和解は難しいだろう。放っておいてやってくれ」
「ユピテルに留学していたんですか」
そう言えば、前にそんな話を聞いたような……? だいぶうろ覚えである。
私が首を傾げていると、ラスが助け舟を出してくれた。
「僕と同じように、小さい頃から成人する年頃までユピテルにいましたよ」
「シモンさんとラスは、年いくつ離れてるの?」
「九つです」
ということは、ラスが五歳でユピテルに来た時、シモンさんは十四歳。三年かそこらは滞在時期がかぶっていたのか。
ちなみにアルケラオスさんとラスは十二歳離れているそうだ。けっこうな年の差である。
「シモンさんとラス、行き来があったっけ?」
「あまりなかったですね。秋に行われるシャダイの大祭の時に顔を合わせたくらいで」
「……なんでだろう? 兄弟なのにね?」
シャダイは家族を大事にする民族だ。もっとつながりがあっていいと思うのだが。
「うーん……。一つには、ヨハネとシモン兄上付きの司祭の宗派が違ったせいかもしれません」
シャダイ教は長い歴史のある宗教なので、いくつか宗派がある。親ユピテルだったり反ユピテルだったりする他にも、聖典の解釈に違いがあって、時には激しく議論するのだとか。
「あとは、なんとなく避けられていた気がします」
「あの小さくて可愛かったラスを? 実のお兄さんが?」
ちょっと信じられない。
私の言葉に、ラスは不満そうに目を細めた。
「ゼニス。いくらあなたが年上でも、そんな言い方はしないで下さい。小さい時のあなたも愛らしかったではないですか。僕だけ子供扱いするのは、ずるいですよ」
おっとっと。ついつい、昔のクセが出てしまった。
私が目線で「ごめん、ごめん」と謝っていると、アルケラオスさんが声を上げて笑った。
「ははは、お前たちは本当にお似合いなのだね。正直に言うと、ラスが王籍を抜けるのは寂しい。本当は彼にも、国のために力を尽くして欲しかった。
けれどお前たちを見て納得したよ。思い合っている恋人たちを引き離すのは、あまりに酷というものだ。
ゼニス。どうかこれからも、弟を頼む」
「はい、もちろんです」
形式上は家族でなくなるのに、お兄さんがラスをごく自然に弟と呼んだのが嬉しくて、私は力いっぱいうなずいた。
そうして和やかな時間は過ぎていった。
夜半、ふと目が覚めた。
寝ぼけ眼で見慣れない天井を見上げる。少しして、やっとここがエルシャダイ王城の客室だと思い出した。
部屋の中は私一人だけ。婚約者と言えど、結婚前の男女は別室がシャダイの掟である。
まあ彼の実家で添い寝とか恥ずかしすぎるので、ほっとしていたのが本音だが。
寝直そうにも目が冴えてしまった。ちょっとだけ外の空気を吸いに行きたい。
そうっと部屋のドアを開けて廊下に出る。
秋の今は昼間こそ暖かいが、夜になると案外冷たい空気が流れていた。砂漠は昼と夜の寒暖の差が激しいというけれど、本当だね。
少し進んだ先の階段を登って、テラスに出た。昼間も通った道なので、特に迷うこともない。
澄んだ空気の中を見上げれば、満天の星空が見えた。銀の砂を撒いたような天の川と、前世とは違う星座の星々。
この国はユピテルよりも空気の透明度が高い気がする。瞬く星の光が近い。
私はしばらく、夜空を見上げていた。
と。
「……そこで何をしている」
あまり聞き覚えのない声がすぐそばでして、私は飛び上がった。
振り向けば黒い人影――、あれはラスの二番目のお兄さんのシモンさんだ。
「えっと、目が覚めてしまったので、星を見ていました。シモンさんこそどうしてここに?」
「答える必要があるか? 異教徒が夜にうろつくんじゃない。良からぬことを企んでいるのではないか」
吐き捨てるような口調である。星明りの下で、嫌悪を通り越して憎しみに満ちた視線が私にぶつかった。
「俺は異教徒との結婚など認めない」
私を睨みながら、彼は言った。
「シャダイ信徒は純血であるべきだ。異教徒の汚れた血がシャダイの民の、それも王族と交わるなどヘドが出る。それを望むランティブロスも、許す父上や兄上も、どうかしている!」
そう言われてもなぁ。
やたらに強い敵意を受けながら、私はとても困っていた。
この人みたいな意見が、エルシャダイには一定数あるってことか。こりゃあ前途多難だぞ。
「今すぐにこの国から出て行け! 異教徒、ユピテル人などエルシャダイの土を踏む資格すらない!!」
「今すぐは無理ですよ」
私はさすがに言い返した。まあ言葉のアヤだとは思うけど、こんな夜中に出ていけるわけないじゃん。
「じゃあ明日の朝一番で出て行け」
「それもどうかと」
さらに言い返すと、シモンさんは鼻白んだ。自分でもちょっと無理を言った自覚があったのかもしれない。
「……もういい! 勝手にしろ。とにかく俺は認めないからな!」
そう言うと、さっさと背を向けて行ってしまった。
うーん、何だったんだ。
私は不可解な思いで彼が消えた方を見つめ、
「へっくし!」
思ったより体が冷えてしまってくしゃみをした。そろそろ部屋に戻らないと、風邪を引いてしまうだろう。
そんなわけで、私はもう一度部屋に戻って二度寝をしたのだった。
「夜中にそんなことが?」
翌朝、朝食が終わった後。ラスにシモンさんとのやり取りを伝えると、彼は眉をひそめた。
「ゼニス。夜中に勝手に出歩くなんて、危ないではないですか。何かあったらどうするんです。そういうの、やめて下さい」
「えー? 今の話を聞いて、言うことがそれ?」
「もちろんシモン兄上の態度は気になりますけど、それ以上にゼニスの軽率な行いが……」
お説教モードになりそうだったので、私は頑張って話題を変える。
「シモンさんね、私たちの結婚を許さないって言ってた。たった二人しかいないお兄さんなのに、理解が得られないのは悲しいよ。もっと話をして、説得してみない?」
「そうですね……。血を分けた兄なのに、今まで、シモン兄上と話す機会がありませんでした。王籍を抜けてしまえば、次にいつ会えるかも分からない。ゼニスの言う通り、もっと話し合ってみるべきですね」
というわけで、私たちはシモンさんと話し合うべく、彼の部屋に行った。
シモンさんは部屋にいたのだが、
「何の用だ。……俺と話をしたい? 話すことなど何もない。さっさと出て行け」
と、取り付く島もない。
私たちは顔を見合わせて、うなずいた。こんな程度で諦めるわけがないよね、という確認である。
それからの私たちは、とにかくシモンさんの後についていって「話し合いましょう」と言い続けた。
彼は別室で一人で食事を取っていたので、私たちも無理やり押しかけて一緒に食べた。
シャダイのお祈りの時間になると、ラスがぴったり隣に行って務めを果たした。私は終わったら即、合流だ。
政務の邪魔は出来ないが、執務室の出口で待ち構えた。いわゆる出待ちってやつだね。
視察に行く時などもついていった。
金魚のフン、もとい、親鳥についていくヒヨコぴよぴよの状態である。
夜、ラスが寝室まで行って「兄上、一緒に寝ませんか」と言ったら枕を投げつけられていた。
トイレでも出待ちをしてみたら、出てきたシモンさんは心の底からドン引きした顔をしていた。
そのように続けること半月と少し。とうとうシモンさんが折れてくれたのである。
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