第248話 IFルート:2
それから私たちは、色々と話をした。
私が思っていたよりもずっと、ラスは私を一人の人間として見てくれていた。転生者だからとか、ズルをしていたとか悩んでいたのが恥ずかしくなるくらいに。
前世知識のおかげで大きなことを成し遂げられたのは、確か。
でも私だって、知恵を尽くして頑張った。
早死してしまった前世を悔いて、今度こそ命を全うしようと思った。
その思いは私だけのもので、誇っていいことだったんだ。
彼に隠し事はしたくない。前世のことも話してしまいたい。
けれど正面から切り出すのは、ちょっと勇気が足りない。
だから私は、まわりくどい言い方をしてみた。
「ラスは、魂が別の身体に生まれ変わるなんてこと、あると思う?」
「生まれ変わり、ですか?」
急に変わった話題に、ラスは不思議そうに首を傾げた。
けど答えは――
「あり得ませんね」
きっぱりとしたもの。
「シャダイの教えにおいて、魂とは神からの授かりものです。神の息吹が肉体に命と魂を吹き込む。肉体が死を迎えた時は、魂は神のもとに還ります。そして神の楽園で永遠の生を享けるのです。
神の教えに反したり、善行を積まなかったりした魂は行き場を失って、地獄で永遠の責め苦を負う」
「…………」
「魂は唯一無二のもの。別の肉体に宿るなど、あるはずがない。あるとしたらそれは、悪霊が人間に憑くようなものでしょう」
そう、か。
シャダイ教の教義にのっとれば、そうなるのか。
ユピテルのような多神教の国でも、輪廻転生の概念はほとんどない。場合によっては『死後の国』という概念さえあまりなくて、死後の魂は時間を経ると元の人格を失い、やがて消えるという。
東の国、アルシャク朝のさらにずっと東では、命を巡る魂の話もあるというが……。
どちらにしてもこの世界では、転生を信じる人はいない。信じる信じない以前に、そういった考え方がない。
理解を求めるほうが無理な話だ。無理だったんだ。
ラスを困らせたいわけじゃない。私が墓場まで持って行けばいいだけの話だ――
「どうして急にそんな話を?」
と、ラスは言って、すぐに早口になった。
「あのですね、ゼニス。シャダイの神は僕たち信徒にとっては真理ですが、異教徒の方々にとってはそうではないと、ちゃんと理解しています。『神の教えに反した魂は地獄に行く』というのも端的な話で、その、シャダイの神を信じない人々が全員地獄に行くわけではないですよ。それぞれの良心に従って、善行を為せばいいと僕は思っています。
だから、あの、異教徒であるゼニスが地獄行きだと言いたかったわけでは……」
「大丈夫。分かってる」
勘違いではあるがラスの懸命な様子がおかしくて、私はついクスリと笑った。
ラスはほっとしたように息を吐いた。
「長い間一緒に暮らしていたのに、僕たちは違いますよね。それでも僕は……」
彼は一度言葉を切って、力強く言った。
「違いを乗り越えて、心から愛し合えると。そう、信じています」
その言葉に嘘はない。
大きな幸せと小さな悲しみを感じながら、私はうなずいた。
貞淑なシャダイ教徒にとって、男女のお付き合いは婚約とほぼイコールだ。
それからの私たちは、あちこちの人に報告やら何やらでバタバタと動いていた。
実家の両親とアレクは大喜びで、ラスと私を祝福してくれたよ。
ティベリウスさんも私たちの婚約を後押ししてくれた。どうやら、エルシャダイ王国に影響力を強める目的があるようだ。ラスが王族ではなくなっても、あまり問題視はしていないとのこと。
エルシャダイ王国は東の要衝。いずれ北のノルド遠征を考えているティベリウスさんは、他の土地をしっかり押さえておきたいのだと思う。
そうやって動いている中で、大きな問題が一つ浮上した。
エルシャダイ王国の王族であるラスは、より厳格な教義の適用が求められる。
つまり彼の伴侶はシャダイ信徒しか認められない。
そしてシャダイ教に入信すれば、女である私は魔法使いの仕事を続けるのが難しくなる。教義では、女は家庭に入って子を沢山産み、夫を支えながら子育てをするのが最も美徳とされているので。
ところがラスは言った。
「僕が王籍を抜ければいいだけのことです。一般人であれば、異教徒との結婚も容認されます。ゼニスにこれ以上の負担はかけませんよ」
こともない、と言わんばかりの軽い口調だった。
私は一瞬、ラスの言葉が信じられなかった。
だって彼は、家族を大事にするシャダイ教徒だ。何年か前にラスのお母様が亡くなって帰郷した時、改めて故郷の良さを感じたと言っていた。それなのに。
「駄目でしょ! 家族とのつながりが切れちゃうんだよ。私のせいでそんなことになるの、嫌だもの!」
私は言ったが、ラスは全く聞き入れなかった。
「僕は、生き生きと魔法の仕事をしているゼニスが好きなんです。もし僕のせいで魔法を取り上げるようなことになるくらいなら、結婚は諦めますとも」
「えぇ~……」
「それに、故郷の家族とつながりが切れるわけではありません。ただの名目上です。
長兄のアルケラオス兄上は、父上の補佐として立派に政務をこなしています。跡継ぎの男子も生まれていて、心配はありません。
次兄のシモン兄上もいる。僕がいなくても、エルシャダイ王国は安泰です」
「そりゃあそうかもしれないけど……」
納得いかねぇ。なんとか説得の方法はないかと脳内辞書を検索していたら、ラスはさらに言った。
「僕はユピテルで暮らします。ゼニスとずっと一緒にいたいし、ユピテルの政治や法律は興味深い。まだまだ勉強がしたいんです。これは思いつきなんかじゃなくて、ずっと前から考えていたことです」
にっこり笑った笑顔に反論できず、押し切られてしまった。
とはいえ、ラスの故郷に結婚の報告と王籍を抜ける旨の許可をもらいに行かなければならない。
「ゼニスは来なくてもいいですよ。あまり言いたくないけど、エルシャダイはユピテルに偏見を持っている人が少なくないので」
「だったらなおさら行かなきゃ。顔を見せにすら来ないなんてことになったら、ますます悪評が立っちゃう」
ラスは心配そうにしていたが、こればかりは譲れない。
目に力を込めて彼を見れば、ラスは「はぁ……」と深い溜め息をついた。
「ゼニスに嫌な思いをして欲しくないのに。それに、エルシャダイは遠いですよ。まともに旅すれば一月はかかる」
「いいじゃん。私、東方は行ったことないんだよね。ラスとヨハネさんと一緒に旅するの、楽しそうじゃない」
「万が一、道中で危険があったら……」
「野生動物や山賊くらいなら、私の魔法でぶっ飛ばしてあげる」
シュッシュッ、とシャドウボクシングの真似事をしてやる。
「参ったなあ」
ラスは苦笑した。でもどこか嬉しそうだった。
もっとも、三人だけで旅するわけではない。ちゃんと護衛をつけてもらう。街道を進めば危険は少ないだろう。
「……分かりました。我が愛しのゼニスのお言葉のままに」
「ありがとう、愛しのラス」
お互いふざけて言い合って、お互い照れて真っ赤になった。
夏も後半に差し掛かった頃、私たちはエルシャダイ王国に向けて旅立った。
ラスとヨハネさん、私、それに護衛の人が数人。護衛はフェリクスの私兵だ。
ティトは「お嬢様の身の回りの世話をする」と言ってついてきたがったけど、第二子の妊娠が判明して諦めた。
妊婦さんに長旅は無理だものね。ちゃんと大事にして、元気な子を産んで欲しい。そう伝えて留守番を任せた。
首都を出発後、途中から船に乗ってグリア地方に入り、そこからは徒歩で東へ向かった。
グリア地方は乾燥した岩がちの土地で、平原と低い山のユピテルとはだいぶ違う風景である。
街道も岩の谷間を進む部分が多く、新鮮で面白かった。
「昔、グリアの都市国家間の戦争が頻繁に行われていた頃、こういった岩山の道は待ち伏せによく使われていたそうですよ」
ラスが言う。
私は高く連なる岩山を見上げながら答えた。
「確かに、崖上に伏兵を置いて出口を塞げば、効果的だろうね」
「ええ。矢を射掛けたり岩を落としたりして、大損害を与えたとか」
「怖い怖い」
冗談めかして背中を丸めた。
戦争時、伏兵は当然警戒しているだろうが、誘い込まれたり敗走して逃げるのに夢中になっている時などは、分かっていても引っかかってしまうらしい。人間心理の困ったところである。
もちろん今は伏兵などいるはずもなく、何事もなく通り抜けた。
さらに数日進むと、いよいよエルシャダイ王国の領土に入る。
空気はさらに乾燥して、足元は岩場から土や砂に変わっていった。
そうして、ついに。
乾いた大地に立つエルシャダイ王都の城壁が、砂煙の向こうに見えてきた。
ラスの故郷はもう目の前。
ほんのちょっぴりの不安はあったけれど、大好きな人の生まれ故郷を訪れる喜びが心を満たしていた。
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