番外編
第245話 魔界の日常
本編最終話から数年後のお話になります。
番外編は時系列ばらばらで思いついた順に書いていこうと思っています。
更新頻度は不定期ですが、月に1~2回程度を目指しています。
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朝ごはんはいつも、家族4人で食べることにしている。
私とグレン、双子のフーギとジョカ。
朝以外の時間もないわけじゃないが、いつも全員が揃う朝は、我が家の団らんなのである。
なお朝食は99%の割合でグレンが作る。残り1%は彼が出張などで不在の時だけだ。
私としては朝から立ち働かなくてもいいのにと思うのだが、グレンいわく「家事、料理は難しく考えずに手を動かせる趣味のようなもの」とのことだった。実益を兼ねた素晴らしい趣味といえる。
……あと、彼の口から「趣味」なんていう単語が出てきたのは喜ばしいことだ。以前は「趣味は特になし。あえて言うならゼニスのお世話」なんて言ってたからね。
なお残りの1%で私も朝食作りにチャレンジしたのだが、黒っぽい謎物体が出来上がってしまった。
真面目っ子のフーギは律儀に一口だけ食べて、無言で泣き始めた。
それを見たジョカはさっさと逃げ出していた。
小さい子供にひどいことをしてしまって、反省している。以後、1%はシャンファさんにお願いする日となった。
さて、朝食の定番はお粥である。前世日本のシンプルなお粥と一味違って、鶏ガラや野菜のだしがきいたスープで作る。炊き上げたごはんを煮るのではなく、軽く油で炒めた生米を鍋に入れて作るのが特徴だ。
普通なら作るのに数時間かかるが、前世知識の副産物、『圧力鍋の魔法』で時短になった。
圧力鍋の仕組みをざっくり説明すると。
密封した鍋の内部は、水蒸気が発生しても逃げ場がなく、どんどん圧力が高まる。
圧力が高まるとそれだけ沸点が高まる。(圧力、気圧と沸点は比例している。気圧の低い高山だと水が90度とかで沸騰するアレだ)
沸点が高いということは、それだけ高温で調理ができる。
高温で一気に加熱できるので、具材に短時間でしっかり熱が通って、お肉も柔らかくなる!
というわけだ。
この仕組みを応用して、密閉できる鍋の内部で魔力で蒸気を圧縮し、かなりの高圧力下でお粥を作る。
考案は私、実験で爆発してえらい目にあったのも私、安定させて実用化したのはグレンだ。夫婦の共同作業ってやつだね!
グレンは持ち前の規格外魔力にものを言わせて、ちょっとヤバいくらいの圧力で料理している。おかげでお粥があっという間に出来上がるのだ。
今日は鶏のササミと卵のお粥だった。親子丼ならぬ親子粥だ。生姜が効いていて体が温まる、秋も深まった今の季節に嬉しいメニューだった。
「きょうは朝ごはん食べたら、ピクニックに行くの! リス太郎もつれてくよ」
口の周りをべちゃべちゃにしながら、元気いっぱいのジョカが言った。白銀の髪に真紅の目の女の子である。
双子は今年で8歳になったが、見た目はせいぜい幼稚園児。魔族の血が濃いせいで、体も心も人間よりゆっくりと成長している。
「カイのせなかにのっけてもらうの。オオカミのカイはびゅーんって走るんだよ!」
「毛がふわふわで、きもちいいんだよ」
ジョカの言葉をフーギが続けた。麦わら色の髪に紅い目の男の子だ。この子は食べるのものんびりしていて、その代わりあまり汚さない。
ジョカの口元を拭いてやりながら、私はうなずく。
「うんうん、楽しみだねえ。お外は寒いから、あったかくして行っておいで」
はーい、と返事が揃って返ってきた。性格は対照的でも、こういう時は息ぴったりなのね。
と、ふと思った疑問を私は口にした。
「カイの毛、ふわふわだっけ? 針金みたいに固いんじゃない?」
狼には何度か乗せてもらったが、黒い毛はかなり硬かった。ずいぶん昔、ユピテル共和国の兵士たちが剣を振るっても弾き返すくらいの強度だったはずだ。
「ふわふわにもできるの。おひるねする時、固くて痛くて困ってたら、ふわふわにしてくれたよ」
と、フーギ。
なんと、マジか。そういやあの狼の姿は魔法によるもので、サイズも柔軟に変更可能だった。じゃあ毛質を変えるくらい簡単なんだ。
「それ、知らなかったなあ。今度やってもらおう。それで思いっきりモフる!」
犬好きモフ好きとしては見逃せない。手をわきわきしながら言うと、双子はなぜか「しまった」という顔をした。
「フーギのばか! おかあさまにはナイショの約束だったのに!」
「あうぅ、ごめんなさい、忘れてた……」
なんかカイに口止めされてたらしい。ゼニスには言うな、言うと面倒なことになるから、と。
あいつめ、全身モフられるのが嫌で逃げを打ったな……。そんなに私にモフられるのが嫌なのか? 納得がいかない。今度、納得行くまでモフってやろう。
フーギがスプーンの先っぽをくわえたまま泣き出しそうになったので、私は慌ててフォローした。
「大丈夫、フーギに聞いたって言わないから。お父様から教えてもらったことにするよ。ね、グレン?」
「ゼニスがカイを撫で回すのを諦めればいいのでは?」
グレンはにこにこと微笑みながら、私たちのやり取りを見ていた。話を振られても表情は崩さず、そんなことを言う。
「何言ってんの。そこにモフモフがあるならモフるでしょう。それがふわふわならなおさらだよ」
「そっか。じゃあ仕方ない。そういうことにしておこう」
話はまとまったのだが、双子は何か言いたげな目で両親を見ている。
「なに? どうしたの?」
私が聞くと。
「おとうさまって、おかあさまに甘いよねー」
「あまあまだよねー。おとうさまは、おかあさまがいないと生きていけないもんね」
いきなり何を言い出すんだ。
「おかあさまは、おとうさまがいなくても生きていけるよね」
「うん。大丈夫そう」
2人でうなずき合っている。
「だから、さみしがり屋のおとうさまのために、ジョカが大きくなったらお嫁さんになってあげる!」
話が斜め上に飛んでいった。
「それは嬉しいな。でも心配いらないよ、お母様はきっと長生きするからね」
グレンは動じる様子もなく、手を伸ばしてジョカの頭を撫でている。横でフーギがもじもじしているので、私も頭をぽんぽんと触ってやった。
ついでに言ってみる。
「お父様ばっかりずるくない? それならお母様も、フーギをお婿さんにもらっちゃうよ」
「それはだめ」
ところが私のプロポーズは、あっさりと断られてしまった。
私そっくりの色彩を持った男の子は、上目遣いで両親を交互に見ながら言った。
「おかあさまと結婚したら、ぼく、おとうさまにシットされちゃうもん」
「…………」
シット、嫉妬ね。
子供は親をよく見ているというが、まったくそのとおりだと思った。
つか、こんな小さい子らに見抜かれるグレンもどうなのよ。
ジョカとグレンはよく似た色の目でニコニコしてる。ジョカはいつの間にかお粥のお椀を持ってグレンの膝に移動していた。ちゃっかりしている。
「ゼニスが第一夫人で、ジョカが第二夫人。フーギも一緒にもらって、第一夫。私は幸せものだね」
膝の上の娘にお粥を食べさせながら、グレンがトチ狂ったことを言い始めた。
「魔族って一夫多妻OKだっけ?」
「可能だよ。配偶者の性別も特に問わない」
「……ふーん……」
なんでもありだな魔族!
魔族から結婚の慣習が薄れたのも分かる気がする。あまりになんでもありすぎて、結婚する意味がないわとなったんじゃないか。
それにしても小さい娘が「パパとけっこんするー!」なんてかわいいエピソードなのに、なんだろうこの残念な感じは。
しかし残念さを感じているのは私だけのようで、夫と子供たちはキャッキャウフフしてる。
まあいいか、こんなことを言い合うのも今だけだろうし。
そのうちこの子らが思春期になったら、「お父様の靴下臭いから一緒に洗濯しないで!」とか言われるんだよ。その時にグレンがどんな顔をするか楽しみだね?
そこから話題は今日のピクニックのことになって、楽しみでならない様子の双子にほっこりしながら、朝食の時間は過ぎていった。
食後の歯磨きをしてやって、身支度を整え、迎えに来たシャンファさんに子供たちを預ける。
この子たちの教育係のうち、座学は主にシャンファさん。体を動かす武術や体育系の分野はカイが担当をしている。といっても本格的な勉強を始めるにはまだ早いので、遊び主体といったところだ。
シャンファさんの両脇にぴったりくっついた双子を送り出して、一息ついた。
グレンと視線を合わせてちょっと笑い合って、さて、次は自分の準備をして出かけなければ。今日もお仕事が待ってるよ。
さあ、いってきます!
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