第244話 エピローグ
妊娠判明から1年と少しが過ぎた。
結論から言おう。男女の双子が無事に産まれた。早春のまだ寒さが残る、でも確実に春の気配を感じる季節のことだった。
途中はまぁ大変で色々あったが、本当に良かった。
妊娠中期にエコー検査機が開発されたため、出産前から双子ということは分かっていた。そうと分かった時は喜び2倍、苦労4倍みたいな感じだったけど。
妊娠期間は丸1年と4ヶ月ほどで、どちらかというと人間寄り。産まれたばかりなので、発育具合はまだ分からない。
出産は……日本でもユピテルでも「鼻からスイカを出すようなもの」と言われていたが、その比喩の真の意味を理解したね。しかも2人分。
グレンがずっと付き添って手を握ってくれていなければ、曲がりなりにも正気を保てなかったと思う。
出産直後は「やっと終わったぁぁ」としか思えず、自分の母性が不安になったりしていた。
でもその後、2人の赤ちゃんを抱かせてもらった時、とても不思議な気持ちになった。
とても小さい。小さくてふにゃふにゃで頼りない。顔もまだくしゃくしゃなのに、すごく可愛い……愛おしい。
こんな可愛くてちゃんとした人間(魔族?)が、お腹の中にいただなんて。
驚きとか感動とか愛おしさとかがごちゃっと混ざって、言葉の代わりに涙が出てしまった。
少ししておくるみに包まれた双子を横に寝かせてもらったら、幸せが溢れてきた。
グレンと2人でこの子たちが健やかに育ちますようにと心から祈ったよ。
それから、いいお父さんとお母さんになろうねと誓いあった。
双子は産まれた時からぽやぽやの髪の毛も生えていて、それぞれ銀と褐色だった。見事に私とグレンの色が分かれた。
男の子が褐色で女の子が銀。
しばらくして目が開いたら、どちらも真紅だった。これは、女の子の方は純魔族に近いかもしれない。
名前は男の子がフーギ。女の子はジョカと名付けた。
新しい命の誕生を祝って、お城で盛大にお祝いが開かれた。でも私は、体力的にくたばっていた上に精神的にも全部赤子に持っていかれていたので、ほぼスルーであった。ごめんなさい。
怒涛の双子育児を経て、やっと少し落ち着いたと思えた頃には、この子たちも2歳になっていた。
まったく、世の中の親御さんに改めて尊敬の念を抱く2年だった。皆当然のようにやってるけど、子育ては本当にエネルギーが要る。私の場合は手伝ってくれる人がたくさんいたからいいものの、ワンオペならパンクした気がする。
けど、苦労に見合うだけの……それ以上の喜びがある。
例えば、小さいお手々に私の指を乗せると、ぎゅっと握り締めてくれる時。
大泣きしているのを抱っこしたら、泣き止んでニコッと笑った時。
服がサイズアウトしたり、首が座ってきたと気づいて、成長を実感した時。
ひとつひとつ挙げていくと、きりがないくらいだ。
双子は人間よりかなり成長がゆっくりで、2歳を過ぎた今もやっとよちよち歩きを始めたところ。授乳もまだ必要だ。それでも純粋な魔族よりは発育が早いらしい。
ちなみに女の子のジョカの方が活発で、はいはいも暴走するくらいの勢いで爆速であった。
男の子のフーギはおとなしめで、よく寝てくれるので助かっている。
魔王様を始め、主だった人たちはみんなチビたちにめろめろで、甘やかし過ぎである。子供部屋にはベビーグッズとプレゼントが山と積まれる有様だ。
まだまだ赤ちゃんだから、別に甘やかしたっていいよね。だってかわいいもん。しつけとか教育とかは、もっと大きくなった時に考えればいい。今はこのかわいさを目一杯愛でていたい。
学者たちの研究とライブラリの解析で、少子化問題の原因は徐々に解明されつつある。
魔界の落下に伴う魔力の減衰は、やはり生殖に関係していた。一部の遺伝子が機能を停止していると判明したのである。
そう、魔界の科学はとうとう遺伝子の分野にも踏み込んだのだ。
魔力と科学の併用で、『魔科学』と名付けられた。この学問は現在進行形で独特の発展を遂げている。
ただ、原因は明らかになってきたが、まだ対処方法は出てきていない。
グレンと私をサンプルとして、他の魔族を正常な状態に持っていけるかが今後の課題になる。まだ道のりは遠い。
けれども、雰囲気は確実に明るくなった。
子供たちは大人に活力を与えて、魔界にはびこっていた厭世的な空気を一掃してくれた。
皆、今だけではなく未来を考えるようになって、結果、よりよい現在につながっている。
グレンが子供の頃に抱えていたような孤独も諦念も、この子たちは無縁に育ちそうだ。時間を遡ることはできなくても、これが彼の心を癒やしてくれるといいなと思っている。
もう少し落ち着いたら、魔界の墜落の対策も手を付けたいと思っている。
子供たちがいる以上、無関係な遠い未来ではなく、大人たちが責任を持つべき事態に変わったので。
魔界の落下そのものを止めるのは難しいにしても、どうにかして軟着陸させて、人界への影響を減らしたい。ひいてはそれが物質と魔力の落とし所となって、2つの世界の融和を実現できたら……と考えている。
結界の本来の効力を発揮させるのと、神界で視た境界の人界との接し方などを手がかりに、許された時間いっぱいまで使ってやってみよう。
やりたいことが山積みだ。
前の里帰りから3年も経ってしまったから、一度ユピテルに行かないといけない。アレクの結婚式にはまったくもって間に合わなかったので、お詫びと改めてお祝いを伝えたい。
魔法学院の仕事は、投げっぱなしになってしまった。妊娠中はもちろんのこと、出産後も授乳できるのが私しかいないせいで、魔界を離れられなかったのだ。
合間を見ながらテレワーク環境の開発は進めて、ほぼ完成までこぎ着けた。あとはユピテル側に通信装置を置けば稼働する。近いうちに設置をしてこようと思っているよ。
「毎日忙しいよね」
子供たちが眠った後の夜、私とグレンはベッドに隣り合って座って、そんなことを話していた。
「時々は休むんだよ。ゼニスはすぐ無理をするから。そして、自分が無理をしているのにあまり気付かない」
「耳が痛い」
私は苦笑いして、誤魔化すために彼に抱きついた。何年経っても変わらない、細身だけど引き締まった感触と暖かな体温。それに、いい匂い。
ふと、グレンが言った。
「あの時、諦めないで足掻いてよかった」
「うん?」
「あなたが神界に行ってしまった時。いよいよ本当に失ってしまったと思って心が折れそうだった。でも、小さい可能性に賭けて必死に追いかけて、それで今がある」
「そうだねぇ……」
あの時、偉そうなことばかり言って、結局諦めて放り投げたのは私の方だった。グレンは最後まで手札をしっかり分析して、全ての力を尽くして私を助けてくれた。
そのおかげで双子たちにも会えた。本当に、感謝してもしきれない。
素直な気持ちが溢れるように、言葉になった。
「グレン、ありがとう。貴方に出会えて良かったと……心から思ってる」
「どうしたんだ、急に」
優しく髪を撫でられる感触が、とても心地よい。
「ん、たまにはちゃんと伝えておこうと思っただけ。それでね、双子たちも大きくなってきたでしょ? そろそろちょっとした旅に連れて行ってもいいかなって」
「ふむ。どこへ行こうか?」
「今度の東の結界の更新の時、子どもたちを連れて、あのお屋敷にしばらく滞在するのはどうかな。境界にも行って、ここでお父さんとお母さんが出会ったんだよって教えてあげるの」
ついでに人界に転移して、ユピテル側に通信装置を置いてくるのもいい。
双子はまだ離乳食を食べていて、お乳も必要。何日も離れるのは無理だ。なるべく急いで設置だけして帰ってくれば、あとは連絡が取れる。
もっとも3年も戻っていないせいで、もう私は要らない人かもしれないね。それならそれで、システム作りが上手く行った証拠になる。
「いいね、1ヶ月くらい休みをもらおう。行きも帰りも急ぐ必要はない、のんびり行けばいい」
「了解!」
楽しみだ。思えば今までは拠点から拠点への移動ばかりで、楽しむための旅はしたことがない。魔界の景色を眺めながら、色んな話をしながら旅するのは、楽しそうだ。
毎日が忙しくて、幸せと喜びに満ちている。
前世で死んでしまった時も、転生をしたと気づいた時も、こんな未来があるとは思ってもみなかった。
故郷では優しい家族に囲まれていた。
ユピテルでは魔法使いになる夢を叶えて、信頼のおける友人が何人も出来た。
そして魔界では、心から愛する人と子供たちがいる。
思いつく限りの幸せを手に入れて、私は本当に幸運だ。
だから今後も目一杯、目標に向かって頑張っていこう。
グレンと寄り添いながら、楽しい未来の想像をする。自然と笑みがこぼれて、2人で幸福に笑い合った。
――終。
++++
【ある魔族の手記】
一時は絶滅寸前まで数を減らした魔族を救い、再びの繁栄をもたらした魔王妃ゼニスを、後の人々は敬愛を込めて『半魔の王妃』と呼んだ。魔科学の基礎確立、ライブラリの存在証明と解析、結界の復元、さらに境界による魔力と物質の融合推進など、彼女の功績は多岐に渡る。
魔力減衰に伴う遺伝子疾患の治療は、彼女と夫である魔王、子供たちのそれを組み込むことで実現した。故に彼らは後の魔族全ての父であり母であるとも言える。
【ユピテル帝国魔法史書『共和国時代の偉人』】
共和国時代末期のユピテルは、魔法が急速に発展した時代だった。
立役者はゼニス・エル・フェリクス。氷雷の魔女、竜殺しの大魔法使いの二つ名で知られる人物である。魔法に関わる者であれば、彼女の名を知らない者はいないだろう。それほど抜きん出た知名度と、それに相応しい実力・実績の持ち主である。
ゼニスの前半生の功績は、魔力回路の発見と魔力の定義がまず挙げられる。それまで曖昧な存在だった魔力を観察して、体内魔力と魔力回路の存在に気付くに至った。今日まで続く魔力学の基礎である。
ゼニスが最初に名を上げるきっかけとなったのは、フェリクス家門の冷蔵運輸だった。それまで誰も考えつかなかった冷蔵を運輸事業に導入し、大成功をおさめた。この件により、当初は氷の魔女と呼ばれていたという。
さらに、記述式呪文の発見と開発。同時代の大魔法使いシリウス・アルヴァルディとの共同研究で、白魔粘土を併用した記述式呪文の発動に成功した。
ユピテルに突如襲来した巨竜を仕留めたのも、これら魔法の力によるところが大きかった。最終的に竜を殺したのは、ゼニスの雷の魔法だった。この一件で氷雷の魔女の称号を授かり、以後定着した。
ゼニスの中期以降の功績は、第一に魔法学院の改革にある。奨学金制度を作って貧しい平民に勉学の道を開き、魔法使い全体の質の向上に貢献した。さらに木版印刷技術を発明して、書物の制作に革命を起こした。
彼女の指示の下、魔法学院は現在の魔法都市ゼニアに移転した。以降、魔法学院は教育機関の枠を超えて、魔法分野全体を取り仕切る巨大な組織へと発展していく。なお、都市名の由来はゼニスの名にちなんだものである。
同時に教育方針が見直されて、より効率化と専門化が進んだ。今日の魔法使いの教育課程は、彼女が考案したものが原点となっている。
ゼニスの後半生では、魔界や神界といった新たな概念の発見、記述式呪文の高度化とそれに伴う各種の魔導具の発明が挙げられる。
このように、現代の魔法に繋がるほとんど全てにゼニスは関わっていた。彼女なくして今日の魔法分野はなかったと言っても過言ではない。
不思議なことに、ゼニスは晩年になっても若い容姿が変わらなかったとされている。生誕から100年が経つ頃に姿を消し、死亡したと言われているが、誰も遺体を確認していない。
ただしこれらは伝説的な人物を演出するために、後世の人間が付け加えたエピソードであるとの説が現在では主流である。
++++
ここまでお読みいただきありがとうございました。これにて本編完結です。
いずれ番外編を書こうと思っているので、よろしくお願いいたします。
それから、このお話の書籍化が決まりました。発売は恐らく来年2024年前半。
レーベルやイラストレーター様はまだお知らせできませんが、現在鋭意制作中です。
書籍化に当たってかなりの部分に手を加えました。
基本的な話の流れは変わらないものの、世界観の補足やゼニスの内面描写の追加、目標の明確化など、より分かりやすく読みやすく、物語として面白い出来になってきています。
また新しい情報が出ましたらお知らせします。その時に「そういやそんな話もあったなー」と思い出してもらえると嬉しいです。
それではもう一度、最後まで読んで下さってありがとうございました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます