第242話 降って湧いた新事実


 そんなこんなで毎日、新事実発見と新課題設定を続けて、けっこう忙しかった。

 せっかくお休みをもらったのに、のんびりする暇はなかったね。

 私自身の重要度――貴重な実験サンプル的な意味で――が上がったので、警備上の問題から引っ越しをして、今は本殿の一室に住んでいる。グレンと合わせて何室かもらって、かなり広くなった。


 魔王様からもらったハネムーン休暇の1ヶ月は、あっという間に過ぎた。

 お互いに仕事があるから、昼間はあんまりグレンと一緒に過ごせなくなってしまった。本格的に魔王位の引き継ぎに向けて色々やっているようだ。

 昼は別行動でも夜はべったりなので、まあ、いいと言えばいい。


 私は検査や実験の協力のほか、ユピテルのテレワーク用の記述式呪文の開発を続けている。ライブラリのおかげで目処が立ったよ。

 いくら寿命が1000年になったからといって、いきなり人間を辞めるわけではない。私が私であることに変わりはないのだ。

 太陽毒も命に関わるレベルではないから、丸投げしてしまった仕事の続きをやらなくては。少なくとも人間の寿命に達するまでは、ユピテル人として働こうと思っている。

 人間としての寿命を超えた後は……手を引いて見守るだけにしよう。私の役目はそこまでだ。

 その先の未来は、その時代の人々が担うべきだと思う。

 前世の人類の歴史を思うと心配はとても多い。でも、人外になってしまった私が干渉しては駄目なんだろうなあ。


 まあ、それはまだ何十年も先のこと。今はとにかく、魔法学院の皆に迷惑をかけた分を取り戻そう。

 来年の春のアレクの結婚式に合わせて、一度人界に戻るつもりでいる。







 そうして時間が過ぎて、3ヶ月ほど経ったある日のこと。そろそろ人界に行こうと考えていた時期に、ふと私は思った。

 そういえばこの体になってから、生理が来てないな? と。

 忙しかったし、前の体でも魔界に来てから不順気味だったので忘れてた。

 とはいえ、去年の秋に体が生まれ変わって以来もう4ヶ月近く。さすがに長い。

 魔族的にその辺の周期どうなってるんだろう? と思い、迷った末にシャンファさんに聞いてみた。昼間、本殿のお部屋で休憩中のことである。

 お茶を淹れてもらって、お茶菓子代わりにミカンを食べている。これはある学者さんの故郷の名産品で、最近のお気に入りなのである。季節はちょうど冬の終わりで、冬ミカンが美味しい時期だった。


「生理ですか。種族によってまちまちですが、おおむね年に1回ですね」


「あんまり来ないんだね。楽そう」


 いや寿命に対しての回数だとそうでもないのかな? となると、魔族混じりになった私も3、4ヶ月程度なら気にしなくていいのか。


「急にどうしました?」


 事情を話すと、彼女は難しい顔になった。


「……他に体調の変化は? 食べ物の好みが変わったり」


「別にないけど」


「でもゼニスは最近、ミカンばかり食べていますね」


「うん。程よく酸味があってジューシーで気に入ってる」


 シャンファさんはしばらく黙った後、ぽつりと言った。


「アンジュに相談しましょう」


「そんなおおごとじゃないよ。もうちょっと様子を見て、やっぱり来ないなら聞いてみるから」


「いいえ、万が一のことがあります。何かあってからでは遅い」


 腑に落ちないまま研究棟に連行された。

 最近の研究棟はますます活気に満ちていて、沢山の人が慌ただしく出入りしている。検査関係で知り合いが多いので、私とシャンファさんに挨拶があちこちから飛んでくる。

 科学技術の発展は相変わらず急ピッチだ。先日はレントゲンが実用化されて、電子顕微鏡も試作品が上がってきている。


 アンジュくんが呼び出されて、シャンファさんが何事かささやくと顔色を変えた。


「ゼニスちゃん! こっち来て、こっち」


 検査用の個室に招き入れられてベッドに座らされた。


「待っててね。今、検査薬探してくるから。シャンファは見張ってて!」


 転びそうになりながら部屋を出て行ってしまった。彼があそこまで焦るのも珍しい。私は首をかしげた。


「何の検査薬だろ?」


 するとシャンファさんが静かに言った。


「妊娠ですよ」


 ……はい?









 ――妊娠。

 もしも、万が一、本当なら。

 魔族の滅亡が回避されることになる。


 そんな。まさかこんな形で悲願が達成できるなんて、まったく考えてなかった。

 だって私は人間だから。昔の実験でもライブラリの知識でも、魔族と人間の間に子はできないと結論が出ていたじゃないか。

 いいや待てよ。今の私は魔族混じりだった。じゃあ本当に可能性があるってこと?


「アンジュ、遅いですね。様子を見てきます。ゼニスはここから動かないで」


 そう言ってシャンファさんが部屋を出て、しばらくして戻ってきた。


「妊娠の検査薬が見つからないそうです。もう長いこと使っていなかったので、在庫がないかもしれません」


「そ、そうだよね」


 うろたえまくって噛みそうになりながら答えた。


「あっ、そうだ、ライブラリに行って聞いてみるのはどうかな。あそこ、身体状態のスキャン機能とかあるから」


「いけません。そこに行くのは転移が必要でしょう。どんな影響が出るか分からない以上、軽率に行動すべきではありません」


「はい……」


 反論できず、うなだれてしまった。


「結果がはっきりするまで、誰にも言うべきではありませんね。魔王陛下にだけ内密に報告をして……グレン様には、まだ黙っていた方が無難でしょう」


 日頃の行いの結果というやつである。最近の彼なら大丈夫な気もするが、シャンファさんはトチ狂っていた頃の印象が強いようだ。

 なんか、私のイカレポンチ時代とティトを思い出す。私が正気に戻った後も、ずいぶん長い間信用がなかったから。


 結局、検査薬は在庫がなく、材料を調達して作ることになった。1週間ほどかかるというので、その間は生きた心地がしなかった。予定は全部キャンセルして、白紙になった。


 そして1週間後、アンジュくんとシャンファさん、ついでにカイとリス太郎に付き添ってもらって、出た結果。




 陽性でした。


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