第241話 検査結果いろいろ


 検査の結果が出てくると、色々と新事実が発覚した。

 まず最初に、私の体のうち、右手がほとんど全部グレンの魔力回路で構成されていた。

 機能上は何の問題もない。肉体という意味でも、魔力回路の意味でもだ。

 けれど納得できなくて、私はグレンを問い詰めた。


「どういうこと? 肉体の再構成は、私自身の魔力回路と原初魔族ので作ったんでしょ? どうしてグレンのがここまで入ってるの」


 答えはこうであった。


「あなたの右手は思い出の部位だから。最初にその手で殺しに来てくれたから、今の私たちがあるんだ。だから全部、私のものにしたかった」


 いや分からん! 魔力回路はそんなほいほい移植したり戻したりできるものではない。一度移植したものを元の持ち主に戻すのは、今の技術では不可能だ。

 代替手段があるにも関わらず、自分の体の一部を使ってしまうなんておかしい。変態じみてる。……しまった、この人もともと変態だった。


「それに右手分を全てゼニスにあげても、特に問題はないよ。原初魔族の疑似魔力回路で十分にカバーできる」


「いくらいい義手があるからって、わざわざ手を切断する人はいないでしょ。ありがた迷惑、ここに極まるって感じ」


「ゼニスにだけは言われたくないね。自己犠牲がどれだけ迷惑か分かった?」


「むぐっ」


「私に関しては、本当に不具合がないから。取り返しのつかない自己犠牲とはわけが違う」


「むぐぐぐっ」


 言い返せなかった。

 周囲の学者たちが、喧嘩を始めた私たちを見てはらはらしている。

 改めて自分のやらかしを反省したよ。たとえ問題なくても、グレンの体の一部が失われたと思うと苦しいもの。


「……分かった。受け入れる。でも今後は、相談もなしにこういうことするの、やめて」


 私が渋々言うと、彼はにっこりした。


「そうだね。立場が逆であれば、私も嫌だったと思うから」


 むーん。何だろう、グレンは一回り成長した感じがするなあ。安西先生の名言がそんなに心に響いたのだろうか。

 お互いに報連相を徹底するともう一度約束して、この件は終わりになった。







 次に、私の体は当初こそ魔力反応が強かったが、日を追うごとに弱まっていった。

 理由は魔力の物質化がより完全になって、肉体としてしっかり定着したため。それでも魔力値は、魔族の平均よりだいぶ高めをキープした。

 最初は魔族並みの魔法が使えるようになるのでは? と期待していたが、そうでもなかった。少なくとも詠唱式呪文を使わずに神界に接続はできなかった。

 まあ、むやみに神界に接続してまた魔力浮遊になったら困るので、もうちょっと様子を見ようと思う。

 神界を起源とする魔族と、魔界の接近に伴って魔力を得たものの本質が物質の人間とでは、単純に魔力値だけで表せない違いがあるのかもしれない。自由に神界と接続できるのは魔族の特質であるようにも思える。さて、どうなるかな。




 もうひとつ。

 私の見た目は4分の1くらい、グレンの色彩が混じった感じになっている。どこまで人間でどこまで魔族なのか確かめてみることにした。


 まず太陽毒の反応を調べた。人界に転移して日光浴をしようとしたのである。

 グレンが「危険過ぎる!」とものすごい勢いで反対してきたので、とりあえず月光浴にしてみた。それでも反対されたけど。

 結果、耐性があった。

 この時点での耐性はちょっと微妙な感じだったが、肉体の定着に伴ってだんだん強くなった。これなら夜だけなら全然平気だし、昼間も厚着して露出面を減らすとかでそこそこ活動できそうである。

 UVカット化粧品を開発してもいいかもしれない。……いや、太陽毒の本質は別に紫外線とは限らないんだった。駄目か。


 結局のところ、私の本質は人間寄りで落ち着きそうだった。







 次に体が変わった以上、寿命はどうなんだと調べたが、あまりはっきりしなかった。

 だいたい、こんな変な状態になったのは私が史上初。前例もなければ比較対象もない。

 メイフゥさんの魔力から創ったスライムなども参考に、考えられる限りの手段で調査したが、結局「よく分からん」となった。


「もうこれ、仕方ないと思うよ。そのうち見た目が年を取ってきたら、老化のスピードと残り寿命を計算してみればいいんじゃない?」


 と私は言ったのだが、グレンは納得しなかった。

 ライブラリに通ってパングゥに質問を重ねる。持ち帰った知識と合わせて何度も調べたら、どうも元の人間の時よりは寿命が長くなっていそうだった。

 見込みではあるが、ざっと最低で1000年以上。


「せ、1000年……!?」


 長すぎる時間に私はぽかんとした。けれどグレンや他の魔族たちは「短い」と唸っていた。

 そりゃあ彼らの1万年に比べれば短いけど、1000年は人間としては想像外だよ。長生きできると単純に喜ぶレベルを超えていて、反応に困る。

 結局、寿命が大幅に延びた分の時間を使ってさらに延命措置ができないか探ってみるということで、決着がついた。




 正直に言うと、あと1000年以上生きられると言われても実感がない。

 確かに今の体は魔力が強いが、私の意識や自我に変わりはないもの。突然解脱して、神様や仏様のようになったわけじゃないのだ。

 ――でも。

 寿命が長くなったら、その分だけグレンのそばにいられる。そう思うと嬉しかった。彼にとっては1000年でもまだ短いのだろうが、それでも60年とは比べ物にならない。今後もっと長くなる可能性もある。


 グレンの最近の言動を見ていると、彼はもう私の後追い自殺をする気はないみたいだった。魔王様や他の近しい人々の親愛の情に気づいて、私では埋められなかった部分が満たされたように見える。

 とても喜ばしい。私の力不足がちょっと悔しいけど、それはそれ。

 そんなことを思っていたら、満面の笑みを浮かべたグレンが言った。


「あなたの寿命が長くなって、心から嬉しい。一緒に過ごせる時間が増えて、この上なく幸せだ」


「私も。まだ実感はわかないけど、ずっと一緒にいるね」


「もちろんだよ。もしまた逃げてしまうようなことがあっても、どこまでも追いかけるから」


 冗談めかした口調だったけど、微妙に背筋がぞっとした。神界まで来てしまうような人だから、今後は私もよくよく身の安全に気をつけなければ。

 とにかく、長い時間を生きる実感なり覚悟なりを今後で固めていくよ。







 余談だが、ライブラリの行き来は結局、グレンと私とメイフゥさんだけで行っている。

 パングゥ曰く、ライブラリは天雷族以外の来訪に制限がかかっているらしい。転移に相応の魔力が必要になるのと、知識の無制限の流出を防ぐためだそうだ。

 魔王様とメイフゥさんは行けた。グレンのお父さんのルーランさんは駄目だった。魔力量の問題もあるようだ。

 ジョアン? そんな変態誘拐犯は知らない子ですね。


 メイフゥさんは喜んで通い詰めているが、魔王様は「老骨に堪える」と言ってあまり行こうとしなかった。興味はありそうだったのに、天雷族がみんなでライブラリ籠もりをしてしまったら政務面が滞るから、遠慮したのではないかと思う。

 天雷族縛りだとなぜ私が行けるのか不思議だが、正式な結婚をしたのと魔力回路が混じり合っているのとで身内判定をされたのかもしれない。

 メイフゥさんが、


「結婚と身内判定の確認で、あたしも誰かと結婚してみようかなー! 確認終わったらスピード離婚で」


 と言って、魔王様に「馬鹿者」と頭を叩かれていた。


 なお最初の時にライブラリにたどり着いたのは、偶然だった。神界に向かって浮き上がる私をグレンが引き留めようとして、結果、狭間の世界であるあそこに引っかかった、と。

 今になって思えば、かなりの幸運である。やっぱり私には、フェリクス家門の守護神・幸運の女神様がついているのかもしれない。

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