第240話 ハネムーン休暇


 検査は魔力測定が主だった。私の体は神界の魔力を材料に作られたが、ほぼ完全に物質化している。

 ほぼ、なのでまだ流動的な魔力のままの部分もある。

 現在の魔力と物質化の度合いを記録して、これから変化を見ていくことになった。体に残っている紋様はスケッチしてもらった。


「早くカメラと写真を開発したいですねえ。まだ化学の進捗が足りません。カメラがあれば素早く、一瞬で正確な図を残せるのに」


 と、スケッチ役の人が言っていたのが印象的だった。科学の進み具合は皆で共有されてるみたい。


 今の私の魔力は、一般的な魔族と比べてかなり高い状態らしい。

 今後の予想としては、徐々に物質化が進んで行くだろうと。それに伴い、魔力自体は目減りするのではないかと聞かされた。残念である。


「魔力の測定はライブラリの方が正確じゃないかな?」


 何気なく私が言うと、周囲の学者たちが一斉にこちらを見た。ちょっと怖い。


「ライブラリとは、あれかな。魔王陛下がおっしゃっていた知の宝庫」


「うん、それ。グレンから何も聞いていない?」


「聞いていません。あの方は一種の天才ですから、ごく端的にしか話して下さらないのです。もどかしいことです」


「我々凡人に分かるよう説明して欲しいものだ」


「グレン様は興味がゼニスちゃんに一点集中してるから。それ以外だと話が通じないんだよ」


 アンジュくんの言い方がひどい。今の彼は少しは改善したと思うよ。たぶん!

 それにしても、グレンは天才なのだろうか? まあ確かにほんの僅かな間でライブラリも行き来できるようになって、魔力で私の体を作るなどという離れ業をやってみせたわけだし。

 魔力の多さと才能は比例するのだろうか。そういやライブラリでも『魔力が多いと色んなことができます』みたいな返答だったっけ。羨ましい限りである。


 そこへグレン本人が検査を終えて出てきた。場の雰囲気に戸惑ってるな。


「ゼニスも検査、終わった?」


「うん」


「じゃあ帰ろう。何をされたか聞かせて」


「グレンと同じだと思うけど……」


 引き止める人たちを強引に振り払って、彼は私を抱えるようにして外に出た。それから彼の院に帰る前に、魔王様の所へ行って挨拶と報告をしようということになった。

 魔王様はいつもの執務室にいた。昨日よりだいぶ落ち着いた雰囲気で、安心する。やはり相当心労になってたんだろう。

 隣にはグレンの叔母のメイフゥさんがいて、ちょっと警戒してしまった。


「そんなにビビらないでよー。お母様、じゃなかった、陛下にみっちりお説教されたから、大人しくするよぅ」


 メイフゥさんはしょんぼりした様子である。


「釘を刺しておいたでな。しばらくは態度もマシになるじゃろ」


 と、魔王様。


「検査もご苦労だった。結果は順次出るだろうから、また協力してくれ」


「はい、もちろんです」


 そういえば、気になっていたことがあるので聞いてみる。


「原初の魔族の魔力回路を、グレンに渡したと聞きました。今後、結界の更新はどうなるんですか?」


「グレンに任せざるを得んな。中央の結界更新業務は、魔王の重要な務め。わしとしては早急に譲位したいところであるが」


「いえ、私はまだまだ若輩者。陛下を差し置いて魔王位に登るなど、とんでもない」


 グレンが言った。ものすごくうさんくさい笑顔である。これ絶対、魔王の地位に伴うあれこれをしたくないだけだと思う。面倒くさくて。

 魔王様はしばらく私たちを眺めた後、ため息をついた。


「まあ、グレンの年齢で魔王位を継ぐのは前例のないことではある。まだまだ教育も足りん。もうしばらくは儂が留まらねばならんか。まったく、老骨に無理をさせてくれる」


「お母様はね、グレンとゼニスのことをとっても可愛がってるから。新婚の時期はゆっくりいちゃいちゃさせてあげたいって言ってたよー!」


「こら、メイフゥ! 余計なことを言うでない」


 魔王様が慌てたように言った。メイフゥさんのお母様呼びとあいまって、なんだか彼女が優しいおばあちゃんに見える。見た目はせいぜい40代だけど!


「はい、お言葉に甘えます」


 とってもいい笑顔でグレンが答えた。メイフゥさんが手を叩く。


「おおー。グレン、そんな顔できたんだね! いつも無愛想だったのに、恋は偉大だねぇ。あたしの恋人はスライムくんだけどね!」


 それってどうなんだ。でも彼女は、スライムを始めとした魔法生命体制作が専門だったっけ。学問に情熱を捧げるとか、そういう意味に取っておこう。


「では陛下、今日はもう下がってよろしいでしょうか?」


「うむ。今後ひと月は補佐の仕事も免除する。ただしゼニスの体の問題があるゆえ、検査には協力せよ」


「はい」


 おお、1ヶ月も休暇をゲットした。魔王様優しい!

 2人でにこにこ笑顔で執務室を辞して、院に戻った。シャンファさんとカイ、リス太郎の出迎えを受けた後、寝室に入る。

 降って湧いた休暇に心が浮かれるのを感じて、私は言った。


「お休み、やったね! 何して過ごそうか」


「そんなの言うまでもないだろう?」


 腕を引かれてベッドに連れ込まれた。


「まだ昼間なんだけど」


「構わないさ」


 構うわ! いつぞやの重傷寝たきりじゃないんだから、ベッドから出られないのは御免こうむる。

 グレンが体を寄せてきたので、ふと思いついた。

 まず、ころんと転がって背後から抱き締めた。次に私の左足を彼の左膝に引っ掛ける。そして、蛇のようなしなやかさでグレンの右腕の下に潜り込んで、両腕で首をクラッチ!


「いたたたたたっ! ゼニス、やめてくれ!」


 プロレス技のコブラツイストである! 腕に力を込めると彼の右脇がめりめり言って、悲鳴がさらに上がった。


「どうなってるんだ、これ! 外せない!」


「ふっふーん。今なら力の差、そんなにないからね。技術がものを言うのですよ、技術が」


 前は技術以前に力の差がありすぎて、話にならなかったから。いやあ、力とはいいものですな。はっはっは。


「グレン、そういうのは夜だけにして。昼間はもっと出歩いたり、他の人と話したりしようよ」


「わ、分かった。分かったから、外してくれ」


 私も前世で姉にコブラツイストやられたことがあるが、やりようによっては本当に痛い。だからここらで勘弁してやった。


「ゼニスはひどい……。何のためにあなたを取り戻すのを、必死で頑張ったと思っているんだ……」


 あ。本気でしょぼくれている。仕方ないので撫で撫でしてやった。……痛めつけたの、私だけど。


「とりあえず、シャンファさんとカイとリス太郎と、お茶でもしてこよう? きっとあの人たちも、私たちの話を聞きたいと思うよ」


「はあ。分かったよ」


 というわけで、西棟にいた彼らと合流して色々と話をした。グレンはしっかり人形のルビスを連れてきて、着席させた。

 ライブラリの話とか、管理者の古代の魔王とかの話題で盛り上がって楽しかったよ。


 その間にメイフゥさんからもらったスライムを思い出して、みんなで開封してみた。

 ちょびっと魔力を与えたつもりが、グレンや今の私のでは強すぎたらしい。

 小さいスライムくんはふるふる震えた後に爆裂四散した。水風船が破裂するような勢いだった。


 後にはあちこちに飛び散ったスライムの残骸が残った。

 特にリス太郎は残骸の直撃をもろに受けて、全身がべとべとになっている。自慢のふさふさ尻尾がベットリになって、「ピャ……」と呆然としていた。

 しかも残骸は独特の変なニオイがして、ひどい有り様である。


 楽しいお茶会は最終的にお掃除大会になった。どうしてこうなった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る