第234話 管理AI


【グレン視点、三人称】


 ゼニスを取り戻す決意は固まった。次は手段を探らねばならない。

 幸いなことに、ここはあらゆる知の宝庫ライブラリである。通常では入手できない情報が溢れている場所だ。


 グレンはゼニスが使っていた板、タブレットを思い描いた。あれを使って質問を繰り返し、望む結果にたどりつく必要がある。

 けれど何度イメージしても、あの板は出てこない。

 あの板はゼニスの前世のものだから、詳細を知らないグレンでは扱えないのかもしれない。

 最初の段階でつまづいてしまい、グレンは焦りと苛立ちを覚えた。


「ライブラリよ、答えよ! 私は1秒たりとも時間を無駄に出来ないんだ。タブレットでも何でもいい、私の質問に答えるものを出せ!」


 暗い虚空に向かって叫んだ。

 別に答えを期待してのものではなかった。タブレットが駄目なら他のものを、と彼が考えていた所。


 影のような空間にぼんやりとした輪郭が浮かんだ。光を帯びているわけではなく、ただ薄らとした存在。

 グレンが目を凝らせば、それはやがて人の姿を取った。長い長い銀の髪を持つシルエット。


『呼んだかな、愛し子よ。吾と半身の遠いすえの子、グレンよ』


 どこか朧な気配のままで、人影が言う。男にしては高く女にしては低い、とらえどころのない声音だった。


「何者だ」


『吾はパングゥ、最初の魔王にして神界の一柱だった者。愛し子よ、お前の問いかけに答えようではないか』


「初代魔王? まさか。そのような古い存在が生き延びているわけがない。だいたい、今までどこにいた。ゼニスと私がここにいた時も、気配すらなかったのに」


 グレンの警戒を受けて、パングゥはくつくつと笑った。身の丈ほどもある長い銀の髪が揺れる。


『生きてはおらんよ。吾はとっくに死んで、魔力は神界に還った。還った魔力はばらばらに分解されて、再び吾を構成する時は二度と来ないであろう。

 そして、吾はずっとここにいたとも。愛し子と人間の娘が来た時も、汝らが痴話喧嘩を始めた時も、ずっと見守っていたよ』


 痴話喧嘩と言われてグレンは非常に不本意だったが、不満を抑えて質問を重ねた。


「どういうことだ。幽霊だとでも言うのか?」


『幽霊、その表現は正しくない。吾は吾の疑似再現体。生前に吾の全てをライブラリに――そうそう、この場の呼び名は人間の娘に準じよう――写し取り、ライブラリでのみ再現できるようにしたのだ』


 ここにゼニスがいれば、「人格コピーAI!」などと言っただろう。

 グレンはそのような概念を持たないが、突き詰めて考えるのをやめた。彼にとってゼニスを取り戻すのが第一で、それ以外は著しく興味が低いのである。


「お前が何者であるかはどうでもいい。ライブラリに連なるもので、私に知識を与える。そう解釈する」


『うむ、それでいい。あの人間の娘が思い描いた機械のように、この吾が汝の問いに答えよう』


「では単刀直入に聞く。神界に行って探しものをしたい。どうすれば実行できる?」


『その問いはいくつもの要素を含む。順に答えていこう。

 まず神界に行く方法。行くだけなら簡単だ、死ねばいい。さすれば魔力回路から魔力が分離して、神界に吸い寄せられる。

 だがそれではいかんよな。行きて帰るためには、神界に呑まれないだけの強靭な魔力が要る。

 愛し子グレンは現在の魔族としては魔力が強いが、まだまだ足りぬ』


「魔力を増強する方法を教えろ」


『いくつかあるが、どれがいいかな』


 手っ取り早くて効果の高いものを、と言いかけて、グレンは考え直した。

 前にゼニスと質問を重ねた時、余計な指示を挟むと回りくどい回答が来ると知ったからだ。


「主だった手段を羅列してくれ」


 目の前のパングゥは生きた存在ではない。あくまでライブラリに付属する部品のようなものだ。

 質問は出来るだけ感情を挟まず、平坦に、具体的に。その方が結果として早道になる。


『では第一に、愛し子が着ているその結婚衣装。その衣装の刺繍を正しい形に直しなさい。

 第二に、地道に魔力回路を鍛えなさい。

 第三に、他者から魔力回路の移植を受けなさい』


 グレンは内心で眉をひそめる。どれも既知の方法で、効果が低いかリスクが高いものばかり。もっと何かないのか。

 そう思っていたら、パングゥは続けた。


『第四に、魔王の持つ疑似魔力回路を受け継ぎなさい。愛し子であれば資格がある』


「……!」


 それだ、と思った。

 魔王の紋様、疑似魔力回路は代々受け継がれてきたもの。魔力回路の生体移植ほどの危険性はなく、確実だろう。しかも以前参照した魔力の数値は、かなりの増加が見込めるものだった。


「第四の方法を採用した場合、神界に行ってゼニスを探し、帰還するのは可能か?」


『神界の滞在時間によっては可能である』


「具体的には?」


『神界の時間を言い表すのは難しい。よって魔界の時間の感覚に直す。およそ3時間だ。

 これは魔界で3時間経過するという意味ではなく、魔族としての汝が感じる3時間ととらえるように』


 ライブラリと魔界でも既に時間の流れは違う。ライブラリの1日は魔界の7日に相当する。

 パングゥが言う3時間は、その場にいる者が感じた時間経過に準ずるという意味だった。その3時間が魔界の何時間に相当するかは不明である。


「では、第一と第三の方法を併用した場合は?」


『第一の服の刺繍については2分。魔力回路の生体移植は、提供者を現魔王ジュウロンと仮定した場合、35分』


 グレンは軽く目を細めた。ゼニスのためならば、祖母である魔王を犠牲にしても構わない。

 そう考えてから、軽く首を振った。きっとゼニスが悲しむだろうと気づいたので。


「疑似魔力回路の移行方法は?」


『中央の結界石に両者が手を置いて魔力を通じ合わせる。同時に石に刻まれた原初の魔法語を唱える。これを7日繰り返せば、引き継ぎは完了する。連続して7日でなくて良いぞ』


「期間が長過ぎる。もっと手早く済ませる方法はないか」


『愛し子はせっかちだのう。では、ジュウロンをここに連れてきなさい。吾が直々に受け継ぎを仲立ちしてやろう。さすれば2時間程度で済む』


「そんなことができるのか」


『無論だ。あの疑似魔力回路は、他ならぬ吾の複製。……ふむ、ちょうど経年劣化をしているな。改めてこの身から書き出して、より正確なものを愛し子に渡そう。さすれば魔力はさらに上がり、神界の滞在可能時間も延びる」


 あっさりと告げられた事柄にグレンは目を見開いた。


「そんな重要なことは、先に教えてくれ」


 抗議の意志を込めて言えば、パングゥはいかにも可笑しそうに笑った。


『聞かれなかったからな? 今、ついでに教えてやったのも善意からであるぞ。愛し子が吾の直系の末裔で、しかも痴話喧嘩など見せつけてくれるから、少々奮発したのだ』


 パングゥは既に死んだ身でありながら、生者のような言動をする。

 ここにゼニスがいれば、持ち前の好奇心で色々と質問をしただろうなとグレンは思った。


「では、魔王陛下をここに連れてくるにはどうすればいい?」


『中央の結界を起動した上で、愛し子が天雷化をして転移しなさい。その際ジュウロンを引っ張ればいい』


「そんな乱暴な方法で、陛下の身に不具合は起きないのか?」


『平気、平気。ジュウロンは高齢ながらも、現在の魔族としては相当に魔力が高い。疑似魔力回路の保持者でもある。

 多少のことでは死にはせぬ。冥土の土産に思い出を贈ってあげなさい』


「……冥土の土産はまずいのではないか」


 グレンはつい指摘してしまった。ゼニスのツッコミ体質がうつったのかもしれない。


『おっと、そうだった。まあとにかく、連れてきなさい。吾も彼女に会いたい。ライブラリ嘘つかない』


 パングゥは本来、かなりふざけた性格のようだ。

 グレンは指摘してやりたい衝動をぐっとこらえた。

 改めて、何かにつけてゼニスがツッコミを入れていた気持ちが理解できたような気がした。

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