第十九章 輝く光に満ちた場所
第223話 帰る場所
ユピテルに戻った私は、残り少ない日々を駆け足で過ごした。
まず最初に実家に行って、私とラスの無事を両親とアレクに報告。
アレクは最初は置いてけぼりに文句を言っていた。でもラスが次兄と決着をつけた話を聞いたら、複雑な顔をしていた。
「あまり深い交流がない相手だったとしても、ラスは家族を大事にする奴だ。そんなことがあったのに、ちゃんと国王として立っているなんて……すごいよ」
「うん。アレクに伝言。『立場は変わっても友情は変わらない』って」
「……もちろんだ」
そう言ってうなずいた弟は、もうすっかり大人の表情だった。
ラスもアレクもまだ18歳。前世の日本なら高校卒業の年齢なのに、ユピテル人は成長が速い。
それがいいことなのかどうかは分からない。本当は、2人にはもう少しモラトリアムを楽しんで欲しかった。
けど、今となっては言っても仕方のない話だ。であれば、姉として彼らの自立を祝福しなければ。
実家で里帰りの際に持ってきた荷物を回収して、今後は魔法学院へ。
またもや騒ぎになってしまって、大変だった。
オクタヴィー師匠はティベリウスさんから事情を聞いていたようで、ため息をついただけだったが。
「ゼニスさんはどうして、いつも大変な事件に巻き込まれるんですか!」
カペラが涙を浮かべて抗議してくる横で、ティトはどこか達観したような様子だった。
「お嬢様……いえ、奥様のトラブル体質は、もう諦めがつきました」
ひどい! それから奥様はこそばゆいからやめて欲しい。ゼニスでいいのに。
すったもんだはあったが、私が不在の20日ほどの間、魔法学院の移転計画はきちんと進んでいた。
元々、最終決定権は師匠と学院長に割り振ってある。それを踏まえた上で各担当者の裁量を活かす形で、柔軟に取り組んでもらったのが良い方向に出ていた。
もちろん報連相は徹底。1人で行き詰まったり、相手方の商家から無茶を言われた時はすぐに相談できる体制も作った。
でもなぁ。やっぱり丸投げ感が否めない。
計画はまだまだ始まったばかりで、これからいくつも山場を迎えるだろう。その肝心な時に私は不在。不甲斐ないよ。
テレワークの本格的な構築を考えるべきだと思った。魔界へ帰ったら魔王様に相談しよう。
他にも奨学金制度のチェックや科学の講義の引き継ぎをやりながら、全てが完遂できないままに時間切れとなった。
アパートの解約やら私の研究資料の保管やらは、やっぱり丸投げになってしまった。無念である。
帰りはホウキで飛ばしていくにしても、そろそろ首都を発たないといけない。
1週間そこらなら帰るのが遅れてもいいのでは? と思ったけれど、グレンがどうしているか心配なのである。期日を過ぎても私が帰らなければ、またトチ狂って強引に人界に出てきたらどうしよう、みたいな。あながち冗談で済まないから怖いっての。
とはいえ、グレンがそういう人だから私もちゃんと帰ろうと思うのだ。
下手に我慢強い相手だったら、ずるずる別居が続いて自然消滅しかねない。一長一短だね。
最後に北西山脈の魔力石採掘場の処理マニュアルを手に、私は首都を離れた。
あまりにバタバタしていたせいで、長いお別れになる実感があまりなかった。
見送りに来てくれた皆も、
「次の戻りは来年でお願いしますよ! 絶対ですよ!」
「テレワークとやら、本気で頼みます。ゼニス先生と連絡を取れればどれほど助かるか」
「この大変な時にゼニス様がいなくなるなんて、ああもう、いってらっしゃい!」
と、緊張感があるのかないのかよく分からない様子だった。忙しくてちょっと頭がおかしくなっているのかもしれない。
彼らの後ろでマルクスとティト、それにミリィが苦笑いしてる。
ミリィの夫ガイウスは軍に戻った。ミリィも近いうちに軍団駐屯地の近くの街に引っ越すつもりだそうだ。
「みんな、後はよろしく! でも体に気をつけて、お休みはしっかり取ってね!」
早朝、郊外のあまり人目のない場所から飛び立って、一気に北西山脈へ。まっすぐ飛べば1時間少々で麓の街に着いた。
森の木立の中にこっそり降り立って、街道をゆく人々に混じった。
採掘場の管理責任者に挨拶して、マニュアルを渡した。
「今まで通りのやり方を改めて書面に起こしました。1年に1度は内容を見返して、実務とかけ離れていないか確認して下さい」
人間、悪い意味で慣れが生じると色々とダレちゃうから。
「首都の魔力石管理部門にこの話は通してあります。たまに抜き打ち検査が入るかもしれませんよ」
と言ったら、責任者は「それは怖い」とおどけて首をすくめていた。それから胸を張って言った。
「ご安心下さい。ゼニス様の『環境保護』は、ちゃんと皆も実感していますから。植林した若木が育ってきて、伐採するばかりだった森を資源として理解できました。狩人たちの話によると、若い森に少しずつ動物たちが戻ってきているとか。
採掘の掘削土も、もし川に流すだけであればとっくに行き詰まっていたでしょう。今後も頑張って行きますよ」
頼もしい答えだ。私は笑顔でうなずいて、採掘現場を後にした。
街道から少し離れたところまで歩いて、再びホウキに飛び乗る。今度こそ最後の飛行である。
今の時刻はお昼時。真昼の太陽が眩しい。
2ヶ月前にこの森の上を飛んだ時、季節はまだ初夏だった。今は夏も後半で、青空が高くなりつつある。
広大な森は緑が濃く、上空から見るとまるでモコモコした絨毯のよう。
緑の中にぽつんと空白がある。去年、境界の遺跡に行く途中で通った開拓村だ。今にも森に呑み込まれそうな小さな村は、けれど確かに人々の暮らしが感じられる。人間の強かさを見る思いだった。
どこまでも続くような森で迷わないよう、出発時に登録した座標を確認した。
開拓村から見て北北東、距離はおよそ200キロメートル。
夕方、日が沈む前に到着すればいいだろう。となると、あと6時間程度だ。そんなに速度を出さなくても間に合う計算だった。
徐々に西に傾いていく太陽をお供に、リミッターを解除せずに飛んだ。
そうして夕暮れ時、空がきれいな茜色に染まった頃。
私は再び、境界の建物の前に立っていた。
人界側の境界に誰かが近づくと、グレンに伝わるようになっているらしい。
だから私は境界の扉を開けて、最後に人界の夕焼け空を眺めながら待つつもりだった。この光景はしばらく見られなくなるからね。
ところが扉を開けた時点で、中にあった人間用境界装置が反応した。
「え、早すぎでしょ。なんで? 待ち構えてた?」
私は焦って装置の前にかがみ込んだ。
試験動作が始まっている。2ヶ月前はベストな状態で3秒ジャストの転移時間だったのだが、今回は少々乱れ気味だ。何度か試すものの、3.2秒が最高スコアだった。やはりその時によって人界と魔界の距離が変わるようだ。
計算上はこの数字でも問題はない。まあいいか、と思った。
3.2秒の状態で行くよと装置を通して合図を送る。了承の返事が来たので、タイミングをはかる。
「よし。今だ」
魔界は人界の『上』にある。だから転移で『上昇』する。
私は上を見た。境界の建物の天井のさらに上。夕焼け空の上の上。どこまでも高く昇るイメージで、装置を起動する。
さあ、これで魔界へ、彼の元へ帰れる――
そのはずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます