第215話 空からの合流


 ユピテル軍の行軍距離は、1日あたり最大で60キロメートル程度。

 昨日今日と2日分ならたったの120キロだ。

 200キロのスピードで飛べば、ものの1時間もしないうちに野営地が見えてきた。


 まだ夜は浅い。野営地の設置が終わって、土で作った即席のかまどから煙が上がっている。

 中央に大きな天幕が見えた。あそこに司令官――ラスがいるのだろう。

 私は天幕の前を目掛けて急降下した。途中でホウキから降りて、手の中に折り畳んでから着地する。


「な……何者だ!」


 急に空から降ってきた私に兵士たちが騒然としている。

 私は大きく息を吸い込んで、叫んだ。


「私はゼニス・エル・フェリクス、氷雷の魔女にして竜殺しの大魔法使い! エルシャダイ王国奪還作戦に助力しに来ました!!」


 おお、と、どよめきが、次いで歓声が上がった。


「ゼニス!?」


 青年の声に天幕を見れば、ユピテルの軍装に身を包んだラスが立っている。


「どうして貴女がここに! 里帰りしているはずなのに」


「ティベリウスさんから急使が来たの。だから大急ぎで追いかけてきたってわけ」


「そんな……。僕は貴女を巻き込みたくなくて――」


「とにかく!」


 私は彼の言葉をさえぎって大声を出した。


「この氷雷の魔女が来たからには、百人力、いいや、千人力よ! この作戦は必ず成功させるから。皆の奮闘を期待する!」


 歓声と拍手を背中に聞きながら、私はラスを促して天幕に入った。







 天幕の中には司令官のラスと、第三軍団の副軍団長、それに第三軍団から抜擢された幕僚たちが控えていた。ラスの師であるヨハネさんの姿も見える。

 何か言いたそうにしているラスをあえて無視して、状況を聞いた。


「今の編成は第三軍団が6割、残りを第二と第四の兵士を組み入れている」


 と、副団長。

 第三軍団は北部森林を管轄にする軍だ。ミリィが所属していた軍団でもある。


「……元老院から、作戦の意味を聞いていますか」


 私は聞いてみた。彼らは自分たちが捨て石だと知っているのだろうか。

 副団長は自嘲的に笑って答えた。


「聞いてはいないが、知っている。元老院の本命がエルシャダイ併合にあるということを、な。

 本来であれば、我が第三軍団2個大隊のみがランティブロス殿下の兵として東に向かう予定だった。それをフェリクスのティベリウス殿が介入して、さらに3個大隊を増やして下さった。正直これでも足りないが、少しは希望が出たと考えている」


「そうでしたか」


 それから聞いた話は、ティベリウスさんの書簡と同じだった。エルシャダイに急行して、アルシャク朝が出てくる前に決着をつけること。それ以外にラスの命を守るすべはないこと。

 最大速度で行軍を続ければ、2週間と少しでエルシャダイに到着する。それまでにアルシャクが出兵してくるかどうかは微妙な線だそうだ。ティベリウスさんの工作が功を奏するよう祈るしかない。


「発言をよろしいですか」


 ヨハネさんが言った。副団長がうなずく。


「私見ですが、今回のシモン王子……いや、シモンの反乱はアルシャク朝としても予想外ではないかと思います」


 ヨハネさんはシャダイ教の司祭だ。ラスについて長らく故郷を離れているけれど、高位の聖職者だと聞いたことがある。

 となると、シャダイ教会にパイプがあるだろう。独自の情報を持っていてもおかしくない。


「シモンの背後にアルシャクがいるのは間違いないでしょう。単独で反乱を起こすほど、彼も無謀ではありませんから。

 ただ、タイミングが唐突でした。ラス殿下の父君、ヨラム二世王は病で現世の命が尽きかけていた。もう少し待てば崩御は確実でした。

 推測ですが、アルシャクから指示された反乱の時期は、先王崩御から新王がユピテルの承認を受ける間だったはず。その時期であればシャダイ教会の過激派と呼応して、より大きな混乱を呼べたはずなのです。

 なのにシモンは父殺しの大罪を犯して、過激派の一部と仲違いをしました。過激派はすなわち、シャダイ教の教えに忠実すぎる者たちです。ゆえに大罪を犯したシモンを見限ったと、私は聞いています」


「なるほど……では、シモンのこの時期の反乱は暴発であったと?」


「その可能性が高い。アルシャク朝も戸惑っているのではないでしょうか」


「それなら動きが遅れて、私たちが間に合う可能性も増えますね」


 私が言うと、皆がうなずいた。


「エルシャダイの軍は、どのくらいの数なんですか?」


「正規兵は1個軍団相当、5000人弱だ。それに補助兵が1000人ほど。民兵は不明だが、最大で2000人程度と見ている」


 エルシャダイはそこまで大きい国ではないから、そのくらいか。


「正規兵は全員がシモンの指揮下にあると思いますか?」


「名目上はシモンの指揮下でも、不満は相当くすぶっているでしょう。どこまで忠実に動くかは分かりません。切り崩し工作もやっております。シモンもそれは承知しているはず」


 ヨハネさんが答える。


「ただ、過激派の信徒たちはその限りではありません。一部が離反したとはいえ、彼らは神の名のもとに死を恐れず戦います」


 やっかいな……。当面の敵はその人たちになるのだろう。







 ――そう、敵。戦争においては人間が敵だ。今までのように狼でも竜でもない。


 戦闘が起これば当然、殺し合いになる。人と人とが殺したり殺されたりする。

 私も覚悟を決めなければならない。胃がギリギリと痛んだ。


 人殺しなんてしたくない。けど、もしラスの身に危険が降りかかるなら、私は全力で払う。

 敵を殺さなければ守れないなら……殺すしかない。私にそれが出来るのか――


 その思いを表には出さない。

 ここにいるのは軍人たち。そんな覚悟はとうに決めた人ばかりだ。

 ラスだって、ヨハネさんだって、同胞たちと対峙する決意をしたのだと思う。

 それなのに、大見得切った私が弱腰でどうする。







 卓に地図が広げられて、目的地までの最短距離を確認した。基本はユピテル街道を東に進む。

 しばらくはユピテルの勢力内を進むので、危険はないと思われた。


 一通りの確認を終えて解散になった。

 私は他の女性の魔法使いの天幕に泊めてもらうことになった。

 明日からが、本番だ。







***


その頃の魔界


カイ「主は今日も境界にいるのか?」


シャンファ「ええ。リス太郎と『ゼニス』を連れて、2人分のお弁当を持って行きましたよ」


カイ「2人分」


シャンファ「言っておきますが、リス太郎の分ではないので」


カイ「お、おう……」




東の境界。グレンはおんぶ紐で人形のゼニスを背負っている。足元にはリス太郎。


グレン「はぁ……。ゼニスの帰りはまだだろうか。約束の2ヶ月まであと21日。そろそろ帰ってきてもいいのでは? ねえ、『ゼニス』?」


人形のゼニス「そうだよね。グレンがこんなに心配してるんだから、早めに帰ってくればいいのにね」


リス太郎『腹話術!?』


グ「ゼニスは優しいね。そうだ、今日もあなたの好物をお弁当に詰めてきたよ。食べようね」


ゼ?「わー、嬉しい! グレン大好き!」


リ『お前、一人芝居やってて虚しくないのか……? いよいよ本気でイカレたのか?』


ゼ?「こら、リス太郎! グレンの悪口言わないで。怒るよ!」


グ「いいんだ。そのリスは口が悪いんだよ。あまりひどい時はお仕置きするから、『ゼニス』は気にしないで」


ゼ?「グレン優しい! 惚れ直しちゃう」


リ『うおおおおお……!!』(全身がかゆくなって地面を転がっている)

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