第209話 何が必要?


 私は早速行動を始めた。

 魔法学院まで行って、捜索隊について学院長から話を聞く。

 翌日以降はオクタヴィー師匠も復活したので、さらに詳しく聞いた。捜索隊に加わってくれた人の名簿があったから、もらってくる。

 名簿は総勢約40人。実際に捜索に行かずとも寄付金を出してくれたり、手伝いをしてくれた人を入れると200人に達する勢いだった。かなりの人数である。


 彼らのうち在校生は首都にいるが、卒業生はあちこちにばらけている。

 遠方の人には手紙を書いた。私の無事と今後の事情を知らせて、たとえ私が不在でも彼らの力になるような仕組みを作る旨。

 並行して首都や近郊にいる人と面会をした。話をよく聞けるように、少人数のグループに分けて。


 だいたいの人は「気にしないでいいですよ」と言う。でも、そういうわけにはいかないよ。

 面会を重ねて聞き取りをすると、彼らの要望が少しずつ見えてきた。


「魔法使いのさらなる立場向上」


「魔法学院の教育と施設の充実」


「卒業後も気軽に相談できたり、新しい魔法が開発された際などに再教育をして欲しい」


 こういった意見が多かった。

 魔法使い以外の職業では、各街に職能ギルドがあったりしてバックアップ体制が出来ている。

 けれど魔法使いが頼れる組織は学院しかない。これは問題だと思う。

 魔法使いの就職先はユピテル全土に渡る。最近はフェリクスの冷蔵運輸以外でも引き合いが多いのだ。首都から遠く離れた人も支援できるように、支店ないし出張所を作るべきか。


 魔法学院の支援窓口を増やせば、立場向上になるはず。

 権力者が不当な扱いをしてきた場合、個人じゃ抗議も聞いてくれないかもだけど組織として対応すれば無視は出来ない。

 立場向上と相談機関設置は一石二鳥で行けそうだ。







 教育と施設についてはどうしようか。魔法学院の研究室で考える。

 今の魔法学院は手狭になっている。学生の人数が大幅に増えた上、記述式呪文の研究も進んでいるので、資料置き場や研究室が必要だ。実験室もだ。


「やっぱり郊外に移転かな……」


 口に出して呟いた。

 首都と近郊の地図を引っ張り出して開く。

 首都ユピテルは海――港町から1日の距離。その他、1~2日程度の距離に小都市がいくつかある。ミリィの両親が責任者を務めている、エール醸造所と蒸留酒作りの拠点もある。


 郊外や他の都市に移転するより、いっそ新しい街を作ってもいいかもしれない。

 ふと、そう思った。

 首都は国政の中心地で人口が桁違いに多い。物流の集約地でもあるので、国中のあらゆる物が揃う。

 正直、郊外であっても首都の土地を確保するのは大変そうだ。

 首都から1日か2日程度の距離であれば、首都の利便さを享受しながら安く土地を入手出来る。

 なら、近距離で新しい街を作る。魔法学院を中心に学生寮やその他の設備も整える。


 問題はある。まず予算。

 今まではフェリクスの支援を受けてきたが、今後はあまり頼りすぎるのはどうか。お金を出すってことは、経営権を取るってことだ。

 フェリクスに依存していると、あちらに逆らえなくなる。

 ティベリウスさんは話の分かる人だが、野心は強い。いずれ予定している打倒元老院の計画が実行されれば、あの家門はユピテルの王になるのかもしれない。


 そうなればその後の体制はどうなるか。

 戦乱の時代が続けば当然、魔法も軍事目的に利用されるだろう。そんな時に平和の理念を貫けるのか?

 ……たぶん、難しい。でも全く逆らえず流されるだけの事態は避けたい。交渉して譲歩を引き出せるくらいの力が欲しかった。そうでなければ、理念はもちろん魔法使いたちも守れない。


「ウワーッ、問題山積み!」


 とてもじゃないが数ヶ月とか数年じゃ解決できそうにない!

 これ、私がずっとユピテルに残って対処し続けても一生の課題になるんじゃない?

 魔界で魔法三昧しながらグレンと暮らす夢は諦めた方がいいのか?

 少なくとも数年に1度の帰郷じゃなくて、1年の半分はユピテルで過ごして仕事した方がいい気がしてきた。


 グレンを説得できるかなぁ……。半分も別居となると絶対ぶーたれるだろうな。私だって本当は嫌だよ。


 いっそテレワーク体制を作るか!?

 魔族の記述式呪文は電話もあった。通信距離がどの程度なのか分からないが、上手く使えば何とかなるかも?

 ああもう、どうしたらいいんだ。

 悩むばかりで進まない。







 とりあえず、今ある予算を確認することにした。現状が分からなければ計画の立てようもない。


 学院長とオクタヴィー師匠の立会のもと、帳簿を見る。場所は学院長の部屋だ。

 収支はそれなりの黒字というところだった。現状維持なら悪くないが、資金として元手にするには心もとない額である。

 収入は学生の授業料、卒業生の寄付。魔法分野に新たに参入する商家のお金は、相談料、技術と人材提供料の名目で受け取っている。

 支出は各種の経費。施設維持費、人件費。あと奨学金、ただしこれは基金化しているから別立てになる。


 意外だが税金はない。ユピテルの税制は前世の日本とかなり違うのだ。

 ユピテル市民に対する最大の税は相続税で、相応の割合を持っていかれる。そのため富裕層は相続税対策に熱心だ。

 他にも奴隷の売買や解放時にかかる奴隷税。贅沢品限定の消費税もある。あとは輸出入の関税。

 ユピテル市民権を持たない属州民は、収入に対する税金を支払っている。徴税人が着服するケースも多く、重税が問題になっている。


 だいぶ大雑把な税制だが、これで国が回っているのは「小さな政府」だからだろう。

 ユピテルは公営の事業をほとんど持たない。元老院議員だって無給だ。例外は国軍で、これは予算の大半を費やしている。

 で、街道敷設や水道整備といったインフラ建設は、国軍の兵士を人足として使う。おかげでユピテル兵は一兵卒に至るまで土木工事が得意だ。

 そして、それらインフラのメンテナンスは地元の有志でやる。

 浴場や劇場、列柱回廊フォルムなどの公共の施設もほとんどが私人の寄付だ。これらの建物を寄付したりメンテナンスしたりするのが、ユピテルにおける貴族の主な責務、ノブリス・オブリージュとされている。

 面白いのは新規建設以上にメンテナンスが重視される点かな。ユピテル人はメンテナンスの大切さをよく分かっている。

 それで貴族はもちろん、成り上がりの騎士階級もこういう所で私財を投じないと総スカンを受ける。公共への奉仕こそが名誉というわけだ。


 反面、政府(元老院)の公的な支援は救貧政策の小麦配布くらいで、他は教育も医療も何もない。全部「自己責任」。失業手当があるわけがなく、年金もない。公務員の数は極小。最悪、野垂れ死んでも「自己責任」。

 それゆえパトローネスとクリエンテスの制度があって、みんなお互いに助け合っているのだ。




 私はやっとひとつ理解した。

 学生たちが私をパトローネスとして慕ってくれるのは、彼らが苦労しながら生きてきたからだろう。

 平民、特に都市部の平民は相互扶助の仕組みから外れがち。弱い力しかないのに、自分だけで生きるのを強要されてきた。最近こそ平和だが、戦争になれば財産も命も一切合切奪われてきた。

 だから、頼れる相手が出来て嬉しかったんだと思う。


 頼れるはずの私は考え足らずで、こんな人間だけれども。生まれたばかりのパトローネスとクリエンテスを育てなければならない。

 私個人というより、魔法学院そのものに庇護者の役割をシフトさせながら、より強固なものにしなければ。


 予算の確認をするつもりが、意外な側面を垣間見た。

 おかげで方向性が見えてきた。




 ――教育機関の枠を超えて、魔法学院をパトローネスの役割を果たせる組織に育てたい!




 この目的のためにやはりお金がいる。

 今の土地では手狭で、これ以上機能を増やせない。

 理想は新しい魔法都市を作ること。そのために莫大なお金が必要。


 さあ、どうする。

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