第208話 対等に
昨日はフェリクスのお屋敷で帰還祝いをやってもらって、そのまま泊めてもらった。
前に私が使っていた部屋がちょうど空き部屋のままだったので、そこを借りたよ。隣のアレクの部屋だった場所には、ミリィとガイウスが泊まった。ティトとマルクスはマルクスのお母さんの使用人部屋へ。
次の日、飲み過ぎで頭痛が来てた。ウコンが欲しい……。
ふらふらしながらリビングへ行って挨拶したら、みんな青い顔をしていて笑ってしまった。
ユピテル人は普段はさほどお酒を飲まないせいで、あまり強くないんだよね。ノルド人とかの方がよっぽど強い。
節度を保っていたのはティベリウスさんくらい。いつ何があるか分からないから、羽目を外せないんだってさ。
なおオクタヴィー師匠は完全にくたばっていた。
というわけで午前中はちょっと休ませてもらって、午後から行動を再開する。
まずはティベリウスさんに私の捜索隊の対応について相談した。場所はお馴染みの執務室。1年前と変わらない調度品で、何だか安心する。
リウィアさんも復活したみたいで、執務机に座った夫の横に付き添っている。
「軍から出ていた捜索隊については、特に礼は必要ないよ。元々あの遺跡は軍の要請で行ったわけだろう。護衛もついていたのにゼニスを危険に晒したのは、むしろ向こうの落ち度だ」
「そうですか……?」
「うん。俺からその点を突いて、第三軍団に貸しを作っておいた。だから気にしなくていい。ただミリィは個人で尽力していたから、彼女には友人として礼をしなさい」
「もちろんです」
「次にフェリクスの捜索隊だが、これも何かする必要はないね。ゼニスはフェリクス家門の宝だ。放置などしたら、かえって大変だよ」
「ええと……」
「つまりきみ個人に貸し。それでいいだろう?」
ティベリウスさんはにやりと笑った。具体的な要求がないと逆に怖い。ものすごく高くつく貸しだったらどうしよう!
「恩が増える一方で返せないですよ」
困った末に言うと、彼はおかしそうに笑った。
「今までの功績で十分なんだけどね。まあ、ゼニスが義理堅く恩だと思っているなら、今後もなるべく協力してくれ。
さて、最後の魔法学院の捜索隊だ。これはオクタヴィーの管轄だが……」
師匠はまだくたばっている。たぶん今日いっぱいは駄目だろう。
「俺の知っている範囲では、魔法学院の在校生と卒業生が自発的に集まって捜索隊を組んだ。彼らはゼニスのクリエンテスを自認していたよ」
クリエンテスはユピテルに古くからある言葉だ。
力のある庇護者をパトローネス、庇護下にある者をクリエンテスと呼ぶ。一方的な支援や施しではなくて、相互扶助関係になる。
パトローネスはクリエンテスたちを援助、手助けをする。クリエンテスたちはパトローネスの号令があれば一同に集まって力を尽くす。親分と子分みたいなものかな?
例えば私の生家のエル家はフェリクス家門の分家。フェリクス本家がパトローネス、エル家はクリエンテスである。
それで、魔法学院の関係者が私のクリエンテスを名乗っていたと。
「私、パトローネスに相当するようなことは何もしてないですよ?」
パトローネスは集団の長だ。長が責任を果たすからこそ、子分たちはついてきてくれる。
「本気で言っているのかい? ゼニスは奨学基金を作って平民たちに魔法使いへの道を開いた。それ以前も学院で教育に貢献してきただろう。皆、きみを慕っているんだよ」
言葉に詰まった。だってそれは、どちらかというと私の独断暴走の結果だったから。
魔法がもっと発展して欲しかったから、人材をたくさん育てようとした。
私自身がいっぱい研究したかったから、成果を公表して学院に還元した。
けれど軍事利用ばかり先行するのが嫌だったから、平和の大切さを教えようとした。
だってその方が楽しくて、私に都合が良かったんだ。
「私は……慕われる資格がありません」
これから最低限の仕事だけして、魔界に行ってしまうのだから。
ところが、沈痛な顔をした私をティベリウスさんは鼻で笑った。
いやほんと、目と耳を疑ったけど「ハッ」って小馬鹿にしたように笑ったんだよ。いつも温和な彼のそんな表情を初めて見たので、唖然とした。
「ゼニスは何か勘違いしているね。資格のあるなしはきみが判断するものじゃない。今までの行動と結果が全てだ。
ゼニスという人物のこれまでが、今の彼らを作った。きみの意思がどうあれ、今更変えられない。
であれば、彼らに対してどう報いるかも自分で決めなさい。俺からは以上だ」
そう言ってさっさと席を立ち、部屋を出て行ってしまった。
残された私はポカーンである。
だって今まで困りごとをティベリウスさんに相談して、こんな風に突き放されたことはなかった。
え、なんで? 私、なんか間違った?
「ゼニス、鳩が豆鉄砲食らった顔してるわよ」
今まで黙っていたリウィアさんが、こらえきれない感じで吹き出した。
「あの、リウィアさん。私、なにか失礼をしたかな?」
恐る恐る聞いてみると、彼女は首を横に振った。
「いいえ、逆よ。彼、とうとうゼニスを一人前と認めたの。今までは何だかんだ言いながら、子供扱いしてたのにね。
それが昨日の結婚の話と、今日のゼニスにクリエンテスがいる話で、大人だと認めたのよ」
「ええ? そんな、認めてくれたような感じじゃなかったよ。小馬鹿にされて突き放された気がする」
「そりゃあ一人前の大人相手に、子供にするみたいに優しくはできないでしょ。同じ責任ある立場、クリエンテスを率いるパトローネスとして対等に接した結果、ああなったわけ」
「いやいや! 同じだなんてとても言えないよ! フェリクス家門はユピテルで一番のパトローネスなのに」
「そう? 勢力の大小はあっても、根本的な所は変わらないんじゃない? ティベリウス様は民の上に立つ貴族として、とても誇り高い人。ゼニスを慕う人たちがいる以上、その責任から逃げちゃ駄目と言いたかったのよ」
分かりにくい! こちらは宿酔いが吹っ飛ぶほどビビったのに!
リウィアさんはいたずらっぽく笑った。
「さっきのちょっと冷たいくらいの態度が、ティベリウス様の本来の性格だから。妻の私でさえなかなか見られないのよ、あれ」
「何その『貴重なものが見れてよかったですね』みたいな言い方は」
「実際そうだもの。普段の温厚なよそ行きの顔もいいけど、素顔の方がすてきでしょ?」
いや分からん。リウィアさんの男の趣味は分からん。昔から分からんかった。
「とにかく、見捨てたわけでも突き放したわけでもないから。これからは手加減なく語り合える、対等な仲間ってことよ。
ゼニスのクリエンテスである魔法学院の彼らには、ちゃんと報いてあげてね。ゼニスにしか出来ないことだからね」
じゃあね、と出て行きかけたリウィアさんは、ふと思い出したという様子で戻ってきて、戸棚を開けた。
カゴがあって中には干しイチジクが入っていた。
彼女はイチジクを1つ私に投げてよこした。見事なコントロールの投擲だった。
「これあげる。宿酔いに効くわよ」
そう言って今度こそ出ていった。
……何だったんだ。
私はイチジクをモッチャモッチャと噛みながら、首をかしげた。
何やようわからんが、パトローネスの立場にあると自覚して頑張れってとこか?
まあ確かに、困った時のティベリウスさん頼みをやり過ぎたのかもしれない。特に私は結婚するのだから、フェリクス家門から籍が抜ける。今までのように分家の子として頼るのは出来ない、か。
でも、対等と認めてもらったのはちょっと嬉しいかも。
私は前世込みでアラフィフだけど、前世だってせいぜい数人の部下がいたくらいで、たくさんの他人に対して責任を感じたことはなかった。
プレッシャーだ……。ティベリウスさんは若い頃からずっとこんな状況にいたのか。すごいな。
あぁ、けど、彼とリウィアさんはいい夫婦だなぁ。
リウィアさんは相変わらずべた惚れで夫をよく理解してる。ティベリウスさんもたぶん、彼女を信頼して部屋を出ていった。
ティトとマルクスも。ミリィとガイウスも。憧れる夫婦がいっぱいいる。
私とグレンも彼らのような関係を築けるといいな。
イチジクの最後の欠片を噛んで飲み込む。
その甘酸っぱさに、元気をもらえた気がした。
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