第210話 お金をよこせ

 

 魔法学院の財産は現金はそこそこだが、土地家屋の価値がとても大きい。

 この土地は中心地に近い準一等地だ。学院が建設された当時はここまでの地価ではなかったのだが、首都ユピテルの拡大とともに膨れ上がった。

 ただ所有者の名義がオクタヴィー師匠と学院長で折半になっている。ユピテルには法人という概念がないのである。


「土地の名義が師匠と学院長ですけど、相続税かかりますよね?」


 私が聞くと、師匠が答える。


「そうね。このままじゃとんでもない額になるから、対策しないといけないわ」


「富裕層の相続税対策はどんなものがあるんですか?」


「一般的には、生きているうちに財産を配って相続財産を減らすのが第一かしら」


 生前分与ってやつだな。


「クリエンテスたちに一時金として支払って忠誠を買ったり、名目は贈与だけど代替わり後に一部返してもらうとかね。

 あとはあえて評価額の低い土地を買って、後で建物を建てて売るか経営。あるいは何かの事業に投資して一時的に現金を減らすとか」


「後半はともかく、前半のやつは詐欺じゃないですか?」


「自発的に返してくれるのを止めるすべはないでしょ」


 自発的じゃなくて予め計画しているくせに。これだから金持ちは困ったものである。

 まあいいや、続けよう。


「質問ですけど、土地を担保に借金した場合、借金額が土地の価値を上回ったら相続はどうなりますか?」


「そりゃあ借金の方が多いなら借金そのものを相続ね。相続税はゼロ」


「それじゃあ……魔法学院の土地を担保にお金を山ほど借りて、そのお金を元手に移転するのはどうでしょう」


 師匠と学院長は顔を見合わせた。

 私はここまで考えてきた計画を彼らに話した。

 学院長が考えながら答える。


「なるほど、確かに今のままでは、魔法学院の成長は頭打ちです。魔法使いたちのパトローネスですか……」


「考え方はいいと思うわ。けど、私名義の財産を勝手に運用しないで頂戴」


 と、オクタヴィー師匠。


「師匠の相続人ってもう決まってます?」


 彼女は独身で子供がいない。今後も子を持つつもりはないそうだ。だからどうするのかな、と。


「兄様の子、長子のゼピュロスの予定よ。税金対策で分散するかもしれないけどね」


 ふむ。つまりフェリクス本家か。


「わたくしはゼニスさんに賛同いたします」


 しばらく考えた後、学院長が言った。


「この学院を建てた祖父フェイリムも、魔法と魔法使いの発展を願っておりました。わたくしの財産であれば、そのために使って下さって構いません」


「学院長……」


 ありがたくて、思わず彼の手を握りそうになった。

 すると学院長はちょっと苦笑して続けた。


「このままでは、わたくしは相続税を払えませんから。相続人はシリウスです。彼が税金対策をするとも思えませんしね」


 あぁ、うん。シリウスに実務は全く期待できないもんね。


「私は構うからね。ゼニスの一存で決めるのは駄目」


 師匠が言う。


「けち!」


「馬鹿言わないで。この土地の分だけでどんな額なのか、ゼニス、本当に分かってる?」


「分かってます。銅貨をお小遣いにする子供じゃないんだから」


「じゃあ軽々しく言えないのも分かるでしょ。この土地の金額以上の借金をさせてくれる家だって、フェリクス以外にどこがあるっていうのよ」


「1つの家では無理でしょうね。でも、複数ならどうですか」


 そう言い返したら、師匠は言葉に詰まった。







 魔界に行く前から魔法分野はかなり伸びていて、あちこちの貴族や騎士階級(大商人)から参入の打診が来ていた。顔つなぎをした家もいくつかある。


「土地の価値がこのくらい、最大で借金できる額はこのくらいで」


 紙に書いて計算していく。


「街の整備にかかるお金は、さすがに正確には分かりませんが。前に植民都市建築の資料がありましたよね」


 ティベリウスさんは元老院議員だ。既に主だった役職は歴任していて、会計官クァエストルも経験済み。会計官は国家財政の管理職である。

 そんな彼が会計官時代に資料を見せてくれたことがあった。たぶんラスの勉強用だったんだと思う。私は一緒に見て軽く学んだ。というわけで、概算くらいなら分かる。


「それに基づけばこのくらい。ええと、植民都市は軍団兵を人手に使っていたから、その分は調整して……どうでしょうか?」


「案外、何とかなりそうですね」


 学院長が唸っている。

 師匠は鼻にしわを寄せた。


「駄目! こんなのただの机上の空論じゃない。だいたい、借金の返済はどうするの。いくら土地が担保でも、返すあてのないお金を貸してもらえるわけがない」


「返すあてがないなら作りましょう。魔法学院の収益性を高めて」


「……具体的には?」


 師匠がすごい目で睨んでくる。


「第1には、魔法学院をしっかりパトローネス化した上で、魔法使いたちから会費を徴収。ただ経費も増えるから収益増はあまり見込めませんね。

 第2は今まで師匠や私が個人的にやっていた、外部の商家の参入対応を部門化。幅広く門戸を開いて多くの機会を取り入れる。

 第3は魔法使いの人材管理。卒業後の魔法使いをプールして、派遣したり仕事先とのマッチングに力を入れる。それで、管理料と手数料を取る」


 人材派遣業というと日本では中抜き横行の粗悪な業者が多かった。でも本来あれは高度な技能を持つ専門家向けの制度だ。

 一時的に高い専門性の人材が必要になった時に、自前で雇用も育成も出来ないから頼る。派遣する方は仕事内容をきちんと確認した上で、適切な人材を相応に高額な料金で派遣する。決して「ハケンさん」みたいな使い捨てではない。

 特に魔法使いは研究職志望が多い。全員を研究のみで置いておくのは、現状ではまだ無理。だからこうして効率よくお金稼ぎをしつつ力を発揮してもらうのだ。


「あとは魔法技術の特許制度などがあれば、もっと収入が見込めたのですが」


 ユピテルにはそういう制度どころか、そもそも特許という概念がない。

 特許の説明を一応2人にするが、ピンとこない様子だ。時期尚早というやつか。


 今後は魔界で学んだ記述式呪文のうち、軍事利用に直結しないものを少しずつ伝えて行くつもりである。

 全ての技術は軍事に転用できると思うが、それはもう仕方ない。平和の理念とセットで教えて、あとは各人に任せるしかない。

 魔導具の開発が本格的になれば、収入増に結びつく。

 それまでに可能であれば、特許や著作権の概念も広めたい所だ。法律として成立すれば言うことなし。


 ――そうなれば。

 魔法学院で育ったたくさんの魔法使いたちが、アイディアと技術を競いながら開発を進める。とてもワクワクする未来図だった。


「収入の道も色々あるものですね」


 学院長が感心した。師匠はまだ難しい顔をしている。


「ゼニスはいつも理想だけは高いのよ。でも実際の作業は割と丸投げ。

 今回も理念と枠組みはいいわ。で、実現するにはどうするの? きみ、あと1ヶ月半もすれば魔界に戻るんでしょ?」


 うっ。痛いところを突かれた……。

 丸投げは言い過ぎだけど、色んな人に頼ってきたのは本当だ。この話だってとても私だけじゃどうこうできない。


 本当はユピテル滞在を延長するとか、来年また帰ってくるとか言いたい。

 でも確約は出来ないんだ。グレンに相談しなきゃだし、今は上手いこと稼働している人間用境界も、いつまで安定していてくれるか少し不安がある。土地の魔力が変動などしたら、また調整からやり直しだ。


 だから、今回の滞在中に何としてでも目算を立てておきたい。







***


その頃の魔界


シャンファ「グレン様。それは一体何ですか……?」


グレン「ゼニス人形だ。本人に似て愛らしいだろう」


シ「それは見れば分かります。そうではなく、何故食卓に人形を座らせて食事まで用意しているのですか」


(食卓の椅子に座っているゼニス人形)


グ「ゼニスは食いしん坊だから。好物を食べさせてあげたい」


シ「人形ですよ!?」


グ「そうだが?」


シ「……(返す言葉が見つからない)」


リス太郎『シャンファ、やめておけ。深く考えたら負けだ。コイツが大馬鹿だと思っておけばいい――あ、痛っ! 頬をつねるな、頬を!』

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