第205話 久々のお屋敷


 魔法学院からフェリクスのお屋敷まで1人で歩いていくつもりだったけど、知らせを聞いたティトとマルクスが駆けつけて来てくれた。


「お嬢様……」


 怒られるかと思ったのに、ティトは困ったように微笑んでいるだけ。

 そんな彼女の腕には小さい赤ちゃんが抱かれていた。


「ゼニスお嬢様がいない間に生まれたんだ。男の子だよ」


 マルクスが言った。彼は4歳の娘の手を引いている。この子はお姉ちゃんになったんだね。


「あの時は気づかなかったけど、お嬢様が出発した時には、もうこの子がお腹にいたみたいで。前と同じ産婆に取り上げてもらって、産褥熱にならずに床上げできました」


「そっか、良かった! 遅くなっちゃったけど、おめでとう」


 私が笑って赤ちゃんの頭を撫でたら、ティトは急にポロポロと泣き出した。


「お嬢様……あたし、よっぽどお嬢様を探しに北の森まで行こうと思ったんです。でも、どんどんお腹が大きくなって、動けなくなって。とても悔しかった……」


 泣き出した母を見て、小さい娘がびっくりしている。マルクスはそんな妻の肩を抱いた。


「代わりに俺が一度、捜索隊に入ったよ。でもどういうわけか、何度試しても遺跡にたどり着けなかった」


「捜索隊? マルクスが?」


 北部森林は特別に危険というほどではないが、なにぶん遠い奥地だ。熊や狼も出る時は出る。


「おう。捜索隊は全部で3回は出てたな。軍が出した公式のと、フェリクスと魔法学院が出した有志のとで。それ以外もミリィは何度か森まで行ってたみたいだ。でも結局、どうしても例の遺跡の場所まで行けなかったと聞いてる」


「そんなことになってたの……」


 なんということだ。心配どころか手間もすごくかけてしまっている。

 後でティベリウスさんに会ったら、捜索隊に加わった人たちにどういう風にお礼をしたらいいか相談しなければ。


「ごめん、ティト、マルクス。赤ちゃんが生まれる大事な時に、心配ばかりかけて」


「本当ですよ! ……でも、マルクスが捜索隊から帰ってきてから、考えを変えたんです。ゼニスお嬢様があたしたちを放っていなくなるはずがないって。だからこの子を無事に産んで、家族みんなで元気なところを見せてあげないと、って」


 ティトは赤ちゃんを抱く腕に力を入れた。マルクスは足にしがみついている娘の頭を撫でている。


「ティトは正しかった。今日、お嬢様の無事な姿を見れたもんな」


「ええ、そうよ。絶対に帰ってくるって信じてたわ。お嬢様、この子を抱いてあげて下さい。お嬢様みたいに元気で才能のある子に育つように、祈ってあげて下さい」


 私はティトから赤ちゃんを受け取った。小さく見えたけど、もう首も座っている。それだけ長い間を留守にしていたと実感した。


「でも、私みたいになったら困るんじゃない? イカレポンチになっちゃうよ?」


「その時期は省略でお願いします。手に負えません」


 そうしてみんなで笑い合った。

 笑顔になった母親を見て、小さい娘はぴょんぴょん跳ねる。腕の中の赤ちゃんは驚いて泣き出す。

 とてもにぎやかで、幸せなひとときだった。







 子供たちも連れてフェリクスのお屋敷に行った。リウィアさんと彼女の子供たち、それに使用人や奴隷の人たちからたくさん歓迎されたよ。ラスの保護者役のヨハネさんもね。

 リウィアさんの長男ゼピュロスくんはもう9歳。ずいぶん大きくなった。弟と妹を引き連れてお兄ちゃんしていたよ。

 ティベリウスさんは仕事で出かけていたけれど、もうすぐ帰ってくるとのこと。ラスは彼の秘書官として同行しているそうだ。


 夕食の支度が整うのを待っていたら、ミリィがやって来た。夫のガイウスも一緒だった。

 抱き合って再会を喜んで、話を聞いた。ミリィが思ったより元気そうで安心したよ。

 ガイウスはミリィが職務中に怪我をしたのと、私の捜索隊を取り仕切るのとでこの1年首都に滞在していたそうな。


「ミリィ、軍を辞めちゃったんだって? まさかあの時の怪我が原因じゃないよね?」


「違うわよ! 怪我が完治するのはちょっとかかったけど、別に今は何ともないわ。前にも言ったでしょ、そろそろ子供が欲しいから除隊を考えてるって。……それよりどういうことなの?」


「何が?」


「オクタヴィー様から聞いたわ。結婚するんですって?」


「あ、うん」


 ティトとマルクスもこっちを見ている。興味津々という顔だ。


「どこのどいつよ、『このゼニス』を落としたタフな男は」


「なにそれ。ひどくない?」


 みんな『あのゼニス』とか『このゼニス』とかさぁ。

 しかし言いにくいな。だって、グレンはミリィに怪我させた張本人だもの。


「ミリィも知ってる人だよ……」


 ぼそっと言ったら、ミリィはいきり立った。


「はぁ? あの事件に関わって知っている奴なんて1人しかいないじゃない。まさかあの銀髪?」


 1人ではない、狼モードのカイもいたじゃないか。まあそれはどうでもいいか。


「……そうだよ」


「はぁぁ!?」


 ガシッと肩を掴まれた。


「ゼニス、大丈夫!? ずっと捕まっていて洗脳されたんじゃない? 捕虜でそういう例があるのよ。敵なのに妙に仲良くなってしまう人」


 ほほう、ストックホルム症候群はユピテルでも知られていたのか。

 ミリィは芝居がかった口調で続けた。


「可哀想なゼニス。きっと正気じゃいられないほどひどい目に遭ったのね。でも、もう大丈夫だから。あなたは帰ってきた。後はゆっくり休んで、正気を取り戻して」


「本当ですか、お嬢様?」


 ティトが疑い深い目で見ている。私は慌てて否定した。


「違う違う! 別にそんなにひどい目に遭ってないって。彼はいい人……でもないけど、まあ、私のことは大事にしてくれるし、むしろ大事にしすぎてちょっとアレなんだけど、えーと……」


 何とかグレンをフォローしようとしたのだが、今ひとついい言葉が出てこない。


「まさかと思うけど……」


 ミリィが低い声で言った。


「顔で選んだんじゃないでしょうね。きれいな顔してたものね、あいつ」


「お嬢様はそんなに面食いでしたっけ? その割にはお見合いで美形の男性も断っていましたが……」


 と、ティト。私は必死に弁解した。


「違うよ! そりゃ顔も好きだけど、それだけじゃないよ!」


「やっぱり顔じゃない」


「それだけじゃないし」


「じゃあ他にどういうところよ。体の相性とか?」


「ブエーッ」


 むせたついでに変な声が出た。


「ミリィ、そういうのはゼニスお嬢様には刺激が強すぎ……でもないわね、もう結婚するんだから」


「そういう変な声を聞くと、お嬢様が本当に帰ってきたと実感するよ」


 マルクス、そんなことで実感しないで欲しい。

 ミリィはさらに続ける。


「あのねえ2人とも。ゼニスはもう結婚が決まった以上、『お嬢様』じゃないでしょ。『奥様』って呼びなさいよ。ゼニス奥様って」


 ちょっと勘弁して下さい。

 今日のミリィは少々テンションが高すぎると思う。普段から明るい人だけど、ここまでじゃない。

 ずっと私のことを探してくれていたみたいだから、安心した反動かなぁ? じゃあ文句も言えないや。

 でも、そろそろ止めて欲しい。そう願いを込めてガイウスにアイコンタクトしたら、目を逸らされた。ひどい!




 そのような感じでだいぶグダグダになったところで、ティベリウスさんとラスの帰宅が告げられた。

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