第204話 説明


 ここにいるメンバーは、全員が信頼できる人で魔法使いである。

 だから私は、魔族と魔界の話を包み隠さずに打ち明けた。私の前世の話だけはぼかしたが……。


「魔法語を母語とする民族だと? 数ある魔法語の遺跡も、あの石板も、全てそいつらが作ったというのか」


 シリウスが落ち着きなく目を動かしながら、考え込んでいる。


「1万年の寿命だなんて、冗談でしょう。ユピテルの神々だってそんなに長生きじゃないわよ」


 これは師匠だ。


「フィルヴォルグ古王国ですか……。我がアルヴァルディの一族は、遡れは古王国に連なる血筋と伝えられていますが、今まではその国の存在自体が疑われていたのに。実在したんですね」


 と、学院長。

 皆が皆、いきなり目の前に飛び出してきた新しい事実を受け止めきれずに呆然としている。

 しばらく流れた沈黙を破って、カペラが言った。


「それでゼニスさんは、グレンさんという人と結婚するんですか」


「うん。これからは魔界で暮らすつもり。ユピテルには何年かに一度戻ってくる予定でいるよ」


 今回は身辺整理に来たこと、結婚の報告をしに来たことを伝えた。


「やりかけの仕事を放り投げてしまう形になってしまって、とても申し訳なく思っています。でも、今回も次回以降の帰郷でも、できる限りのことはします」


「本当にね。きみは自分がどれだけ重要人物か分かってないのね」


 師匠が不満そうに前髪を指で弾いた。


「この1年、ゼニスが不在でどれだけ大変だったか分かる? 魔法学院の講義はかろうじて回っていたけれど、奨学金の件もゼニス目当ての事業参入の対応も、他にも本当に苦労したわ。それで今後は魔界とやらで暮らしますって? 勝手すぎるでしょう」


「オクタヴィーさん、せっかく結婚という慶事の報告なのに、その言い方は」


 学院長がなだめてくれたけど、師匠は聞かなかった。


「ゼニスは魔法学院の、ひいてはフェリクスの看板なの。氷雷の魔女、竜殺しの大魔法使いの実績と名声があるからこそ、新しいことを実現できた。奨学金や科学の講義や、魔法使いの心構えの教え、それに印刷事業もそうね。出産時の消毒普及なんてのもあったわね?

 きみがいなければ、これらの事業が柱を失ってしまうの。瓦解してしまうわ!」


 私は思わず両手を握り締めた。無責任は承知しているつもりだったけど、こうして改めて言われると見通しが甘かったと実感する。

 本来であれば、一生をかけて取り組むべき問題ばかりだ。その責任を軽く見るべきではなかった。


「……何とかします」


「どうやって?」


「仕組みを作ります。私がいなくてもきちんと回っていくように。ルールとお手本を作って、誰でもある程度はこなせるようにします」


 システム構築とマニュアル化は前世の仕事そのもの。今だって得意だ。

 それに、ある意味ではユピテル共和国らしいやり方と言える。

 ユピテルは寡頭制と成文法の国。王や皇帝といった絶対者がいない代わりに、規則を明確にして複数人で分担する体制を作ってきた。

 だからきっと、このやり方はユピテル人たちに馴染むと思う。


「言うだけなら簡単よ。見通しは立っているんでしょね?」


「はい。まだ草案ですが、考えてはいました。皆さんと相談しながら詰めて行きたいです」


 私もある程度は用意していた。でも、もう一度気合を入れて取り組まなければ。


「なら、力を尽くしてやり遂げて頂戴。形になるまでは、魔界とやらに戻るのは許さないわ。何なら結婚の許可も出さない」


「オクタヴィー様、ひどいです!」


 カペラが声を上げた。


「せっかく、あのゼニスさんがいい人を見つけたのに! そこは祝福しましょうよ」


『あのゼニスさん』って何よ、『あの』って。

 ていうか師匠に結婚の許可出す出さないの権利、ある?

 ……まあ、あるっちゃあるな。ユピテルは家父長制だから、まずお父さんの許可を貰う必要がある。次にフェリクス家門の長であるティベリウスさんの許可も。

 師匠は私の後見人なので、ティベリウスさんの代理を務められる。師匠のことだから代理どころか自分こそが許可を出すと言うだろう。

 というわけで、もしグレンが人界に出てこられるとしたら、この3人に「娘さんを下さい」をやらないといけない。前途多難である。







 私が少し遠い目になっていると、シリウスが立ち上がった。


「雑務の話は済んだな? ゼニス、魔法についてもっと聞かせろ。特に記述式呪文についてだ!」


「あ、ごめん。シリウスに教えるの、かなり優先順位低いから。先に仕事の仕組み作りをやって、もし時間が余ればで」


「なんだと! ふざけるな、散々待たせて答えがそれか!」


 怒りが再燃してる。まあ、彼にしては師匠と私の話が終わるまでちゃんと待っていたので、上出来ってとこだ。

 けど悪いね、先に責任をきちんと果たさなきゃ。たぶん今回は無理だ。次回の帰郷を待ってくれ。


「いいから来い! しっかり教えろ!」


 かなり本気で怒っているのだろう、久々に腕を掴まれた。学院長とカペラが腰を浮かすが、私は首を振ってみせた。


「来い……!?」


 力いっぱい引っ張っているのにびくともしないと気づいて、シリウスが愕然としている。

 彼はひどい運動音痴だが、腕力は人並みだ。つまり普通の成人男性並み。

 それが特にマッチョでもない女性の私を、全く動かせないでいる。


「お前、なんだ、その力は……」


「ふふふ。聞きたい? 身体強化といって、魔法の一種だよ」


「な、なんだと!! 教えろ、今すぐ教えろ!」


「だから後でね」


 私は立ち上がって、シリウスの肩を掴んだ。ぐっと力を入れてソファに座らせてやる。抵抗を感じたが力ずくだ。

 人間用境界の開発と並行して、魔力回路や内部魔力の訓練も毎日積んできた。しっかり成果が出ていて嬉しい。


「というわけで、師匠、学院長。仕組み作りはすぐにでも取り掛かります。ただ、故郷の両親に報告はしないといけませんので、その分だけお休みを下さい。往復込みで6、7日くらい」


 本当はもう少しゆっくりするつもりだったけど、そうも言っていられない。

 師匠は押さえつけられたシリウスを驚いた目で見ていたが、我に返ったようにうなずいた。


「いいわよ。実家には先に手紙を出しなさい。いきなり帰ったら驚いて腰を抜かすかもしれないでしょ」


「そうします」


「それから、他の皆にもちゃんと報告するのよ。特にラス王子とミリィね。あの2人は心労がひどくて、やつれてしまうくらいだったから」


 懐かしい名前に思わず目の奥がじんとする。


「もちろん、ティトとマルクスもね。彼らも口では大丈夫と言うけれど、どう見ても平気ではなかったわ。

 まったくゼニスは、どれだけ心配かけたら気が済むのかしら」


「すみませんでした……」


 こればかりは言い返せるはずもない。

 ミリィは境界の件をきっかけに軍を辞めて、今は首都にいるらしい。怪我の後遺症かと心配になったが、そうではないとのこと。

 師匠から声掛けをして皆を集めて、フェリクスのお屋敷で夕食を取ることになった。


 窓を見ると、そろそろ夕方になろうとしている。

 私は研究室に荷物を置いて、お屋敷に向かうことにした。




 ラスとミリィに無事を報告するのはもちろんのこと、ティベリウスさんから結婚の許可を取り付けないといけない。

 たぶん彼のことだから、すんなり要求を通してはくれないだろう。気合が必要な案件だ。

 魔王様とグレンに魔族全体としての意志は確認してある。あとは私が上手く交渉しなければと、決意を新たにした。

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