第203話 再会


 人酔いしながらフラフラと歩いて、魔法学院までやって来た。青と白とで塗られた壁が、とても懐かしい。

 以前と変わりがなければ、オクタヴィー師匠はこの時間は学院にいるはずだ。

 開け放たれたままの正面玄関から、中に入った。


 そのまま通路を進みかけて、ふと思う。1年も勝手に留守にしていたのだから、もう私は半分部外者かもしれない。

 一応、受付を通してから師匠の部屋に行こう。


「すみません、こんにちは」


 私は玄関脇の受付に声をかけた。


「魔法学院へようこそ。どんな御用ですか?」


 以前と同じ事務員さんが笑顔で対応してくれる。ああ、懐かしい。


「オクタヴィー師匠はいますか? 面会希望です」


「オクタヴィー・フェリクスに面会希望ですね。では、お名前を……!?」


 事務員さんは言葉を切った。私を指さして口をパクパクさせている。


「ぜ、ぜ、ゼニス様……っ!?」


「アッはい、そうです。ただいま戻りました。長らく留守にして、すみませんでした」


「大変! なんてこと! ゼニス様が!!」


 事務員さんは私の言葉を聞かず、走って行ってしまった。すごい勢いだった。


「ゼニス先生?」


「え、まさか」


 周囲にいた学生たちがざわざわし始めた。あれ、なんかヤバいかも?


「本当だ! ゼニス先生!」


 学生の1人が駆け寄ってくる。奨学生の2年生、いやもう3年生か。勉強熱心な平民の少年だった。ちょっと見ない間にずいぶん背が伸びている。


「1年も今までどうしてたんですか! 俺らがどれほど心配したか」


「そうですよ! もう死んでしまったという噂が流れて、そんなはずはないってみんなで言ってたんです」


 あっという間に人が集まってきて、もみくちゃにされた。ひぃー。

 でも、彼らの言葉で魔界と人界の時間の流れが同じだと確認できて、心の隅でほっとした。浦島太郎みたいなことになってたら嫌だなと心配してたから。

 人の波に溺れてあっぷあっぷしていたら、急に動きがピタリと止まった。

 見れば人の波が左右に割れていく。その先から悠然と歩いてくるのは、オクタヴィー師匠だ。後ろには事務員さんの姿も見える。

 師匠はぐっと胸を張って相変わらずの赤毛を揺らして、私に歩み寄った。


「ゼニス。無事に帰ってきたわね。……お帰りなさい」


「はい、師匠。ただいま!」


 彼女が差し出した手を握ったら、周囲から拍手と歓声が起きた。て、照れる。

 オクタヴィー師匠がもう片方の手を挙げると、拍手はスッと止まった。訓練されている……。


「学生の皆が喜ぶ気持ちは、よく分かるわ。でもまず、私に話を聞かせて頂戴。ゆっくり落ち着いてね。

 皆、いいわね。ゼニスを借りるわ。後で改めて挨拶させるから、待っていなさい」


 はい、はーいと声が上がる。

 そして師匠は踵を返し、歩き始めた。私は忠実な犬みたいに、その後姿についていったのである。





 オクタヴィー師匠の部屋に入るなり、ぎゅっと抱き締められた。


「この馬鹿弟子! 1年もいったいどこをほっつき歩いていたの!」


 私は答えようとして、師匠の目からこぼれる涙に気づいてしまった。

 彼女が泣いているところを見るのは初めてだった。何せ師匠はプライドが高くて意志も強くて、いつも綺麗でかっこいい人。こうして他人に弱さを見せるなんてあり得ないことだったから。


「……ごめんなさい」


 そう言うのがやっとだった。

 しばらくそうして抱き合った。私が彼女の背を撫でるべきか悩んでいたら、ドアがノックされてガチャリと開く。顔を出したのは学院長だ。


「ゼニスさんが戻ったと聞きまして……おっと?」


 師匠はパッと私から離れた。ばつの悪い顔をしながら涙を拭っている。

 学院長はよく出来た人なので、気づかないふりをしてくれた。


「ゼニス、とりあえず座りなさい。行方不明だった時の話をゆっくり聞かせてもらうわ」


「はい」


 師匠は奴隷の人を呼んで、お茶を淹れてくれた。学院長と3人で飲む。


「シリウスとカペラにも知らせましたので、もうすぐ来ますよ」


 と、学院長。では人が揃ってから話をしようということで、彼らを待った。

 ほどなく兄妹がやって来た。カペラはやはり涙を浮かべながら再会を喜んでくれた。で、シリウスは何故か怒っていた。


「ゼニス、お前は馬鹿なのか? 大発見の遺跡に行って、1年も帰らないなんてどうなってるんだ! 僕がどれだけ待ったか分かるか!?」


「兄さん! そんな言い方はひどいでしょ! ちゃんと素直に、毎日心配して帰りを待っていたって言えばいいのよ」


「心配したのは確かだが、それ以上に僕は魔法の成果を楽しみにしていたんだ! それをこんなに待たせて!」


 怒り心頭のシリウスにあっけにとられたが、話を聞いているとだんだん分かってきた。

 どうも彼は、私が生きているのは(根拠もなく)固く信じていたらしい。だからひたすら待っていてくれた。でも待ちすぎたので、帰還を喜ぶよりも怒りが先に来てしまった、みたいな。

 相変わらずよく分からん思考回路である。

 とはいえゼニス死亡説が噂になっている中で、生きているのを信じてくれたのは嬉しかったよ。待っていてくれたのもね。


 ぷんすかしているシリウスをカペラがなだめている。学院長は困り顔、師匠は冷たい目だ。


「シリウス・アルヴァルディ、いい加減に黙りなさい。ゼニスの話が聞けないじゃない」


 師匠がビシリと言って、シリウスはようやく口を閉ざした。怒りと期待がないまぜになった目でこちらを見ている。


「じゃあ、順を追って話しますね。まずは北部森林の遺跡で、私が連れ去られた後のことを」


 お茶を一口飲んで喉を湿らせて、私は話し始めた――







***


その頃の魔界


※注:リス太郎の言葉はグレンに通じていません。


グレン「ゼニス、早く帰ってきてくれ……。寂しくて死にそうだ」


リス太郎『まだ3日だろう。早すぎるぞ。しっかりしろ』


――2日後――


グ「もう駄目だ……。私はゼニスに会えないまま死ぬんだ……」


リ『まだたったの5日だろうが。今からそんなでどうする、馬鹿!』


グ「今、悪口言っただろう」(リス太郎のほっぺを引っ張る)


リ『なんでそこだけ分かるんだ!?』

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