第202話 首都への道のり
以前は汗だくでのろのろと進んだ森を、一気に飛び越す。
今、ホウキの時速は40キロくらい。このくらいが速度と安全のバランスがいいのである。
最高時速は200キロ程度出るようにしたが、そこまでの速度は緊急用だ。普段はリミッターをかけている。
80キロで第1リミッター、それ以降は第2リミッターを解除して使う。
「緊急事態! 第1、続いて第2リミッターを解除します。最大速度200キロ、弐号機、いっけぇぇえええ!」
といった、浪漫ある展開を期待してのことだ。その方がかっこいいじゃん!
それはさておき、現在時刻は13時を回ったところ。日没は19時の見込みなので、休憩時間を考えても5時間程度は移動できる。移動距離、ざっと200キロである。徒歩ではありえない距離だ。魔道具万歳だね。
方角を確かめながら飛んでいると、日没の少し前で森の中の集落が見えてきた。最初に境界を目指した時に1泊して補給をした、小さな開拓村だ。
あの遺跡発見者の若者は元気にしているかな?
徒歩なら5日もかかったくせに、飛んできたら半日で到着してしまった。
本当は村で泊めてもらいたかったけど、いきなり森の中から女が1人現れても怪しすぎるだろう。
一応、村長とは面識がある。でも、私が長らく行方不明だったのは彼も知っているはず。亡霊や妖怪だと思われて襲われても困るので、村からほどほどに離れた場所で野宿した。
荷物の関係でテントはなく、木の根元で毛布にくるまって眠った。雨が降っていなくて助かったよ。
1人で夜を明かすのはさすがに寂しい。グレンからもらった指環を撫でて気を紛らわせた。
指環の連絡機能はさすがに世界を超えては発揮できない。でも、触っていると彼を感じられるような気がした。
翌朝、あまり良く眠れなくて夜明け前に目が覚めた。背中が痛い。
携帯食をかじって顔を洗い、さっさと出発する。
徒歩ベースだとここから1日程度で街道に出て、さらに2、3日で北西山脈の麓の街に着く。
麓の街まで行けば人通りは多い。その手前まで飛んでいくことにした。
街道を迂回しながら半日くらい飛んだ。だんだん人影が増えてきたので、見つかる前に降りる。
少し離れた場所から歩き始めて、何食わぬ顔で街道に合流した。
麓の街はもう目の前だ。
そうして街に入った。
相変わらずの活況で、毛皮の束を振り分けたロバや、砕いた石や砂を積んだ荷馬車が行き来して、ごった返している。
魔族の街はひっそりとしていたので、こんなに人がいっぱいいるのは久しぶり。人酔いしそうである。
喧騒の中、耳に飛び込んでくるユピテル語が懐かしかった。
まだ夕方になる前で、宿に入るには早い。
少し迷ったけど、魔力石の採掘場を見に行くことにした。1年以上行っていなかったから、ちょいと心配だったのだ。
街の真ん中を貫く大通りを歩いて、山の方へ行く。切り開いた森の向こう側に、若木ばかりが生えている場所が見える。植林した場所だ。
最初の植林は、魔力石の鉱脈を発見した直後。もう8年前になる。
樹木の成長としてはまだまだだが、こうして育っている様子を見ると嬉しくなった。
帽子を目深にかぶりつつ、私は周囲の様子を見て回った。
採掘で出た掘削土が運び出されて、小屋の横に積んである。魔法使いが何人か『小石を砕く魔法』で石の処理をしていた。
その向こうでは土や砂が袋詰めされて、荷馬車に積まれていた。街道敷設の資材として使うのだろう。
近くに流れている川は濁っておらず、空気が汚れている様子もない。
働いている人々の表情も明るくて、活気に満ちていた。
「うん、問題なさそうだね」
小さく呟いてその場を離れた。
別に隠れるつもりはないんだけど、なんか、1年ぶりにひょっこり顔を出すのが恥ずかしくて?
ただいま! と言うのは、首都に帰ってからにしようかなーなんて。
この街の正式な視察は、帰りがけでもできるから。
そんなわけで、宿もいつもの常宿ではなく別の場所にした。
ユピテル通貨の持ち合わせがなかったので、近くの質屋で指輪を換金する。魔界のものだけど、人界にもある素材で作った素朴な一品だ。これで当面の路銀をゲット。
交渉時、とっさにユピテル語が出なくて焦った。丸1年言葉を使っていないとそうなるか。
日本語は意識して忘れないようにしていたけれど、ユピテル語は盲点だった。今後は魔界で暮らすから、気をつけよう。
宿で一泊後、朝早くから出発した。昼間は歩きで、夜になったらコソッと飛んで時間短縮をする。
身体強化の視力応用で暗視の術もある。夜でも低速で飛ぶくらいなら問題ない。
2時間くらい飛んで次の宿場町に着いたら、何食わぬ顔で宿屋に泊まるのだ。
結果、6日の日程を半分の3日で首都へ到着できた。
人界に戻ってきてから、ここまで5日。本来の日程よりかなり短縮出来た。
帰りも同じくらいの時間で行けるだろう。
そうして私は、1年ぶりに首都ユピテルの石畳の道を踏んだ。
よく晴れた初夏の日の午後のことだった。
首都に戻ったら、オクタヴィー師匠にまず会いに行こうと決めていた。
彼女は私の後見人で、上司で、小さい頃からずっとお世話になってきた人。一番、義理を果たさなければならないだろう。
次はやはり立場上、ティベリウスさん。その次がラス、ティトとマルクス、ミリィ。それにシリウスとカペラかな。あとは学院長と魔法学院の皆さん、フェリクスのお屋敷の人たちも。
首都の表通りは、相変わらず人の数がすごい。北西山脈の街をさらに上回る混雑っぷりである。
荷物を振り分けたロバや馬、何ならラクダまでいる。人々もユピテル人からノルド人、ひげを生やしたグリア人。南部大陸の生まれらしき黒い肌の女性と、東方の雰囲気をまとった商人風の男性など、まさにるつぼだ。
ずっとここで住んでいた頃は気に留めていなかった、子供たちが走り回る様子。路地から鶏が顔を出して、コケコッコと鳴いている。
当たり前だったはずの活気が、今はまぶしく感じた。
もう夏だから、通りの店にかき氷の看板が出ている。車輪に氷のあのマーク、懐かしさに胸がギュッとなった。
さあ、魔法学院へ行こう。
***
どうでもいい裏設定。
麓の街で換金した魔界の指輪は、ゼニスは魔力のない普通の素材を選んだつもりが、実は人界においては超珍しいものだった。
200年くらい後にどこぞの魔法使いが発見。古の大魔法使いに由来する伝説のアイテムとして国宝になる。
ゼニス「うそだろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます