第199話 後日談


 誘拐騒動の後、私はお休みをもらって療養に専念した。具体的にはジョアンが牢から出て領地に強制帰還になる10日間を休日にしてもらった。

 顔の腫れは2日程度で引いたが、その後はけっこうひどい青あざになって人前に出にくかった。

 首はしつこく痛んで、塗り薬と喉の飲み薬を併用する羽目になった。それに精神的にも不安が残ってしまったので、ゆっくりするのもいいと思ったのである。


 お休み中は誰もがめちゃくちゃに甘やかしてきた。

 ごはんは上げ膳据え膳。ちょっとお手洗い行こうとしただけでシャンファさんやカイが飛んできて、手を貸そうとする。

 知り合いの侍女さんやお役人、学者さんたちから差し入れのお菓子やお花を山ほどもらってしまった。

 何日かに一度は魔王様もひょっこりやって来て、その度に手土産をくれる。


 なお、同じ負傷仲間(?)のリス太郎もなかなかの厚遇を受けている。

 まず彼のケージが立派なものに作り直された。それまでは西棟の片隅に置いてあったのが、中庭に専用の小屋が建てられた。

 スペースがかなり広くなって、夜の間も快適に過ごしている。

 そして、私のお見舞客たちがリス太郎にも差し入れをしていく。好物のクルミやカボチャの種をたくさんもらって、満足そうだ。

 シャンファさんが甘やかすのをいいことに、彼女の肩に乗ったり、カイの背中を登って頭の上に座ったりしている。


 あの時、リス太郎が割って入ってくれなければ、私は完全に気絶していた。

 その場合、ジョアンの前に引き出された時に上手く対応できたか分からない。100パーセント魅了にかかって反撃できなかったかもしれない。

 そう考えると、彼の功績は大きいね。







 そうしているうちに、お休み期間も終りが近づいてきた。

 怪我はほぼ良くなった。

 精神的にもだいぶ立ち直った。もう怖い夢は見ない。


 思うに、直後に自分の手で報復したのが良かったのかもしれない。

 ……いや、ジョアンのドM性癖を呼び起こしてしまったのは最悪だけど。

 そうじゃなくて、棒打ちの刑含めて自分でやり返したおかげで、一方的な恐怖とか屈辱とかを溜め込まずに済んだ気がする。トラウマになる前に自信を取り戻せた感じかな。まあ、あくまで今回はそうだった、という話だ。


 しばらくゆっくりしたおかげで、気力も体力も戻った。

 皆さんがずっと甘やかしてくれるので、さすがに申し訳なくなってくる。


「どうしてみんな、ここまで気を遣ってくれるんだろう」


 8日ほど経過した夜、私はお菓子の炒り豆をかじりながら言った。ベッドの上でお菓子とかお行儀悪いのに、皆に勧められるのである。


「ゼニスが可愛いからだよ」


 と、グレン。さすがにそれを額面通り受け取るわけにはいかない。

 なんとなくだけど、事件の被害者への同情というより子供を甘やかす空気を感じるのだ。アンジュくん以外にもちゃん付けで呼ぶ人がぼちぼちいる。やたらお菓子をくれるのもそうだ。

 寿命の違いで、私を赤ちゃん扱いしているのかもしれない。魔族はもう長いこと子供が生まれていないから、みんな母性と父性のやり場をなくして持て余しているのかもしれないね。そう思うとちょっと悲しかった。


「そういえば」


 グレンが言った。


「今日、ジョアンの様子を見てきたよ。もうすぐ強制送還だから」


「あぁ、うん」


 私は気のない返事をした。トラウマまで行かないとはいえ、あいつのことは記憶から消去したい気分だ。


「私を見たら、またゼニスに会いたいと騒いでいた」


「まだ言ってるんだ。しつこいね」


「あれは下手をしたら一生引きずるかもね。相当ご執心だったよ」


「うえぇ……」


 私は変態に好かれる呪いでもかかっているんだろうか。切実にやめて欲しい。


「それで少し話を聞いてみたんだが、『罵られながら踏まれたい』『尻を叩かれるのもたまらない』『椅子になりたい。座って欲しい』この辺りはいつも通りとして」


 どういういつも通りだよ!

 もうね、ドSな女王様でも雇って送り込んでやればいいんじゃないかな!


「『大人しそうに見えて果敢』『無垢な見た目に反して娼婦並みの痴態』と言っていたが、心当たりはある?」


「あ~……」


 後半の痴態うんぬんは、魅了にかかっていた時の態度だろう。今となっては殺されかけたことより、そっちのが嫌な思い出である。


「魅了の術をかけられたから。一部受け流して、後で自力で解いたけど」


 そうだ、この機会に聞いてみよう。


「魅了はどういう術なの? 相手が魅力的に見えるのは分かる。でも、なんで変な態度を取っちゃうんだろう。操られてた?」


「いいや、魅了は行動そのものを操るわけじゃない」


 どこか胡乱な雰囲気の微笑みを浮かべて、グレンが答える。


「魅了は術者に強制的に惚れさせる術だ。かかった者は心から術者に媚びて尽くそうとする。つまりゼニスが取った態度は、あなた自身が思う『男に媚びる態度』だね」


「はぁ!?」


 トンデモ発言に私は唖然とした。あのキモイ『私』が私自身の内面から出たものだって? 嘘だろ。

 それはない……と思いかけて、ひとつ思い当たってしまった。

 前世で婚活に手を付ける直前、あまりの喪女っぷりをどうにかしようと思って、『モテる女になるテクニック』みたいな本を読んだのである。

 著者は元キャバ嬢。太客をいっぱい捕まえてのし上がった人だ。

 内容は端的に言うと「ギャップ萌えを狙え」だった。昼は淑女、夜は娼婦を地で行けみたいな。


 あぁ、うん……。きっとあの『私』は、夜は娼婦を生真面目に実行したんだなぁ。なけなしの知識でストリッパーの真似までして。腑に落ちてしまった……。

 さすが筋金入り喪女。媚びるにしても残念が過ぎる。

 ガックリしていると、グレンが近づいてきた。食べかけの豆菓子を袋ごと取り上げられる。


「ゼニス、正直に言うとね」


 表面的には平静だけど、すごくヤバい感じの声で彼は続ける。


「ジョアンを殺さなかったのを、今日もまた後悔したよ。あんな塵芥以下の存在に私のゼニスを傷つけられた上に、好き放題に語らせるなんて。はらわたが煮えたぎる……」


「あの、グレン?」


「ゼニス。あいつに一体、何を言ってどんな態度を取った? 全部教えて」


「無理だよ!」


 あの恥をもう一度晒すなんて、マジ勘弁!


「私の知らないゼニスを、あんな罪人が知っているのが我慢ならないんだ。教えて?」


 圧がすごい。私はとっさに逃げ出そうとして、あっという間に捕まってしまった。


「ねえ、教えてよ」


 近い近い、顔が近い! 顔面威力高いんだからやめて!

 うわぁ――!




 で、結局。私は羞恥プレイをもう一度やらされて、せっかく回復した気力をすり減らす羽目になった。

 ひどい話である……。

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