第198話 変態パワーアップ

変態注意報。

*****



 翌朝、呼び出しに来たリオウさんの後に続いて本殿へ行くと、いつもの私室ではなく玉座の間へと通された。

 広間の正面に高い壇が設けられており、立派な造りの玉座が据えられていた。

 広間には官吏が5人程度。魔王様はまだ来ていない。

 私はグレンに連れられて、壇のすぐ下に控えた。


「今回は加害者が天雷族、被害者が人間という特殊性から、半公式の扱いになる」


 グレンが言う。


「本来であれば取り調べや裁判などもあるが、今回は陛下の意向でこうなった。なにせ魔界は人手不足だ。結界の更新ができる程度の魔力を持つ天雷族を、そう簡単に処断するわけにもいかない。

 けれどゼニスは私の婚約者で、今の魔界になくてはならない存在。それらの事情を加味した結果、陛下が落とし所を示して下さったよ」


「グレンはそれで納得してる?」


「正直に言えば納得はしていない。今でも殺してやりたいと思っている。……が、他ならぬゼニスの願いだから。殺さないで使い道があるなら、それで折り合いをつけるよ」


「……うん」


 暴走を思い留まってくれて良かった。彼の成長をしみじみと噛み締めた。


「それと、あの従者はどうなったの?」


「今は牢に入っている。従犯として相応の刑罰を受ける予定だ」


 そんな話をしていると「魔王陛下の御成」と声が響いて、皆が一斉に跪いた。私も慌てて見よう見まねをする。

 壇の横合いから魔王様がやって来て、玉座に座った。黒地に金の縫い取りのある袍という着物をまとって、真っ赤な長いスカートを垂らしている。いつもより豪華な装いで、威厳がある。


「罪人をここへ」


 形式的な挨拶の後、魔王様はよく通る声で言った。

 体格のいい刑吏2人に挟まれるようにして、ジョアンが引き出される。

 昨日の怪我は一応治療されているようだが、髪は乱れ、粗末な服の上に魔力の拘束がされており、とても王族には見えない。


「罪状はゼニスの誘拐略取、暴行、及び強姦未遂と殺害未遂。特例により裁判を省略し、刑罰を言い渡す。――杖刑50回の上、10日間の入牢。財産の3割を没収。及び100年間、天雷族の称号と特権を剥奪の上、自領での蟄居ちっきょを命じる」


 蟄居というのは、謹慎して家から出るなってことだ。100年というのがいかにも魔族らしい。

 で、財産3割没収と王族としての特権と名誉を100年剥奪か。

 先ほどのグレンの口ぶりからすると、妥当な内容なんだろう。100年出てこないなら私と二度と顔を合わせることもないだろうし。


「では杖刑を執行する」


 魔王様の言葉に、刑吏の一人が棒を取り出した。私の腕より太いくらいの長い棒だった。

 刑吏は、手をついてうつむいたジョアンの背に、力いっぱい棒を打ち付けた! 肉に棒が当たる音、うめき声が広間に響く。


 いきなり始まった暴力に、私はかなり腰が引けた。だってここでやるとは思わなかったんだもの。

 こっそり周りを見ると、魔王様やグレンはもちろん、文官っぽい人たちもまったく動じていない。ここで私だけうろたえるのもみっともないので、なるべく平気なふりをした。具体的には棒打ちを見ているようで、その背後の柱の装飾とかを観察していた。色合いがきれいね。


「……そこまで」


 現実逃避をしている間に杖刑が終わったようだ。回数数えるのを忘れていたが、まあいいや。


「ゼニス。続きを」


 いきなり魔王様から指名され、私は内心で飛び上がった。


「被害者であるお前は、報復の義務と権利がある。残り10回の杖刑を完遂させよ」


 ええええええ。やりたくねー!


「お前がやらぬのであれば、グレンに代行させる」


 それもちょっと待って。彼にやらせたら本気で殴って死なせかねない。グレンを見たらにっこり微笑まれた。笑顔が怖い。

 私は仕方なく、しぶしぶと前に出た。刑吏の人が棒を渡してくる。受け取るとずっしり重かった。両手で持たないと振り上げられそうにない。


 40回、杖で打たれたジョアンはひどい有様だった。背中の服が破けて皮膚も裂け、血が滲んでいる。この重たい棒で体格のいい刑吏が思いっきり打ち据えたらこうなるか。

 私が棒を持って近づくと、彼はうなだれていた頭を上げた。どう表現していいのか分からない感じのギラギラした光が目に灯っている。正直足がすくんだが、ここで弱気な態度を見せるわけにもいかない。仕方なく背後に回った。


 近くで見ると背中の傷が生々しい。同情する必要はないのは分かっているが、平和ボケした私にはきつい。

 棒を握ってためらっていると、壇上の魔王様が言った。


「背を打ちたくなければ尻でも良い。く済ませるように」


「は、はい……」


 じゃあせめてお尻にしておこう。力を込めて棒を振り上げ、ていやぁ! とお尻に打ち付けた。


「ぐうっ――」


 バシンと音がしてジョアンが呻いた。自分で言うのも何だけどいい音がしたわ。うへえ。

 あと9回、長い。私は歯を食いしばって再び棒を振り上げた。


「うぐっ」


「っ、」


「あぐ――」


 などなど、打ち付ける度に苦痛の声が上がる。私の方が心折れそうだ。

 折れそうな心を叱咤しつつ、あと4回!


「あッ!?」


「ひゃん」


「ああんっ!」


 ……なんか、だんだん変な声になってないか。鳥肌立ってきた。

 聞かなかったことにして、ラスト1回!!


「ンあぁぁん……ッ!」


 渾身のフルスイングがヒットすると、もう誤魔化しようのない感じの声が上がった。絶対語尾にハートついてた。ドン引きである。

 怯えながら周囲を見たら、みんなさすがに引いていた。

 棒を持ったままおろおろしていると、突然ジョアンがガバッと身を起こした。魔力の拘束入ってるはずなのに引きちぎった!

 血走った目で私ににじり寄ってくる!


「ゼニス、あぁぁ、ゼニスぅ!」


「ほぎゃぁ!?」


 私は思わず奇声を上げた。ジョアンはそんな私の足元に這いつくばり、私の右足を両手でやけに丁寧に持った。逃げようとしたら、その勢いで靴がすっぽ抜ける。

 素足を奴の目の前に突き出す格好になった。そしたら、あろうことか――ジョアンは舌を伸ばして私の足を舐めたのだ! しかも足裏!!


「ぎゃああああぁ!? いやああぁぁ!!」


 パニックになって顔を蹴りつけたら、恍惚とした表情になった。


「ああ、イイッ、君の足はなんて美しいんだ、もっと踏んでくれ……!」


 変態だ! マジモンのへんたいだー!!!


「狼藉を働いたのは心から謝罪する、だからもっと、そのきれいな足で踏んで――」


 ここらで刑吏さんがストップ入れてくれた。他の皆さんはまだポカーンとしてる。


「グレン、グレン! 怖いよお! 助けて!」


 私は棒を放り投げて彼に駆け寄り、体の陰に隠れた。いやもう、これ、作法がどうのとか言ってられないわ。キモすぎる怖すぎる!

 ガタガタ震える私に、グレンは戸惑った表情をしている。壇上の魔王様を見たら頭を抱えていた。


「もうよい、下がらせろ」


 刑吏が再び2人がかりでジョアンを立たせ、引きずるようにして退出していく。

 その間もジョアンは、


「ゼニスー! 俺はもう、君じゃなきゃ満足できないんだ!」


 とか、


「もう一度足でやってくれ、頼む、ゼニス、何でもするから! 踏みながら罵ってくれ!!」


 とか、さらに、


「ああでも、尻を打たれるのも捨てがたい! もっと痛めつけてくれぇ――!」


 とか叫んでいた。私は途中で耐えられなくなって、耳をふさいでしゃがんでしまった。

 ややあってグレンの手が頭を撫でてきたので、そうっと立ち上がる。


 広間はびみょーな空気で満たされていた。記録係の文官の手が止まっている。


「あ~、これにて閉廷とする。皆の者、ご苦労であった」


 魔王様がどこか疲れた声で言い、立ち上がった。皆がはっとしたように跪礼する。

 こうしてこの場は終わったのであった。







 後から聞いた話によると、ジョアンは牢屋に入れられてからも、私に会わせろとずっと喚いていたそうだ。

 何でもあの日の夜、最後に私が急所を蹴ったせいで何かに目覚めてしまったらしい。知らんがな。

 グレンは肩をすくめて、「ゼニスの自業自得だね」と言った。……知らんがな!!


 魔王様の血筋は変態率が高すぎると思う。マジで勘弁して欲しい。

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