第191話 親族関係


 部品化作業は順調に進んでいった。

 魔王様の手元に魔界中の素材が揃っていて、予算や取寄せの手間を考えなくていいのがとても助かった。


 部品化のメリットはエラー箇所を特定しやすい点にもある。無駄な試行を減らして時短になる。

 独立させたい記述式を素材に刻んで、他の部品と接続テストをする。うまくいかない場合は接続面を水平や垂直に変えてみたり、記述そのものを調整したり。

 そういった作業を繰り返しているとだんだん法則みたいなものが見えてきて、はかどった。


 とにかく博識な魔王様と、魔族の知識上から色んなアイディアを出してくれるグレンと、異世界由来の変わった発想をする私とで、なかなかいいトリオのように思える。

 魔王様は「頭の柔軟さは若い者に負けるわ。儂はもう年でのう」と笑っていた。

 私は夢中になると寝食を忘れるタイプだ。魔王様もどちらかというとそう。

 その点グレンはしっかり者なので、適度に休憩を入れたり食事の時間を知らせてくれたりする。


「孫に時間管理をしてもらうとは。長生きはするものじゃ」


 休憩タイムにお茶とお菓子を食べながら、魔王様が言った。


「グレンは昔から優等生だったが、人の世話を焼く性格ではなかった。変わるものじゃなあ」


 なんかしみじみしている。


「そうなんですか。私から見たら世話を焼きすぎというか、過保護というか。手を出しすぎなんですけど」


 身も蓋もなく言えば時々うざい。でもそこまで正直に言うのも悪いので黙っておいた。

 グレンは不満そうである。


「そんな風に思っていたのかい」


「実際そうでしょ。だいたい最初っからだよ。私が意識不明だった頃も勝手に色々してたじゃない」


 医者でも看護師でもないくせに、看護介護でやり過ぎなんだよ。

 魔王様に当時の状況を説明すると、ちょっと引いた顔をしていた。普通そうだよね。


「グレンよ、本当に変わったのう……。無愛想で何にも関心を示さなかったお前が、軽口を叩きながらいちゃつく日が来るとは予想しておらんかった」


 いちゃついてないし! じゃれつかれてるだけだし!

 危うく口に出して言いかけたのを、かろうじてこらえた。


「魔王様、グレンも! 休憩はここまでにして、続きをやりましょう。そうしよう、そうしよう!」


 こういう時は作業に没頭してストレス発散するに限る。私はさっさと立ち上がって、再び記述式呪文と素材たちと向き合った。


 だいたいこんな感じで、人間仕様の境界の開発は進んでいた。









 また少し時間が経った。

 最近は前世知識の書き出しと学者たちへの質問対応に一段落ついて、境界の開発に専念している。

 アンジュくんたち学者チームは、私が伝えた内容をとりあえず正しいものと仮定して、実証のための器具作りをしているそうだ。

 中世程度の設備しかなかったのが、魔力も駆使して色々やっているらしい。魔界に科学革命が起こるのかもしれない。


 境界は部品化、モジュール化に目処が立った。

 人間用の装置に必要な記述を揃えながら、各部品の接続を確かめている。

 かなり順調な進み具合で、当初の予定よりも早く完成できそうだ。嬉しい。


「ゼニスよ、思いついたことがあれば遠慮なく言うように。結果として不採用でも、どこで役立つか分からんからな」


「はい!」


 魔王様は楽しそうだ。私やグレンの意見を吸い上げて新しい工夫をするのが楽しくてならないと言っている。こういう上司だと仕事がやりやすくてとても助かる。

 グレンは私と作業ができるのが嬉しいんだそうだ。作業内容は大してどうでもよさそうだった。けっこういい意見を言ったりするくせに、そんな姿勢なのはどうなのかなあ……。

 今後の人生を考えると、私としてはもっと主体的に「好き」と言えることを見つけて欲しいんだけど。







 そんな風に過ごしているある日、午前中の日課を終えて魔王様の部屋へ向かう途中のことである。

 グレンとカイと3人でお城の廊下を歩いていると、向こう側からやって来た人に声をかけられた。


「久しいな、グレン! そちらの女性が噂の婚約者殿かな?」


 紺色の布地に銀糸の刺繍が入った衣装を着た、20代後半くらいの男性だった。癖のある明るい金髪を少し伸ばして、後ろでくくっている。背後には従者らしき茶色の髪の男性が控えていた。


「叔父上、ご無沙汰しております」


 グレンが答えた。慇懃無礼を具現化したような棒読みだった。表情も消えていて、こう見ると中性的な美貌が際立つ。ほら、最近は残念な感じが増えたので……。

 叔父ってことはこの人、魔王様の息子かな? そう思って見ると面影がある。

 私も挨拶した方がいいだろう。そう思って一歩前に出ようとしたら、グレンにさりげなく止められた。


「叔父上は領地に戻られたとばかり」


「何、この城で面白そうな話が進んでいると聞いてな。結界の更新も当面は必要ない、様子を見に来たのだ」


「そうですか」


 なんというか、グレンが素っ気ない。その後も叔父さんは一方的に喋って「また会おう」と去っていった。従者の人が影のように付き従っていたのが印象的だった。

 彼らの後ろ姿が廊下の先に見えなくなってから、私は聞いてみた。


「今の人、魔王様の息子さんでしょ。きちんと挨拶できなかったけどいいの?」


「構わないよ。彼――名はジョアンだが、親しげに振る舞っていたけれど、私のことをかなり嫌っているからね」


「そうは言っても礼儀は守った方がよかったんじゃ? グレンが無愛想でびっくりしたよ」


あるじは本来、常にあのような態度だった」


 カイが口を挟んだ。


「えっそうなの。想像しにくい……」


 私に対しては優しいからなぁ。あと時々ふにゃふにゃしてるから。

 もう一つ疑問があったので聞いてみる。


「どうして嫌われているの?」


「ジョアンは魔王陛下の末子だが、子の中では一番魔力が高い。私が生まれるまでは次期魔王と言われていた」


「あーなるほど」


 優秀な次世代が生まれたせいで立場を追われたと。


「無難に領地を治めるのがせいぜいの凡夫だよ。人間を見下しているから、関わらない方がいい」


 グレンは興味なさそうに言って、さあ行こうと促してきた。いつも通りの穏やかな笑顔だった。

 人間蔑視派か。でグレンを嫌っている。私もお近づきになる理由がないね。


「分かった、あの人のことは気にしないでおく。

 ところでグレン、彼が末子ということは、貴方は何番目のお子さんの子?」


「長子。長男だ」


「へえ、お父さん、一番上だったんだね。じゃあ二番目のお子さんは?」


「唯一の女性。私の叔母だね。かなりの変人だよ」


「へぇ……」


 グレンをして変人と言わしめる叔母さんは、どんな人なんだろう。聞くのがちょっと怖いような。

 彼はふと思いついたように言った。


「そう言えば、私の父も変人だ。母もあまりまともではない。困ったものだよ」


「へぇぇ……」


 なんてこった。結婚において相手の親族関係はけっこう重要だというのに。

 前世で嫁姑問題はしばしば聞いた。姉たちもよく愚痴ってたもん。

 ユピテルでは幸い、周囲にいい人が多かったからあまり聞かなかったけど。

 例えばティトの夫のマルクス。母一人子一人でずっと苦労してきた彼が重度のマザコンだったら、ティトはストレスたまりまくりだったと思う。……いや、その場合はそもそも結婚しないな、たぶん。


 グレンと結婚する覚悟はとうに決めた。寿命の問題はあるけれど間違っても後追いなんてしないように、よくよく説得するつもりだ。

 でも意外なところから伏兵が飛び出してきて、正直ビビっている。


 どんな人なんだ、ご両親……。

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