第188話 冗談?


 お城の本殿は中華風の造りで、赤く塗られた大きな柱が連なっている。華やかな雰囲気だが、ひとけがほとんどないのが寂しかった。


 呼び出された先は魔王様の私室だった。執務机の他に大きな卓が置いてあって、雑然と紙束や定規、筆記用具などが載せられていた。

 部屋の内装自体は豪華なのに、机の存在感が大きくて実務優先に見える。なんとなく魔王様の人柄が現れているように思えた。


「待たせたな。今日から境界の改造に着手する」


 挨拶もそこそこに、魔王様は卓の前に立つ。


「グレン、お前はどうする? 同席するか? それともアンジュらの補助に回ってもいいが」


「同席します。ゼニスと共に学びたい所存です」


「よかろう」


 彼女はうなずいて紙束をひとつ広げた。


「これが境界装置の基幹設計図じゃ。……さて、最初に確認がある。人間が2つの世界の境界を安全に超えられるようにとのことだが、手法はどうする?」


 魔王様が挙げた選択肢は3つだった。

 ひとつ、境界装置そのものに手を加えて人間の弱い魔力回路でも転移に耐えられるようにする。

 ふたつ、人間仕様の装置を新たに作る。

 みっつ、私自身に何らかの術を施すことで、既存の境界を使えるようにする。


「まずひとつめだが、これは一番面倒じゃ。あの境界は大前提が自然に起こる2つの世界の重なりを防ぐ、という点にあってな。転移は後付けになっておる。これ以上の機能拡張は基幹の機能に悪影響が出かねない」


 うんうん、よく分かるよ。システム組む時はできるだけ拡張性、柔軟性を意識してやるべきなんだよね。無理矢理後付けで増やしていくと、複雑怪奇すぎて自壊しそうな九龍城みたいになるから。


「次にふたつめじゃ。新たに一から作るとはいえ、その分調整も容易になる。手堅い案といえる。

 最後にみっつめ、これは少々特殊じゃ。不可能ではないが、あまり推奨はできんな」


「どんな方法ですか?」


「魔力回路の強化拡張をする方法が、あるにはある」


「そんな方法があるんですか!?」


 驚きである。それも人間に使えるようなやり方があるなんて、もうそれでいいんじゃない? 私も魔族の魔法が使えるようになるかも!

 グレンを見ると彼も驚いている。知らなかったようだ。

 けれど魔王様はちょっと目を細めてため息をついた。


「これは裏技のようなものでな。魔王に代々伝わる秘技で、次代の魔王たる者が十分な魔力を持たない場合、これを使って底上げする」


「秘技……? それ、私のような人間に使えるものですか。それ以前にここで言ってしまっていいんですか?」


 秘技というくらいだから本来は秘密なのだろう。


「構わんよ。お前はグレンの婚約者であるし、どうせこのままでは魔族は滅びる。この際出し惜しみはは意味がない。

 とはいえ、これは過酷な術でな。具体的には他者の魔力回路を移植する。前例では、魔王の代替わりの際に先代から新魔王になる者へ移植が行われた。外科手術と魔力での措置を併用する、なかなか難易度の高いものじゃ」


 えっなにそれ怖。

 顔をひきつらせた私を見て、魔王様はにやにや笑う。


「儂の魔力回路をくれてやっても構わんぞ。魔力は弱体化するがすぐに死ぬわけではないからな。魔王の座はグレンに譲れば何の問題もない」


「いえ、遠慮しておきます」


 そこまで犠牲を払うのは考えものだ。ていうか魔王様はなんでそんなに気前がいい(?)んだ。


「そのような術があるとは存じませんでした」


 と、グレン。


「必要な事態がそう多くないからの。魔王にのみ伝わる術やら技やらはまだあるでな、グレンにもおいおい教えてやろう」


「あの、魔力回路の移植を受けた人は、その後普通に生きられるんですか? 拒絶反応とか起こらないんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「ほう、拒絶反応とな。よく知っておる、それも前世知識か?」


「はい。前世の世界では人間同士で輸血をしたり、臓器や皮膚の移植をしたりしていたので」


 最新の技術ではiPS細胞だっけ? 自分の幹細胞を培養して分化させて移植するやつもあったね。


「ふうむ、興味深い。……結論を言うと拒絶反応はある。発症した場合、薬を使って抑えねばならぬ。たいていは脳がやられて発狂するケースが多い」


「えぇ……」


 リスク高すぎじゃないか。


「それ、魔王引き継ぎに際してということは、親子や近しい親族ですよね。それで拒絶反応が出るということは、赤の他人で人間の私ならまず発狂コースでは?」


「成る程、お前の前世では血族と拒絶反応の関係も知られておるのか。

 そう、親子ないし祖父母と孫じゃな。危険性はかなり高い。だから言ったじゃろう、不可能でないだけで推奨はせんと」


「あ、はい」


 魔王ジョークというやつだろうか。怖いわ。

 魔族のセンスわかんないわーと思っていたら、グレンに肩を抱き寄せられた。


「たとえゼニスが狂ってしまっても、私は愛し続けるよ」


 そういうのを余計な一言と言うのである。発狂前提で話をしないで欲しい。


「わはは! お熱いのう」


 大笑いされてしまった。納得がいかん。







 魔王様はひとしきり笑った後、表情を戻して続けた。


「さて、冗談はこのくらいにして。実質、選択肢はひとつじゃ。人間に適した境界を一から作ることになる。設置場所は従来の境界の程近くが良いはずじゃ」


「一から作る場合、時間はどのくらいかかりますか?」


 魔族のタイムスケールで軽く300年とか言われても私には無理なので、確かめておかないと。


「流用できる技術も多いゆえ、上手く行けば数年で何とかなると考えておる」


 数年! それなら大丈夫だ。


「分かりました。その案でお願いします。私にできることであれば、何でも協力します」


「うむ。期待しておる」


 その後、私の予定は午前中に前世知識の書き出しと学者さんたちへの質問受け答え、午後から魔王様と境界装置の開発と決まった。

 魔王様も仕事やその他の用事は可能な限り午前中に片付けて、時間を取ってくれることになった。

 グレンは午前は魔王様の補助。次代の魔王としての教育も兼ねるそうだ。午後からは私と合流して境界の改良に取り組む。


 今日は境界の基本構造について教えてもらった。

 といっても1日で全部把握できるものではないので、当面は境界と記述式呪文について学ぶことになるだろう。


 記述式呪文は魔王様独自の技術ではなく、各地の結界(グレンのお屋敷の裏手で無音の雷を呼んだあれだ)と古文書を参考に調整を施したものだそう。

 結界ははるか古代から存在していて、魔王とその血族――天雷族の管理下にあり、現在も東西南北とこのお城で稼働していること。起動には天雷族の魔力が必要などといった話を聞いた。


「魔王などと称しておるが、我らはさしたる統治はしておらぬ。管理者といった方が良いかもしれんな」


 とのことであった。

 とはいえ天雷族の魔力がなければ土地が荒れる一方で、魔獣も増え放題となれば、誰も逆らえないだろう。生命線というかインフラというか、大変強力なカードを握っているわけだ。


 そんな話をしていたら今日の時間が終わってしまった。

 夕食に誘われたのでありがたく受けて、食事の席でもまた色々とお話を聞いた。グレンも博識だが魔王様は年季が違う感じ。そりゃそうか、9000歳だものね。


 明日からまた頑張ろうと思う。

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