第187話 新生活スタート
私の魔界での新しい生活が始まった。
魔王様のお誕生祝いが終わるまで1ヶ月足らず、その間に前世知識を紙に書き出してまとめる。
ユピテルの魔法学院で教えていた分に関しては、すぐに終わった。毎年教える内容をまとめて教科書も作っていたからね。
それ以外の部分、中学レベル以上の生物や化学の分野は苦戦してしまった。
文系人間だったせいで高校の理数系は最低限の勉強しかしなかったのが、ここへ来て降り掛かっている。生物の教科書の遺伝の項目にあったショウジョウバエとか、うろ覚えすぎる。
高校で教わる内容というよりも、大人になって科学系のテレビや本で見聞きした情報が主体になった。大筋としては間違っていないと思うが、あくまで一般レベルのものである。
魔界は人界より文化が発展していて、紙は高品質な植物紙だった。
筆記具も筆だけじゃなくペンもあった。
順調に書き進めた部分はさらさらと書いたが、難航した部分は何度も書いては消し、書いては消し。都度紙を消費するのがもったいなくて、中庭の地面や余っていた木切れなどに下書きをした。
書き上がった書類は都度、アンジュくんが持っていく。内密に集めた各分野の魔法学者たちで回し読みしているそうな。
「最初はみんな信じないんだ。でも、細胞の話をしてあの顕微鏡を渡すと、目の色を変えるんだよ!」
と、彼は楽しそうに笑っていた。
書類は写しを作って、うち1部は魔王様の手元に行っている。彼女も興味深く学んでいるとのことだった。
「そうそう、ゼニスちゃん。きみの前世で使っていた実験器具も書いてくれないかな」
「いいけど、詳しい仕組みが分からないものがほとんどだよ」
「構わないよ。少しでもヒントがあれば、他の知識や技術、それに魔法と組み合わせて再現を目指すから」
魔界に電気はないが、動力源として魔法を代用できる。顕微鏡の時のガラス玉のように、加工に技術が必要なものもだいたい魔法で何とかなる。
そのようにして、科学と魔法を混ぜ合わせながら結果を出す試みが計画されていると聞かされた。
試しにレントゲンの話をしたら、「それなら透視魔法があるよ」と返された。そう来たか。
「じゃあエコー検査機は? 超音波を出して跳ね返ってくるまでの時間を測る。で、情報化して画像にして、体の内部を調べるの。レーダーと同じ原理」
「超音波って、普通は聞こえない音域の音だよね。それなら一部の種族が固有魔法で使うよ。応用できると思う」
「マジで?」
「マジで! ところで、なんで超音波を使うの? 普通の音じゃ駄目なの?」
「えーっと確か、超音波は普通の空気より水や金属とかの固体の中の方がよく通るから、だったかな」
「なーるほど! そうそう、そういうのを聞きたいんだ。不完全でいいから前世のものを教えて欲しい。ボクらが魔法を使って再現出来るものはするよ」
そこで私は、思い出せる限りの器具や道具、電化製品などを追加して書いた。
顕微鏡はレンズを複数枚使って倍率を上げる。ガラスレンズを使うものは光学顕微鏡という。
さらに性能が上のものとして、電子顕微鏡がある。仕組みはガラスレンズの代わりに電子レンズを使う。電子レンズがどういうものかは不明……。
冷蔵庫。冷媒を気体、液体、固体の状態に変化させてその際に発する温度差で冷却を行う。
冷媒は何かのガスだったと思う。実際どうやって温度差を利用しているのかはよく分からない。
こんな調子で本当にいいのか? と思ったけれど、何らかのヒントになるならとひたすら書いた。
閉じこもりきりでいると気分がふさぐので、筆記の合間に時折、外に散歩に行った。人のいないエリアを選んでね。
誕生祝いはもう後半で、お客はぼちぼち帰り始めている。
たまに本殿前の回廊がにぎやかになる時があって、お別れの挨拶をしているようだった。遠くの物かげからこっそり眺めたりしたよ。
グレンは時々出かけるけど、すぐに戻ってくる。挨拶やら最低限のことだけやっているようだ。
他の3人は出ずっぱりで、戻って来るのは夜になってから。シャンファさんに懐いているリス太郎は、置いていかれて不満そうだった。
リス太郎はシャンファさんの言うことはよく聞くんだけど、私のことは舐めてるふしがある。グレンに対しては怖がっていて、あまり寄り付かない。
そんなわけでよく、不満顔で木の実のおやつをかじっていた。
そうしているうちに時間は流れていく。
最初はアンジュくんだけが書類を受け取りに来たが、だんだん人数が増えた。研究チームに加わった学者さんたちだ。
みな熱心で質問攻めにされたよ。ちゃんと書いたつもりでも口頭でやり取りしていると新しいことを思い出したりして、有意義な時間だった。
なお、皆さん私が20歳(プラス32歳)だと知ると口々に「若い通り越して幼い!」「赤ん坊同然」「人間は早熟すぎる」などと言っていた。
中にはちゃん付けで呼ぶ人や、子供扱いしているのかお菓子をくれる人もいた。飴玉や月餅みたいなやつ。
微妙にモヤッたが、お菓子が美味しかったので気にしないでおくことにした。
そんな様子グレンは不満そうに見ていた。
たまに「私のゼニスを餌付けしないでくれ」などと牽制(?)していた。餌付けとは失礼な言い方である。
そして、ちょうど一通りの前世知識を書き上げた頃。
リオウさんがやって来て、お客は皆帰ったと教えてくれた。
同時に魔王様からの呼び出しを受ける。
グレンと2人で向かうことにした。
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