第185話 お祭り中の町

 数度の休憩を挟みつつ駆けること一昼夜。

 森を抜けて山を越えた先の高台で、魔王様の居城が一望できた。

 真四角の大きな城壁に囲まれた街の北側に、一段高くお城が建てられている。お城というか宮殿というか、古い時代の中国を思わせる造りだった。


 季節は秋が深まる頃。広葉樹の葉が鮮やかに色づいて、四角い街を彩っていた。


「街に入る前に二手に別れよう。私とゼニスが一緒にいると目立ってしまう」


 城門を指し示し、グレンが言った。


「私と狼で行く。シャンファとアンジュはゼニスについて裏門から入ってくれ。門衛に話は通っているはずだ」


「かしこまりました」


 シャンファさんとアンジュくんが頷いた。

 私たちは街の近くまで行って、二組に分かれた。先にグレンとカイが進む。カイは狼から人の姿に戻っていた。

 街の周辺の街道ではそれなりに人通りがあって、グレンは道行く人々から挨拶を受けている。彼らの姿が城門の中に消えるまで待って、私たちも歩き始めた。


「念のためフードをかぶっておいてね。魔力感知に長けた人や、そうでなくてもよーく見れば人間だと分かっちゃうかもだから」


 アンジュくんから簡素なマントを受け取り、フードをかぶった。旅装として不自然ではない程度に魔力撹乱の効果があるらしい。旅人は魔獣避けとかの理由でその手のものを身につけるんだそうだ。


「人間への偏見って強いの?」


 疑問に思ったので聞いてみた。シャンファさんもアンジュくんもカイも、私を人間と承知の上でウエルカムしてくれたので、どうもピンとこない。


「強いですね。陛下の誕生祝いに集まっている種族の指導者のような人々は、特にそうです。人間を魔力の低い下等な生き物と見下しています」


「2000年前の例の実験の時も、人間の程度が低いから上手くいかなかっただなんてイチャモンつけてくる奴らが多くてさー」


 2人が口々に答えた。


「可能性に賭けて踏み出したのは魔族だってのにね。嫌になっちゃうよ」


 そういうものか。彼らも望みをかけた実験が失敗してしまって、八つ当たり気味だったのかもしれない。

 城門が近づき人の密度が増してきたので、話題を当たり障りのないものに切り替えた。門では特に身分確認などもなく、大きく開かれた門扉をくぐって街に入った。


 入ってすぐの大通りのまっすぐ向こうに、一段高くなってお城が見える。

 通りの両脇はお店が並び、賑やかだ。軒先にはカラフルな色の布がいくつも吊るされ、見ているだけで楽しい。『魔王陛下万歳。誕生日おめでとうございます』などと書かれた横断幕もところどころに掲げられていた。

 どんなお店があるのか気になったけれど、今はゆっくりしている暇がない。

 先導してくれているシャンファさんの後を追うように大通りをしばらく歩き、途中で東に折れて路地に入った。表通りのざわめきが少し遠くなる。


「このまま東側の裏門に行きます」


 彼女が言ってさらに歩く。大通りは人でいっぱいだったのに、ちょっと道を逸れだだけで急に静かになってしまった。どうにも違和感があって私は聞いてみた。


「ここは魔族の都なんでしょ? いまいち生活感がないというか、ひっそりしてるね」


「人口がもうあまりいませんからね。以前はこの辺りも住民で賑わっていたのですが」


「魔族の人口、今何人くらいなの?」


「200年前の調査では3500人程度でした。今はもう少し少ないでしょう」


 3500人。それがいくつもの種族に分かれて広い土地に点在しているとなれば、人口密度は相当低いだろう。3500人なんてユピテル共和国でも小さい地方都市レベルだ。

 なお首都は80万人くらいいる。人口過密とそれに伴う生活環境の悪化がユピテルの近年の悩みである。

 それはともかく、先ほどの城門で身分確認がないのも納得した。その気になれば全員どこの誰か把握できる程度の人数だと思う。


 お城の周囲は堀が巡らされ、仄暗い水面が穏やかに揺れていた。堀の向こうは滑らかな石垣だ。

 途中に跳ね橋があって、橋の先の石垣に門扉がついていた。跳ね橋は降ろされており、扉の前に衛兵がいる。衛兵は私たちを認めると、一礼して扉を開けてくれた。


 分厚い石垣をトンネルのように抜けると中庭に出た。南から北に向かって回廊が伸び、北側は建物がいくつも密集している。一際立派にそびえ立っているのが本殿だろう。

 私たちは回廊へ出ず、横の道を進む。四角く区切られた建物と塀と門とが連なっている。途中で二度ほど西に折れ、あとは北へ進んだ。似たような建物ばかりで迷いそうだ。


 本殿の3区画手前でシャンファさんは足を止めた。他のものより少し立派な門扉に手を当てて開く。

 門の向こう側は小さい中庭。今まで暮らしていたお屋敷を簡略化したような造りだ。南棟と東棟がなく、北棟と西棟だけが中庭に面している。

 そして、北棟の前に誰かがいた。ピンク色のふわふわの髪を結い上げた、おっとりした感じの女性だった。彼女は笑顔で近寄ってきた。


「シャンファ、アンジュ、数日ぶりね」


「リオウ、本当ですね。こんなに早く再会するとは」


「そちらの方がゼニス様?」


「はい」


 私はうなずいてフードを取った。名前を知っている以上、私の素性を把握しているのだろう。


「あらあら、本当に人間だわ……失礼。魔王陛下とグレン様ももうじきいらっしゃいますので、こちらで休んでいてね」


 そう言って北棟の戸を開けてくれた。中は応接間になっていて、円卓に茶器がセットされている。

 座るように促され、私はちょっと固まった。上座下座とかってどうなってるの? 普通は入り口に近い方が下座でいいんだっけ? 年齢順なら私が断トツで下座になるんだけど、どうなのか。


「ゼニスはそこに」


 シャンファさんが中程の席を指してくれた。ありがとう助かった!

 席についたらピンク髪のお姉さん――リオウさん――がお茶を淹れてくれた。


「今しばらく、ごゆるりとどうぞ」


 優雅に一礼して外に出て扉を閉めてしまう。


「彼女は陛下付きの侍女なんだよ」


 アンジュくんが教えてくれた。


「私、人間だってびっくりされちゃった」


「気にしなくていいよ。リオウは別に偏見持ってないから」


 まあ、そういう人を選んで案内役にしてくれたんだろうね。

 お茶を飲む。甘みが強くて旅疲れした体に優しい。

 一瞬だけほっと息をついたが、もうすぐ魔王様と対面だと思うと緊張してきた。どんな人なのか断片的にしか知らないもの。

 しばらく落ち着かない気分でお茶を飲んでいると、扉の向こうでリオウさんの声がした。


「――魔王陛下とグレン様のご到着です」

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