第177話 馬鹿

 グレンが頭を抱えて黙ってしまったので、私は気まずい心持ちになった。

 私、また何か変なことを言ってしまっただろうか。本音をぶちまけたのがやはりいけなかったのかな。しかし何と声をかけたらいいのやら。

 まごまごしていたら、彼は下を向いたまま呻くように言った。


「あんなに愛してると言ったのに、伝わってないのか。ゼニスは賢い人だと思っていたが、実は馬鹿なのでは?」


 ひどい言われようである。でもまあ、馬鹿と言いたい気持ちは分かる。

 だから私は言った。


「今更なに言ってるの? 私がお利口さんなわけないでしょ」


 ユピテルではオクタヴィー師匠にさんざん『魔法馬鹿』と言われていた。ティトや他の人はそこまではっきり言わないけど、そう思っている雰囲気マシマシだったし。

 魔法に関してはやらかしている自覚がたくさんある。夢中になっていると、周りが見えなくなってしまうのだ。シリウスの同類である。

 というか魔界に来てからも屋根を吹き飛ばしたり、リス太郎とガンの飛ばし合いバトルしたり、間抜けな姿を晒していた気がするのだが? 彼は私の何を見ていたんだ?


 ここでようやくグレンが顔を上げた。狂気は既に抜けているけど、妙に据わった目で私を見つめてくる。


「小動物の可愛さに上乗せでちょっと馬鹿だなんて、反則だと思う。反則級の愛らしさだ」


「は? 誰が小動物? 聞き捨てならないんですけど」


 小動物っていうのは、乙女ゲームのピンク髪ヒロインみたいな女の子のことでしょ。小さくて可愛くて庇護欲をそそる系の。

 それか、そのものズバリの小さい動物。リス太郎とかハムスターとかだ。

 私のどこが小動物よ。抗議したら、グレンはちょっと目を細めた。


「馬鹿と言われて受け入れるのに、小動物は嫌なのか?」


「当たり前でしょう。馬鹿は事実だけど小動物は全くあてはまらない。リス太郎と一緒にしないで」


「そんなことはない」


「じゃあ聞くけど、例えばどういう所が?」


 グレンは深くうなずくと、指折り数え始めた。


「小さくて」


「私、平均身長より少し高いくらいだよ?」


「でも私より小さいから。抱き締めたら腕にすっかり収まるだろう」


「そりゃそうだけど」


「暖かくて」


「そりゃあ体温のある哺乳類ですから」


「食事を与えると美味しそうに食べて」


「え、まあ、おいしいものを食べるのは好きです」


「おやつを手から食べさせると一生懸命食べてくれて」


「あ、あー、そんなこともありましたね……」


「髪の毛さらさらで」


「それはお手入れしてくれる人の功績では」


「いい匂いがするから、吸って嗅ぎたくなる」


「それについては何とも」


「さらに寝顔が可愛い。一晩中見ていても飽きない」


「それについても何とも……」


 グレンの指が7回折られた。けっこうな回数だった。いたたまれなくなってきた。


「まだあるよ」


「もういいです」

 

 私は彼のことを猛獣だと思ってた。力が強いくせにところかまわずじゃれてきて、相手をするのが大変。「待て」はできるけどGOサインを出したら思いっきり飛びかかってくる。

 ……猛獣というより大型犬な気がしてきた。でっかいわんこ。


 しばらく何とも言えない沈黙が落ちる。ややあって、グレンがそっと私の肩に触れた。


「ねえゼニス。互いに誤解があったようだから、一度屋敷まで戻ってゆっくり話し合わないかい? ここはあまり長居する場所じゃない」


 まぁ、確かに。境界内部の記述式文字にうっかり触ったら、魔力を吸い取られてしまう。

 けれど私は一応、疑いの目を向けてみた。


「捕まえて閉じ込めたりしない?」


「しない、と言いたいところだけど、約束はできかねる。それだけあなたを逃したくないんだ」


 おい、ここへきてそれか。思わずツッコミを心の中で入れるが。

 グレンは少しだけ目を伏せて続けた。


「でも……、ゼニスはさっき言ったよね。故郷も家族も友人も全部捨てることになると。

 私はそこまで考えていなかった。それらがあなたにとってとても大事なものだと、理解しきれていなかったんだ。だから今度こそ、しっかり納得行くまで話し合いたい」


「……うん」


 私だって言葉が足りなかった。前世のトラウマ(?)から捨てられると思い込んで、吊り橋効果とか都合のいい理屈で自分を追い詰めてしまった。


「じゃあ、戻ろっか。もしグレンが閉じ込めると言い出しても、別にいいよ。また自力で抜け出してやるから」


 冗談めかして言ったら、彼は苦笑した。


「あなたのそういうところ、大好きだよ。でも次は抜け出す前に必ず相談して。

 今回は本当に、生きた心地がしなかった――」


 見上げた彼の顔色は、よく見ると蒼白を通り越して土気色だった。両目の炎が静まった今、いっそ気の毒なほどだった。

 こんなに必死な表情で、大事な魔王様のお祝いの席をすっぽかしてまで飛んでくるくらいなら、少しは彼のことを信じていいのかもしれない。そう感じた。


 ただ、故郷のことや寿命の差など、問題はまだいくつもある。放置はできない。

 それらを話し合うのは、私にとっても必要だった。


 1人で抱え込んで悩み抜いて、結果がこれときた。これじゃあ、誰にも助けを求められずに過労死した前世の反省を何も活かせていない。


 やはり報連相は大切だった。

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