第172話 転機

下品なぶっちゃけ話注意。

*****



 転機は思わぬ形でやって来た。


「ゼニス、来週から5日ほど留守にする。あなたを置いて行きたくないけど、留守番を頼めるかい?」


「へ?」


 グレンの部屋で本を読んでいる時に言われた。

 彼が長期で不在にするなんて、今までなかったことだ。


「どういう事情?」


「魔王陛下の誕生祝いがある。普段なら欠席するのだけど、今年は千年祭だから。孫の私が出ないわけにはいかないんだ」


 魔王様は御年ちょうど9000歳。魔族は長生きなので誕生日祝いを毎年やるわけではないが、節目の年にはやるらしい。

 千年祭というのは1000年ごとのお祝いなんだって。気が遠くなるね。


「陛下の居城まで片道1日。滞在を可能な限り調整したが、どうしてもこれ以上は縮められなかった」


「そんなに気にしなくていいのに。グレンの歳なら千年祭は初めてでしょう。ちゃんとお祝いしてきた方がいいよ」


「祝う気持ちはなくはないが、あなたと離れたくない」


 抱き抱えられて膝に乗せられ、後ろから抱きしめられた。


「はあ。行きたくない。離れたくないんだ。けどあなたを連れて行くわけにもいかない。

 魔族の中にはまだ人間を見下している輩がかなり残っていて、きっと嫌な思いをさせる。下手をすれば危害を加えられる恐れもある。――そんなことは、絶対にさせないけど」


 落ち込んだ様子で頬を寄せてくる。

 この人だんだんフニャフニャしてきた気がする。これ以上わんこ成分を増やさないで欲しい。最初の冷徹な貴公子風どこいった、今となっては懐かしいわ。


「陛下も間が悪い。去年だったら何の問題もなかったのに。どうしてもう1年早く生まれて下さらなかったのか」


 理不尽な文句を言っている。


「しかもアンジュたち3人も連れて行かないと。彼らは陛下と親しいんだ」


「へえ、そうなんだ。いいじゃない、留守番するから行ってくれば」


「そうは言っても、ゼニスを1人で置いていくなんて心配が過ぎる」


「生活力的な意味で? いくら私でも5日程度じゃ飢え死にしたりしないって。作り置きを食べてしのぐ」


 わざと混ぜっ返したら、真面目な目をして言われた。


「仮死の魔法をかけようか。そうしたらあなたの意識上は一瞬で済む。私も心配が減る。

 大事に大事に、整えたベッドに寝かせておくから。何ならきれいな箱を作って、花で飾って入れてあげるから」


 やめろ、ナチュラルに怖いわ。てかそんな魔法あるんだ。コールドスリープみたいなものだろうか。


 いやそれよりも、これは千載一遇のチャンスだろう。

 5日もあればいつでも抜け出して境界まで行ける。彼の魔力を貯める記述式は、既に実行できるだけのレベルに達している。


「ちゃんと待ってるから、変な魔法はやめて。もう何日も眠ったままでいるのはうんざり。寝たきりはこりごりだよ」


 後半については本心だ。待ってるのは嘘だけど。

 嘘をつく時は適度に真実を混ぜる。この格言(?)は役に立つね。


「そっかぁ……。いい案だと思ったのに」


「ちっともよくない」


「でも不安で。もし戻った時にあなたがいなかったら、正気でいられる自信がない。自分でも何をしでかすか」


「待ってるから、大丈夫」


 そういうこと言うから、シャンファさんに協力頼むのもためらったんだよ! 彼女が八つ当たりされたら申し訳なさすぎるもん。

 しかしまずいな。変に警戒されている。このままじゃ問答無用で仮死状態にされかねない。困った。

 何か警戒心を解くようなひと押しを考えなければ。







 考え込みながら日課をこなした。

 読書の後に魔力回路の訓練をしていると、右手から夜の闇と白銀の魔力がじわじわと漏れ出てくる。

 気が進まないけど、やっぱりこれだろうか……。


 色仕掛け。魔力交換とせ、セックス。えっち! どもってしまった、喪女はこれだから!

 なんかこう、うまい具合にいい雰囲気を作って誘う。……想定がフワッフワで現実味に欠けている。喪女にはハードルが高すぎるがやるしかない。


 けど、タイミングを図る必要はありそうだ。

 何日もろくに飲まず食わずで手ひどく犯されて寝込んだりしたら本末転倒だろう。いや実際そこまで体にダメージ負うのか知らないんだけど、ほら、エロ同人とかならよくある展開じゃないか。魔族は魔力回路はもちろん、肉体的にもかなり頑健だもの。絶対ないとはいえないのでは?

 あとなあ、今生になってからは処女だから。前世で経験したあの痛みがもう一度くると思うと気が重い。


 そう。なんと、前世の私は男性経験があったのだ。自分でも驚きだ。

 ものすごくつまらない話なので3行で説明すると。


1、30歳手前であまりの喪女っぷりに焦って婚活を始めた。

2、体とお金目的のクソ野郎に引っかかった。

3、3回くらいで飽きて捨てられた。


 以上である。しかも別れ際に「三十路で処女とかめんどくせぇー」と嘲笑付き。

 うるせえ当時29だったわ! たとえ39でもそんな言い方される義理は1ミリもねえよ! ち○こもげて死ね!

 だいたいテメェ年下の女にデート代ホテル代全額タカリで恥ずかしくねーのか! 割り勘にしろ、割り勘!

 ……おっと失礼。転生を経ても衰えぬ怒りというやつである。


 数少ない体験も最初は痛くて死ぬかと思ったし、2回目3回目も不快の一言だったし、もう嫌だとしか思わなかった。一歩間違えればトラウマ物だ。

 てか軽くトラウマになってるのかもしれない。どうも捨てられる前提で考えてるからなあ。


 これを恋愛経験にカウントしていいかは判断ができない。むしろマイナスか。

 少なくともあれを付き合った相手、彼氏とは呼ばぬ。一応同意有りのいい大人同士だから犯罪要素がないだけだ。

 奴の名を思い出すのも腹立たしいので、3行野郎と呼ぶことにしている。


 最近はファッション喪女も増えて、数年彼氏いないだけだったり、学生時代はお付き合いしてたけど社会人になってはさっぱり、くらいで喪女を名乗る人もいるが、私は筋金入りである。うん、何の自慢にもならん。







 まあそんなわけで必要以上に一歩が踏み出せなかった。

 しかしここはやらねばなるまい。

 じゃないと「心配だから」という理由で心身の自由を奪われて、またとないチャンスをドブに捨ててしまう。

 ……あれ? タイプは違うけどまたクソ野郎に引っかかってない、私?


 新しく気づいた事実に愕然としながら、ごはんを食べた。最近あまり味が感じられない。でも頑張っておいしそうに食べる。

 帰還を果たすまでは体力を維持しなければ。そして、いらぬ疑念を持たれないようにしないと。


 まとまらない考えを必死でまとめつつ、お風呂に入る。

 いつぞやの屋根が修理されて以来、入浴習慣が復活していた。あれ以降はグレンもアホをやらかさないので、安心している。


 それで誘うタイミングとしては、彼の出発の前日がベターではないだろうか。一晩だけならそこまで酷いことにならないだろう。

 よし。これだ。プランは決まった。あとは実行するだけ。いい雰囲気とかはもう二の次だ、なるようにしかならん。


 実行するだけ。実行、するだけ……。くじけるな、私よ……。

 えーん、胃が痛いよう。

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