転生大魔女の異世界暮らし～古代ローマ風国家で始める魔法研究～

第170話 デコボコの魔法

　魔力保存の記述は徐々に精度が上向いて、実用に耐えるレベルになりつつある。

　素材もいくつか試したが、やはり銀水晶が一番向いていた。

「試しに魔力を込めてみて。保持率を測りたいから」

　などと言って、グレンや他の魔族たちに魔力を分けてもらっている。いざ実行に移す時のための下準備だ。

　グレンだけではなくアンジュくんたちにも頼んでいるのは、カモフラージュ。

　私の実験好きは彼らも知っているから、ちゃんと協力してくれた。特に疑問に思っていないようだ。……たぶん。

　銀水晶に込めてもらった魔力は、アンジュくんはヒマワリの黄色。

　シャンファさんはビロードのような艶のある紫色。

　カイは金属の光沢を思わせる黒。

　そしてグレンは、夜の闇色に白銀の流れ星の色。本当にきれいな色だ。

「通貨以外で魔力を貯めておくとは、考えてもみなかった。まさか本当に実現してしまうとは」

　グレンがそう言うので、私は答える。

「人界だと魔力を持たない人が多いせいで、色んな時に不便してたの。ほんのちょっとでいいから魔力があれば、白魔粘土の単純な記述式を起動できる。前から欲しいと思ってたんだよ、こういうの」

　嘘ではないが真実でもない。

　前世の誰かが言っていたな、嘘をつくにはほどよく真実を混ぜるといいって。あれ、本当だね。

　グレンは納得したようで、「さすがは私のゼニス」と言っていた。……あんたの、じゃないんだけどね。

　魔族流の魔力回路訓練は、あまり捗っていない。

　一応、魔力回路の運用自体はアンジュくんから合格をもらう程度に上達したが、その先で苦戦している。

　魔力回路を起動して全身に魔力を巡らせ、骨や筋肉の機能を強化する身体強化。

　魔力を五感に集中させて強化し、魔力そのものを感じ取る魔力感知。

　魔族たちは当然のようにやってみせるが、私には難しい。

　身体強化は一部を強化すると他所がおろそかになる。魔力感知は視力が辛うじて出来るようになっただけで、他は駄目。

　ほんともう、人間と魔族の出来の違いを思い知らされてる。

　まだまだ頼りにできるレベルじゃない。とにかく訓練は続けるつもりだ。

　戦闘面では詠唱式呪文に重きを置かざるを得ないや。

　電撃（スタンガン）の呪文は威力・発動速度・精度全てが高水準だけど、いかんせん効果が単体のみなのが痛い。

　東の森で魔獣に囲まれたと想定すると、とても詠唱が間に合わないんだ。

　いわゆる範囲魔法が必要だった。

　範囲魔法ねぇ。アイディアはそれこそ、ゲームでもラノベでもいくらでもあるね。

　それに今回に限っていえば、範囲で一撃必殺の必要はない。足止めできれば十分だ。その間に逃げるなり距離を取って他の攻撃魔法を詠唱するなりすればいい。

　じゃあ安直にアースバインドにするか。前世で好きだったゲームの行動阻害魔法だ。ちょうど東の森は下草が少なくて、土が露出している。やりやすいだろう。

　詠唱式を組んでみたところ、いわゆるアースバインド的な地面から土の手を出して掴む動作は難しかった。ちぇ、浪漫が。

　なので地面を凸凹に――相応の高低差をつけて陥没と隆起を行うようにしてみた。足場がかなり悪くなるし、なんなら隆起で地面からのパンチみたいに攻撃にもなる。牽制としてはいい感じだ。

　名付けて「デコボコ地面の魔法」！

　小規模の実験で上手く行ったので、実戦を想定して中庭でやってみた。

　魔族たちに手の内を知られるのは良くないが、下手に隠して疑われるより堂々とやる方がいいと思ったのである。

　というわけで中庭にみんなを呼んで、新作魔法を披露することにした。

　仮想敵の役は狼モードのカイに頼んだ。彼は最初は渋っていたが、最終的にやってくれた。押しに弱い奴である。

「母なる大地の精霊よ、土なる御身の腕（かいな）を伸ばし、地表にて波打ち給え！」

　呪文もシンプルに出来た。詠唱終了と同時に地面が乱れる。一部は杭のように突き出て、さらに一部は落とし穴を思わせる深さで陥没する。

　これ、基本は念動力の魔法が元になっている。地面を指定して土を動かしてやるわけだ。

　大地の精霊と最初に言うものの、土そのものを生み出したりするものではない。

　狼のカイはあっさりと地面のうねりを回避したが、こう言った。

「いいんじゃないか。発動は速く範囲も広い。中級程度の魔獣相手なら十分通用するだろう」

「そう言ってもらえると自信がつくよ」

「では、ゼニス。実験は終わったことですし、中庭をもとに戻して下さい」

　見学していたシャンファさんが言った。

「えっ、元に戻す……？」

　それ、想定外なんですが。

「ゼニスは気にしなくていいよ。私がやろう」

　グレンが言うが、シャンファさんはにこやかに首を横に振った。

「いけませんよ、グレン様。土遊びの片付けくらい自分でやらなければ、大人とは言えないでしょう。さあ、ゼニス。貴女はいつも言っていましたよね、何か出来ることがあれば手伝いをする、仕事があるなら言ってくれと。片付けをしましょうね」

「うううっ……」

　微笑みが怖い！　デコボコの魔法で勢い余って、彼女が大事に育てている家庭菜園の野菜が吹っ飛んだの、怒ってる！？

　わざとじゃないし悪気もなかったけど、うへえ、ごめんなさい。

　私は恐る恐る言ってみた。

「あの、シャンファさん。これから地ならしの魔法を作るとなると、時間がかかっちゃうんだけど……」

「なら、肉体労働と行きましょうか。たまには汗を流すのもいいものですよ」

　ぐうの音も出ない返答であった。