第168話 決意
行きと同じだけの距離を歩いたはずなのに、よく覚えていない。
気づいたらお屋敷のいつもの部屋に戻っていた。私1人で、誰もいない。
……ああそうだった、さっきまでグレンがいたが、1人になりたいからと外してもらったんだった。
決めなければ、何を選んで何を捨てるかを。
考えて、考えて。考えすぎて吐いてしまったけど、まだ考えて。
出した結論は、魔界を去る――だった。
ひとの気持ちなんて、アテにならない。
グレンは今は私を大事にしてくれるけど、それは人間が物珍しいだけかもしれない。何年かしたら飽きて投げ捨てるかもしれないでしょ。
魔族は寿命がとても長いので、若い時期も長い。反対に私は今は若いけど、あっという間におばさんになって、おばあちゃんになる。
前世で30を超えるまで生きて体の衰えを実感していたから、これから年を取っていくのは当たり前のことだと理解してる。
私がしわしわの老婆になっても、彼が今のように大事にしてくれるとは思えない。
前世アラサーの頃に20歳の女の子を見たら「若いなぁ、可愛いなあ」と思ったもんね。若さはそれだけで価値がある。魔族のグレンはその辺を分かってない。
それと、ずっと気になっていることがある。最初に殺し合いをしたせいで、彼は私に一目惚れしたと言っていたけど。
それは単なる吊り橋効果ではないだろうか。生き死にの恐怖を恋愛的なドキドキと勘違いしてしまう、あれ。
そして私も実はもう頭がおかしくなっていて、ストックホルム症候群になっていて、恋だと思ったのはただの心の防衛反応なのかもしれない。
つまり2人とも、ただの思い違いをしていたんだ。
そんなふうに思ったら、……すごく悲しかった。
もうこの場所に居たくない。家に帰りたい。吊り橋効果が冷めて捨てられる前に、逃げ出したい。
そう思ったら、あっさり心が折れた。笑える。今までけっこう頑張ってきたつもりだったのに、台無しだ。
自嘲したって事態は変わらない。思考を切り替える。
逃げ出す決心をした以上、問題は今すぐには帰してもらえそうにない点かな。
仮に「帰りたい。グレンはどうせ、人間の私のことなんてすぐ飽きるよ」と言ったところで、素直に帰してくれるだろうか?
……難しそうだ。さんざん引き止められたし、彼は思い込みが強いから。
吊り橋効果込みの初恋を、真実だの永遠だのと思い込んでそう。アホかよ。アホだわ。無駄に乙女チックで変態、さらにアホとか、困った人だね。
境界への道は分かった。装置の起動はグレンの魔力が必要なことも分かった。
私は今、彼と魔力回路が繋がっているから、これを上手く利用できないだろうか。魔力を受け取って貯めておくとか? 現地でもっと試してみればよかったな。
とにかく考えられる限りの手段を準備して、もう一度境界に向かおう。
なるべく早くに。多少強引でもやり遂げよう。
年単位で機を伺うのは、さすがに自信がない。もしもっと彼を好きになってしまったら、みじめな苦しみが増すだけだ。
そしてそのためには、もう一度グレンを騙そう。彼だけじゃない、アンジュくんもシャンファさんも、カイも。リス太郎も。みんな良くしてくれたから、心が苦しいけど。でも、仕方がないんだ。
明日になったら笑顔を作って部屋を出て、嘘をつこう。
「決心がついた。魔界に残ってグレンのそばにいるよ」
と。
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