第164話 遅すぎる自覚
グロさを目の当たりにして倒れたけれど、完全に意識を失っていたわけではない。
グレンが大慌てで私を抱きかかえ、東棟ではなくなぜか彼の寝室に連れて行った。
アンジュくんは手を血まみれにしながら、
「どうしたのゼニスちゃん! 大丈夫?」
と言って私を触ろうとするので、心の中で「ヤメテェェ」と叫んだのを覚えている。
しばらくしてやっと体に力が戻ってきたので、ゆっくり起き上がった。すかさずグレンが近づいてきて、背中にクッションを当ててくれる。
「急に倒れて、心臓が止まるかと思ったよ」
「心配かけてごめん。ちょっとグロ耐性が限界突破した」
「?」
首をかしげているグレンに、私のグロ耐性の低さを説明した。要するに血なまぐさいものが苦手だ、ということ。
「そうだったのか。知らなかったとはいえ、辛い目に遭わせてすまなかった」
「グレンが謝る必要はないよ。もちろんアンジュくんもね。獲物を狩ったらお肉にするのは当たり前だから」
そうと事前に伝えていなかったせいである。つまり私の説明不足だ。
「美味しいお肉は元々生き物の命だと、頭では理解してるんだけどね。あまりああいう現場を見る機会がないから、苦手で」
前世と今生を通して、都会の人間の悪いところだと思う。
田舎住みだったイカレポンチ幼少期の頃の方が、こういった基本的なことはちゃんとわきまえていた。
「今度からあまり見ないように、自分で気をつける」
「うん」
大事な命の営みではあるが、倒れるほど苦手なものを無理に見る必要もないと思う。自衛すればそれでよし。
そして、もう一つ気になることがあった。
「話は少し変わるんだけど、魔獣をあんなにたくさん狩って絶滅したりしないの?」
アンジュくんの口ぶりでは、時たま狩っているような様子だったし。
「しないね」
と、グレン。
「魔獣は種類にもよるが、魔力を存在の原点にしているものが多い。あの森は元々地脈が不安定で魔力溜まりも多いから、魔獣が発生しやすいんだ。放っておくと増えすぎて、森からあふれて人里に被害が出る」
「『発生』? 魔獣は親から生まれるんじゃないの?」
「種類による。魔族や通常の動物と同じく二親から生まれるものもいれば、虫や小動物を核に魔力の肉をまとって巨大化するものもいる。魔力溜まりから直接生まれるものもいるよ。
魔獣とは、総じて存在のある程度以上を魔力に依存している生き物を指す」
「へぇ……」
人界にはない概念だ。
「でも」
私は言ってみた。
「魔力は物質――肉体と相反するんだよね。でも魔獣は肉体を持ってる。そこはどうなってるの?」
「相変わらずゼニスは鋭いね。実は正確なところは分かっていないんだ。
ただ、魔獣は常に魔力を取り込んでいないと生きていけない。だから恐らく、魔力を次々と体内に取り入れることで、魔力と物質の均衡を保っていると言われている」
「じゃあ竜は? 魔力が薄い人界に来て元気に活動してたよ。竜も魔獣でしょ?」
「竜は魔獣の中で最も強力な種族の一つだから。体に蓄えている魔力が非常に多くて、しばらくは存在を保てる」
「魔界と人界の間を超えるのに2年もかかったのに?」
「2年はしばらくの範囲だと思うけど……」
また時間感覚の差だった。
「とはいえ」
グレンが続けた。
「竜でさえずっと魔力を断てば、いずれ弱って死ぬよ。だから人界で魔力を食べようとしたはずだ」
「竜はユピテル人をたくさん殺して食べた」
「人間も多少の割合で魔力を持つ者がいるだろう。それを狙ったんじゃないかな」
そういえば。あの竜は、私を積極的に狙って食べようとしていたふしがあった。
私は人間としては魔力が多い。それにそもそも、竜を呼び込んだきっかけでもある。竜にとっては手頃なごちそうに見えたのかも。
思い返すとぞっとする。私自身はもちろん、シリウスや魔法学院のみんなが無事で良かった。……無事で良かったと無邪気に言うには、ユピテル人の被害が大きすぎるけれども。
「ゼニス、大丈夫? まだ気分が優れない?」
黙り込んだ私をグレンが気遣ってくれる。私は首を横に振った。
「平気。心配かけてごめんね」
「何でもないよ。……あの鹿の肉は、食卓に出さない方がいいかな?」
「気を遣いすぎ。せっかく命をもらったんだから、美味しく頂きますとも」
「そっか」
2人で顔を見合わせて笑い合った。
そうしていると、さっきまでの気持ち悪さがだんだん遠ざかって、ほっと一息ついたのを感じた。
笑い合いながら、彼のきれいな笑顔を見てふと思う。グレンは本当に変な奴だ。
最初の頃はさんざんやらかしてくれて、次は何でも言うこと聞いてくれた。で、今は過保護の気遣いしすぎ。極端な奴である。
せっかく「絶世の」をつけてもいいくらいのイケメンなのに、実に残念だ。
けれど私もイカレポンチだったり、魔法一直線で他がさっぱりだから、案外お似合いなのかもしれない。
最初は恩義を感じて、想いに応えようと思った。言ってみれば義務感が混じってた。
今は――もう少し純粋に、彼のことを好きだと言えるかも。
いつものように彼が腕を広げたので、抱きついてやった。
そしたら。
なんか。
あれ、おかしい、やたら心臓がどきどきする……?
いやほんとおかしい。今ときめくポイント特になかったよね? 鹿のお肉の話をしてただけで。
せいぜいが彼のことをちゃんと好きかもと思ったくらいで――
ボンッと音を立てる勢いで顔と耳が赤くなった。
ちゃんと、好き。世話になったからとか、ずっと悩んでいた前世の話を信じてくれたからとか、そういうの抜きにしても。
そばにいると安心する。一緒にいると楽しい。
バカみたいな口喧嘩をしょっちゅうやって、すぐ仲直りして笑い合ってる。
甘やかされすぎるのはあれだけど、それ以外は自然体で振る舞える。気を張りすぎることも、後ろめたく思うこともない。
魔力や魔法の力の差は歴然なのに、どういうわけか気にならない。
守ってあげると言われれば、じゃあ私も貴方の背中を守ってあげると自然に言える、そんな対等な――関係。
これって、恋でしょうか……?
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