第163話 魔獣狩り見学2

 最後の魔獣が森から出てきてしばし。先程の戦闘が嘘のように、森は静まり返っている。


「そろそろ終わりかな?」


「そうだね」


 見ていると、グレンが地面に向けて軽く手をかざした。すると地響きが起きて大きな穴が開く。続いて積み上がっていた魔獣の死体たちがゆらりと立ち上がり、穴に向かって歩いては次々と落ちていく。なにあれ、不気味だ。


「あれも魔法……?」


「うん。単純な念動力の魔法だよ。ただ、あんなにたくさんのものを一度に動かせるのは、さすがグレン様ってとこ」


 死体はどんどん穴に落ちて行って、辺りは元通り何もなくなった。

 続いて穴から火柱が上がる。炎の色が白い。あれはかなりの高温の証拠だ。

 大量の死体はすぐに燃え尽きて灰になった。グレンがもう一度手を上げると、今度は穴の上に土がかぶさり、埋め立てられた。

 周囲の戦いの痕跡、飛び散った血肉は巻き起こった風が吹き散らして消えていく。


「よし、ボクらも行こう」


 私が言葉をなくしていると、アンジュくんが促した。

 いくらかの距離を歩いてグレンとカイの元に行く。カイはもう人の姿に戻っていて、返り血の汚れもない。


「アンジュ、鹿はこれでいいか?」


 カイが言って指さした。その先に鹿の死体が1つだけ転がっている。


「うん、いいね! 傷もほとんどないし、きれいじゃん。お屋敷に帰ったら解体してお肉にしよう」


「うむ」


 鹿の様子を確かめたアンジュくんは、嬉しそうに目を細めている。そういや彼は解体が趣味だったっけか。

 カイは鹿の巨体を肩に担ぎ上げた。彼自身よりずっと大きな鹿なので、妙にアンバランスである。あれも身体強化のなせるわざなんだろう。


「ゼニス、どうだった? 私の活躍、見てくれたかい」


 グレンがニコニコしてる。


「あなたを守ってあげる機会はなかったけど、危険がないのが一番だからね」


「カイが強くてびっくりした」


 率直な意見を言うと、グレンはスン……とした表情になった。


「そう……カイ……私じゃなくて、そっち……」


 なんかすごい恨みがましい目でカイを見ている。主人の視線に気づいたカイは、ビクッとして鹿を落としそうになった。


「ごめん、今のなし。グレンもかっこよかったよ!」


 私は慌てて言った。こんなんで八つ当たりされては気の毒すぎる。


「雷使ってたよね。時々火花が見えた。最後の地面の穴も、死体をいっぺんに片付けたのも、それに炎もすごかったよ。炎の色が白いなんて、前世以来だったもの」


「そうかい?」


 グレンは機嫌を直して笑顔になった。やれやれ、手のかかる奴だ。


「さすが、ゼニスは分かってくれたんだね。炎は自信があったんだ。もっと高温もできるよ、普段の料理は青い炎でやってるから」


 青は白よりさらに高温の炎だ。てか比較対象が料理とか、緊張感が出ない。


「高温で一気に炒めたチャーハンは、ふわふわのパラパラで美味しいよね。ゼニスが喜んで食べてくれるから、作りがいがある」


「うん、また作って」


 あの美味しいチャーハンは青い炎のおかげだったようだ。うむ、チャーハンは大事である。私は温度の大切さを再認識した。







 お屋敷に帰ると、シャンファさんとリス太郎が出迎えしてくれた。

 シャンファさんは、


「いい鹿が穫れましたね」


 と満足そうで、リス太郎は巨大鹿の死体に怯えて「キュワワヮ」と鳴いていた。シャンファさんの足にしがみついて、ちょっと可愛い。


「よーし、張り切って解体しちゃうよ―」


 中庭に横たえた鹿を前に、アンジュくんが両手をすり合わせている。

 と、鹿の体がふわりと浮かび上がった。どうやら念動力の魔法を使ったらしい。

 次いで彼が両手を前に伸ばすと、指先それぞれに黄色いメスのような刃が生まれた。


 ヒュ、と小さく風を切った音がして、次の瞬間、鹿の体にまっすぐの線が入った。べろんと皮が剥がれる。剥き出しになった筋肉の赤さに「ひぇ」と悲鳴が出かけた。

 血が絞り出されるようにぼたぼたと地面に落ちる。もう死んでいるのにどういうわけだろう。やはり魔法だろうか。

 黄色い刃が振るわれるたび、みるみるうちに鹿が切り刻まれていく。


 肉の筋に沿ってお腹が切り開かれ、内臓が露出する。私は一歩下がった。

 アンジュくんは無邪気な笑みを浮かべながら内蔵に手を突っ込み、掻き出し始める。私はもう一歩下がった。


「うんうん、かわいいピンク色の腸だねえ! はらわたはこうでなくちゃね」


 とても大きな鹿の魔獣のため、アンジュくんはほとんどお腹の中に入り込むようにして内蔵を腕に抱えいた。

 見た目は中学生のアンジュくん、美少年猟奇殺人鬼の雰囲気マシマシ。


「肝臓もぷりぷり! はぁ、この触感と新鮮な匂い、たまんない」


「…………」


 そこからは記憶がやや曖昧である。目を逸らせばいいものを、どういうわけか視点がお肉になっていく鹿に固定されていた。

 鹿だったお肉から血が絞り出されるのと同じく、私の頭からも血の気が引いていく。


「ゼニス? しっかりして、ゼニス!」


「ふへ……駄目かも……」


 グレンの声をどこか遠くに聞きながら、グロ耐性の限界を超えた私はぶっ倒れた。

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