第162話 魔獣狩り見学1
午後になって、私たちはお屋敷の外に出た。
メンバーはグレン、カイ、アンジュくん、最後に私である。シャンファさんとリス太郎は留守番だ。
アンジュくんは戦闘向きではないとのことだが、心配性のグレンが連れてきた。万が一、私が怪我したらすぐ対処できるようにだって。
4人でお屋敷の前の道を南に下る。道が東西に分かれている場所まで行って、東に進んだ。
みんな魔力で高速移動ができるだろうに、私に合わせてゆっくり徒歩。
ちょいと申し訳ないが、魔族の戦闘シーンを見る貴重な機会だ。ここは図々しく甘えよう。
徒歩のスピードで30分ほど歩くと、黒々とした森が見えてきた。道は森の中に吸い込まれるように続いている。
森の木々は背が高くて、針葉樹のように見える。木々の間を渡る風が吹けば、濃い魔力の気配がした。
森の手前で道から逸れた。森の外縁に沿うようにしばらく進んだ所で、足を止める。
カイが背負っていた荷物を降ろし、中から小さい香炉を取り出した。
「ゼニスとアンジュは下がっていてくれ」
グレンが言う。
「ゼニスちゃん、こっち来てね」
アンジュくんについていく形で、グレンとカイから距離を取った。
向こうでカイが狼に変身している。以前見せてくれた時と違って、極めて素早い変身だった。
グレンが香炉に火を灯し、棒に固定している。カイはその棒を口にくわえた。
「あれは何をしているの?」
私が聞くと、アンジュくんが答えてくれた。
「あのお香は魔獣が好む匂いを出すんだ。それで引き付けて、一気に叩く」
「へえぇ」
香炉をくわえたカイは、森の中に消えた。
それから待つこと15分くらい。
木々の間からカイが飛び出してくる。
続いて、大きな角を持つ鹿のような動物が突進してきた。あれも魔獣なのだろう。
カイは香炉をグレンの方に放り投げる。グレンは香炉をキャッチして火を消し、荷物の中に戻した。
そうしているうちにも、森から他の魔獣が次々と出てくる。
昔のMMORPGで言う所の引き狩り、もしくはトレインだなぁ。
カイが最初の鹿の首筋に噛みつき、引き倒した。巨体があっさり倒れて血しぶきが上がる。遠くだからよく見えないけど、首元の肉がごっそり噛みちぎられているようだ。ひえぇ。
そのまま勢いを落とさず、カイは次の魔獣を襲った。巨大なイノシシに似た獣だ。巨大イノシシは猛スピードで突撃してきたけれど、黒い狼は軽く受け流して爪を振るった。爪がギラリと刃のように光る。イノシシの毛皮が引き裂かれ、動きが止まる。すぐにどうと音を立てて倒れた。それきり動かない。
「カイは身体強化が得意なんだよ。爪や牙も切れ味を強化してるから、あのくらいの魔獣なら骨まで引き裂ける」
アンジュくんが解説してくれた。
いや、あれ……私とミリィたちが最初に境界で出会った時と全然違うぞ。あの時だって手強かったけど、あそこまでじゃなかった。あの時こんなんだったら私もミリィも死んでたと思う。
私の妙な表情に気づいたアンジュくんが、肩をすくめながら言った。
「東の境界でゼニスちゃんと初顔合わせをした時は、人間相手だからって軽く見て遊んでたらしいよ。その後、ものすごく後悔してたけど」
「遊んでくれてよかったよ……。じゃないと私、死んでた」
電撃の魔法が有効だとしても、呪文を唱える時間がないまま瞬殺だったんじゃないだろうか。
黒い旋風と化したカイを見て、そう実感した。
そんな話をしているうちにも、森から次々と魔獣が出てくる。
でっかい蜘蛛みたいのやら、巨大な蜂やら、人の顔のような頭をした鳥やら。実にバリエーション豊かである。おっと、足がいっぱいあるムカデ? ゲジゲジ?みたいのも来たぞ。
カイはそれらの魔獣を次々と血祭りにあげて行く。
魔獣が出てくるのに多少のタイムラグがあるので、囲まれることもない。どうやら相手の足の速さの違いを利用して、時間差で狩っているようだ。
「今回の数はだいぶ控えめだねー。ゼニスちゃんがいるから、安全第一でやってるんだね」
アンジュくんがそんなことを言った。
あれで控えめなのか。ざくざくと殺しまくっているので、生態系への影響が心配なレベルなのに。
カイが討ち漏らした魔獣はグレンが始末している。
時折一瞬だけ蒼い火花が散って、何匹もの魔獣が痙攣しながら倒れる。最小限の魔力で最大限の効果を上げている。
「グレン様、カイー! 鹿かイノシシ、1匹残しておいてねー! お肉にしよう!」
アンジュくんが口元に手を当てて叫んだ。カイが返事の代わりに大きく尻尾を振ったのが見えた。
たまに出てくる謎のお肉は、魔獣の肉だったのか。まあ、蜘蛛とかなら嫌だけど鹿やイノシシならいいかなってとこ。
森の魔獣は足の速いものから出てきては始末されて、だんだん違った種類になる。
今度は大きなトカゲみたいのが出てきた。前世のコモドドラゴンに似ている。コモドドラゴンは素早いけれど、あのトカゲは頭が大きくて鈍重そうだ。
「バジリスクが来たね。あれがこの森の浅い部分にいる魔獣としては、一番やっかいかな?」
「どういうふうに?」
「石化の息を吐くんだ。生き物であれば動物も植物も石になるから、後始末がやっかい」
手強いというよりめんどくさいみたい。
「どういう仕組みで石になるんだろう?」
私が疑問を呟くと、アンジュくんはうなずいた。
「いい質問だね、ゼニスちゃん。バジリスクの息にはある種の魔力性の毒が含まれていて、生き物の体に触れるとその部分を凝固・壊死させる。壊死した部分が石のように固くなるから、一般的に『石』と言っているけど。実際の岩石になるわけではないね」
「へえー、毒なんだ。皮膚をただれさせる毒は知ってるけど、石のように固まるのは初めて聞いた」
化学兵器の毒でそういうのがあると、テレビのドキュメンタリーで見た覚えがある。
それ以外にも、手作りコスメが趣味だった前世の姉が石鹸を作る時、苛性ソーダを使っていた。苛性ソーダは水酸化ナトリウムの別名。すごく強いアルカリ性の物質で石鹸の材料だけど、皮膚につくとただれてしまう。皮膚のタンパク質を溶かすのだと聞いた。
「ゼニスちゃんは物知りだねえ。前世の科学知識ってやつ?」
「うん。前世の国じゃ、色んな化学物質が身の回りにいっぱいあったから」
前世の話は、グレンの補足のもと彼らにも話している。ただ、アンジュくんはグレンほど信じてないみたい。仕方ないか。
「なんかちょっと、科学に興味出てきたなあ。今度、話聞いてみよっかな」
「素人レベルでフワフワしてるけど、それでよければ」
とか話しているうちに、バジリスクはあっさり倒されて死体になっていた。
グレンが魔法を使ったようだ。彼の魔法はあまり肉眼で見えないので実感しにくい。
「グレン様は魔力制御がカンペキなんだよ。扱いの難しい雷をあそこまでピンポイントで使えるなんて、魔王様とグレン様以外にいないもの」
アンジュくんは誇らしげである。中学生みたいな見た目だから、微笑ましい。
その頃には森から出てくる魔獣もまばらになっていた。
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