第158話 食べ歩きデート2

 魔人族たちの小さな街で、グレンと私は蒸しパンを食べながら歩いている。

 出来たての蒸しパンはホカホカ。薄い塩味の後でほんのり甘くて、美味しかった。


「こんな風に歩きながら物を食べるのも、初めてだよ。ゼニスと一緒にいると新しい発見がいくつもある」


 食べ歩きと半分シェアごときでそう言われると、変に気後れする。むしろどちらもお行儀悪いよね。

 が、ここは素直に受け取るべきだろう。


「大したことじゃないけど、そう言ってもらえると嬉しいな」


「私にとっては大したことさ」


「食べ歩きしたことなかったの? この街だってお店はあるのに、どうして?」


 私は食べ歩きによさげな屋台があったら、とりあえず寄るタイプなのだ。そして割と変なものも食べてしまって、後でお腹を壊したりする。ティトがいると怒られるので、一人の時限定の遊びだった。

 彼は蒸しパンの最後のひとかけらを飲み込むと、首を傾げた。


「なぜだろう。興味がなかった、としか」


「うーん?」


「もともと食に関心が薄かったから」


「料理上手なのに?」


「必要に迫られて覚えたが、料理も技術の持ち腐れだったよ。作り甲斐を覚えたのは、あなたが来てからだ」


「もったいない」


 私は美味しいものを食べるのが大好きだ。屋台で変なものを食べてみるのも、まだ見ぬ美味に巡り合うためである。

 料理もそうだ。誰も見つけたことのない味を追い求めて、色んなアレンジをやってみる。


 その後もとりとめのない話をしながら少し歩くと、今日の目的地に着いた。







「さて、ここだ。ゼニスへのプレゼントを注文した店」


 グレンが示した先は本屋さんだった。

 ちゃんと冊子状になった本が何冊も、棚に並んでいる。

 ユピテルには本屋さんがなかったから、とても久しぶりに見た!

 こじんまりとしているし、雑貨屋を兼ねているせいで本のスペースはそこまで広くない。でも確かに本屋さんで、私はわくわくした。たくさん本があるとそれだけで嬉しくなるよね。


 本屋のラインナップは英雄物語みたいのとか、あとは料理レシピブックなんかもある。魔王イエンディ書簡集とかいうのもあった。


「魔王イエンディというのは、今の魔王様のこと?」


「いや、歴史上の人物だね。5万年ほど前の魔王だ」


 ごまんねん……。相変わらず年数単位がピンとこない。

 えーと、魔族の平均寿命が1万年なので、計算めんどくさいから人間の100倍として。人間の感覚なら500年くらい前ってとこか。


「魔王イエンディは手紙を書くのが趣味で、今でも多くの書簡が残っている。政治的な内容から日常の愚痴まで色々だよ」


「へ~」


 割とどうでもいい情報である。しかしグレンは何でもよく知ってるな。


「グレン様、お待ちしておりました」


 店主らしき女性が奥から出てきて、挨拶をした。手には大きな包みを抱えている。


「こちらがご注文の品になります。どうぞ」


 グレンが受け取った包みを見せてもらうと、立派な装丁の本が何冊か入っていた。

 題名は『神界論』『魔力回路解剖図』『各種族の固有魔法大全』などが見える。見出しだけで心が躍った。


「ゼニスが興味を持ちそうな本を選んでみたよ。どうかな?」


「ありがとう! 今すぐ帰って読みたい!」


 正直、よだれが出そうである。今まさに知りたいと思っていた事柄がずらりと並んでいるのだもの。

 グレンはうなずきながらも、こんなことを言った。


「その前に、そこの小物屋で髪飾りを見ていこう。ゼニスが気に入ったのがあったら、買ってあげる」


 気持ちはありがたいが、私の意識は完全に本に持っていかれていた。

 仮にも恋する(?????)女性としてどうなのかとチラリと思ったが、趣味と好みと性癖は無理に変えられるものではない。

 小物屋さんに行きかけたグレンの手を引っ張って、急かしてしまった。


「それはまた今度にして、今日は読書タイムにしたい」


「でも、ゼニスに似合いそうな紅玉のかんざしがあって……」


 と、グレンは言いかけて、残念そうに肩をすくめた。


「いいや、帰ろうか。ゼニスがご馳走を目の前にした食いしん坊の魔獣みたいな顔してるから」


「食いしん坊で悪かったね」


 何とでも言うが良い。

 そういうわけで、私たちは魔人族の街を後にした。

 行きと同じペースで歩いていたら夜になってしまうので、グレンが私を抱えて魔力で高速移動することになった。徒歩半日が30~40分程度で済むそうな。

 私はてっきりおんぶするのだと思っていたのだが。


「さあゼニス、おいで」


 グレンは正面に立って腕を広げている。本の包みを大事に抱えて近づいたら、お姫様抱っこされた……。

 うああああ、街の人たちがすごい微笑ましい様子で見てくる。恥ずかしいっ!


「グレン、この抱き方はないと思うんだけど! おんぶでいいよ!」


「この方が安定するよ。じゃあ帰ろう」


 衆目のもとでお姫様抱っこの羞恥プレイする羽目になった。次、この街に行く時にどんな顔すれば良いんだ。

「昨日はお楽しみでしたね」的なことを言われたら、私、泣くよ? もしくは所構わず爆発魔法をぶっ放すかもしれない。


 顔が真っ赤になって、高速移動の風を受けてもなかなか冷めなかった。







 最後の最後にアレだったけど、お出かけはとても楽しかった。

 私は基本インドア派だが、やはり極端な引きこもりは良くない。外の風景は心身双方のリフレッシュになったよ。

 いずれ魔界の色んな場所に旅が出来るといいなと思った。


 でも、その前に一度ユピテルに帰らないとね。


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