第157話 食べ歩きデート1
お昼休憩を挟んだ午後、街がいよいよ近づいてきた。
魔人族たちの街はこじんまりとしていて、街というよりは村の雰囲気だった。
グレンが街に近づくと、近くの田んぼで野良仕事をしていた女性が顔を上げる。
「あら、グレン様! ごきげんいかが?」
「やあルオシー。米の出来具合はどうだい」
「良いですよ。今年もまずまずの豊作です」
田畑にいる何人かとそんな言葉を交わしながら、街に入った。
街並みは古い時代の中国を思わせる造り。表通りらしい場所には一応、数軒のお店が連なっている。
人通りは少ない……と思っていたら、グレンの姿を見て人がけっこう集まってきた。といっても2、30人程度か。
みんな昔の中華風の服を着ている。合わせがあって、袖口広めで帯を締めるタイプだ。
見た目は20代から30そこそこがほとんどで、たまに10代に見える人もいる。40代以上もちらほらいる。魔族だから実年齢は全く不明である。
お年寄りも少しだけ見かけた。けれど子供は全くいない。こういうのを見ると少子化を実感するね……。
「お久しゅうございます、グレン様」
「隣の可愛い子は誰です?」
グレンは慕われているらしく、人々が声をかけてくる。知らない人からだが、可愛いと言われて悪い気はしない。
私がニヤニヤと……いや、ニコニコとしていると、肩を抱き寄せられた。
「私の大事な人」
きゃーっと声が上がって、数人の女性たちが走り出していった。あれは知り合いに拡散する気満々と見た。魔族の感性というか精神性は人間と似たりよったりだなぁ。
あまり根掘り葉掘り聞かれたら困ると思っていたが、皆さんそこまで食い下がって来なかった。ただ遠巻きにめちゃくちゃ微笑ましい目で見られている気がする。なんだこれ。
落ち着かない気分になりながら、グレンに小声で話しかけた。
「誰も何も言わないけど、私が人間だと分からないのかな?」
「だろうね。容姿は何も変わらないし、魔力もそうと思ってよく見ないと気付かない。ゼニスは元々、人間としてはかなり魔力が強いせいもある」
「ふーん、そんなものなんだ」
魔族の身体的特徴は赤い目だけど、赤みの薄い茶色や黒に近い人もいる。私の茶色の目も違和感がない程度だ。
グレンみたいな燃えるような真紅、お屋敷の3人のかなりはっきりした赤はあまり見かけない。
まあ、まさか人間がこんなところにいるとも思わないのだろう。気にしないでおこう。
手をつないでてくてく歩くと、お店の軒先に出店が出ているのを発見した。セイロから湯気が立っていて、いい匂いも漂ってくる。グレンの袖を引いて聞いてみる。
「ねえねえ、あれなんだろ」
「蒸し
「蒸しパン!」
普段の食事でもパンや蒸しパンは出るが、匂いが少しだけ違う気がする。それぞれの家や店のレシピがあるのかもしれない。
出店を覗いてみると、白くてふわっとしたものが並んでいた。これはあれだ、蒸しパンというか中華まんの生地。豚の角煮とか挟めば豚まんになるぞ。
食べてみたい、が、割と大きめだ。もう午後だから、これを食べちゃうと夕食が入らなくなるかもしれない。どうしようか一瞬だけ悩んだけど、欲望が勝った。
「1個下さい」
「毎度あり」
屋台のお兄さんが竹の皮みたいなのに包んでくれた。
……しかしここで気がついた。私、お金持ってない。
大した値段ではないだろうし、グレンに頼んでいいだろうか? と思って彼を見たら、小さい水晶っぽい石を取り出していた。
なんだろ? と思いながら見ていると、屋台のお兄さんも似たような水晶を出してコツンと合わせた。一瞬ちょっと光る。
「はいどうぞ」
蒸しパンを差し出されたので受け取る。
「今の水晶みたいなの、なに? 魔晶石に似てたけど」
「お金。これの中に通貨用の魔力の一種を貯めておいて、必要な分だけ相手に渡している」
なんだと……。魔力が通貨? そんな電子マネー決済みたいなことしちゃって、発行とか貨幣価値管理どうしてるのさ。
いや、それよりも魔力を貯めておけるの!?
それがあれば、人界でさんざん失敗した魔力電池が実現できるかも!
「その石の仕組み、後で必ず教えてね!」
むしろ今すぐ教えろ、と言いかけて、頬にふわっと暖かな湯気が当たる。手の中のアツアツ蒸しパンを思い出した。
おっといけない。まずはこれを美味しくいただいてからだ。
ちょっと大きめだから、1人で食べ切るには多い。よし。
「はい、はんぶんこ」
ささっと半分に割いてグレンに片方を差し出した。割いた部分から湯気が立ち上る。あちち。
「…………」
ところが彼は目を丸くして私を見ている。あれ、しまったかな。
「お腹いっぱいだった? 半分なら夕ご飯に影響しないで食べられるかなって思ったんだけど」
グレンはそんなに量食べない人だからなぁ。私基準で考えてやらかしたかもしれん。ちゃんと聞けばよかった、ごめん。
と思って蒸しパンの片割れを引っ込めかけたら、受け取ってくれた。にっこり微笑んでいる。
「ありがとう。誰かと食べ物を分け合ったことがなかったから、驚いてしまった」
「えぇ?」
思わず声を上げたが、そうなのか?
そういやグレンは王族だし、アンジュくんたちも仲よさげながら丁寧に接してるし。気軽にはんぶんこなどする立場じゃないか?
いきなりの庶民作法で戸惑わせたようだ。悪いことをした。潔癖気味な人なら食べ物シェアNG派もいるしなぁ。
と、1、2秒ほどで考えて私は気まずくなった。
「もしかして嫌だった?」
「まさか。嬉しいよ」
彼はにこにこしながら蒸しパンを小さくちぎって口に入れている。別に無理しているようには見えない。じゃあいいか。
私はがぶっとパンをかじった。薄い塩味がついていてシンプルながらおいしい。半分だからすぐ食べ終わる。
しかしよく考えたら、私がお金持っていない以上、何か買おうとしたら彼にたかることになってしまう。
そもそも今日は、プレゼントとやらをもらうつもりで街まで来た。
贈り物をもらうわ、買い食いして奢ってもらうわ、さすがに卑しいのではないか。
私はユピテルではそれなりのお金持ちである。フェリクスの氷の商売が大当たりしたので、分配金がガッポガッポなのだ。
それに加えて、魔法学院のお給料もある。何気に主席講師の役職がついているので、お給料もそこそこ高い。
魔法はここ数年で一気に注目度が上がった分野のため、参入したい他の大貴族や有力騎士階級がたくさんいる。彼らは投資や寄付の名目で資金を気前よく出してくれる。権利問題や技術の流出は気をつけなければならないが、それ以上に景気のいい話が多いのである。
あとは、まあ、前世でも私は一人前の社会人として自活していた。ブラック労働に明け暮れていたせいでプライベートの時間がなく、お金の使い道もなかった。そのせいで貯金だけはけっこうあったんだよねえ。
そんなところに付け込まれて、ろくでもない目に遭ったりもしたが……それはいいや。
遺した貯金は、両親と姉たちが好きに使ってくれるといいなと思ってる。
とにかく、いくらデートでも100パーセント奢りなのはいかがなものか。
でも、割り勘にこだわりすぎるのも良くないのかも。仮にもグレンは魔界の王族で、お金に困ってなさそうだ。
ならば彼を立てる意味でも、甘えた方がいいのか? 喪女歴長すぎてその辺のさじ加減が分からん。
と、いうことを2秒で考えて、結果、今日はもう甘えることにした。ていうか一文無しだから、頼らざるを得ないっての。
開き直ってさんざん奢ってもらおーっと!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます