第155話 ヘンテコな恋のかたち


 脱力した気持ちのまま、すぐ横に膝をついているグレンを見る。

 相変わらずの美形だ。イケメンというよりも麗しいという言葉がしっくりくる。


 ユピテルでは理想の男性像は質実剛健と言われていて、男たちはみな髪を短くしていたし、髭も剃っていた。

 ティベリウスさんもドルシスさんも、それぞれ政治家と軍人で雰囲気は違うものの、すっきりした短髪にしていたなあ。


 反対にグレンの髪は長い。白銀の糸みたいな髪を背中まで伸ばしている。

 でも、よく似合っていると思う。暗い中で淡く光る、きれいな色。

 秀でた額の下で輝く真紅の瞳も美しいと思う。ただ、私を見る視線にいつも明らかな熱が込められていて……ちょっと怯む。


「グレン。横、座って」


 右手は握られたままだったので、左手でベッドをぽんぽんと叩いた。

 彼は意外そうに目を丸くした後、立ち上がって右横に据わった。相変わらず右手を握ったまま。







 私は筋金入りの喪女だ。前世でも男運以前に出会いがなかったし、今生だって彼氏が欲しいと思ったことはない。

 何よりも、真摯に告白してくれたラスを断ってしまった。

 結局私には、恋も愛も理解できないものかもしれない。


 ただ……グレンには恩ができた。

 ずっとずっと悩んでいた前世の秘密を受け入れてくれた。

 私は私でいいのだと、言ってくれた。

 この2つは私にとって、とても大きなものだった。


 だから、そんな私を好きだと言ってくれる彼にちょっとだけ応えてみようかと思ったんだ。


 右手をひょいと取り上げて、彼の体の側面に抱きついてみる。肩口に頭を当てて両手を体の前後に回して。

 グレンの身がギクリと強張ったのが分かる。普段は自分からベタベタ肩とか手とか触ってくるくせに、笑っちゃう。


「ゼ、ゼニス?」


「んー?」


 ドキドキはあまりしないなぁ。恋ってもっとこう、体温高くなって心臓がばくばくするものだと思ってたのに。

 でも、暖かさはある。安心感もあるかな。

 想像してたのと違うけれど、思ったよりも悪くない。


 額を彼の肩に擦りつけたら、引き剥がされた。


「何? くすぐったかった?」


「ゼニス」


 低い声で言われてぎょっとする。


「許してくれたと思っていい? もっと色んなこと、やっていい?」


「へ?」


 くるんと視界が回転して、気づいたらベッドに押し倒されている。……おい待て。


「いいよね? ゼニスが許してくれるまで、ずっと待っていたんだ。毎日幸せで、同じくらい辛かったよ。

 すぐそこに大好きなゼニスがいるのに手出しできないなんて。おあずけがひどすぎる」


 紅い瞳が爛々と光っている。見たことのない色だった。

 言いながら片手で私の髪を撫でて、もう片方は頬に添えてきた。


「ストップ! ステイ、ハウス! 急すぎるでしょ!!」


 私が拒絶の意思を示したら、真っ赤な瞳がぐらぐら揺れた。


「そんな、嘘だろう。毎日耐え忍んで、やっとお許しが出たと思ったのに! 泣くよ!?」


「207歳にもなって泣かないでよ、この変態!」


「変態? 上等だね。なにせ私の全てはゼニスのものだから。ゼニス限定で変態。いいじゃないか」


 なんにもよくないわ!! こいつ、開き直りやがった。

 それでもグレンはずるずると引き下がっていった。ものすごく、ものすごーく恨みがましい目でこっちを見ながら。


「ゼニスの意地悪……」


 ゲル状生物が流れていくみたいに床にうずくまって、丸まってしまった。せっかくのきれいな白銀の髪も、こうなってしまうととても残念な感じで散らばるのみである。

 私はため息をついて、声をかけた。


「起きなよ、そんなとこで丸くなってたら冷えちゃうよ」


「嫌だ。今起き上がったら、我慢できなくなる」


 めんどくせぇな!


「我慢はまだしてもらうけど、私も譲歩するから」


 私が言うと、床の丸まんじゅうはピクリと動いた。


「どのくらい? キスしていい?」


「それは駄目。一足飛びに行き過ぎ」


「えぇぇ、ひどい」


「ひどくない」


「じゃあ抱きしめるのは?」


「まあ軽くなら? あまりぎゅーっとするのは駄目」


「うぅ……分かったよ」


 まんじゅうはもぞもぞ動いて、人の形に戻った。立ち上がって私の前までやって来た。


「さあゼニス、おいで」


 こちらに体を向けて両手を広げている。

 さっきまでまんじゅうだったとは思えない、いい笑顔だ。

 正直めんどくせえと思ったが、私から言い出したことなので反故にもできない。仕方なく彼に体を預けて、背中に手を回した。

 すると彼は確かに、あまり力を入れずに抱きしめてきた。

 それはいい。約束どおりだ。

 だが。


「ねえグレン、これ、いつまでやるの?」


「もう少し」


 奴はいつまで経っても離してくれないのである! こいつ、まんじゅうからトリモチにジョブチェンジしやがった。

 時計がないから正確な時間は不明だが、とにかく長い。

 しかし私もあまり強く言えない。事前に時間を区切らなかったわけだし、そもそも恋人同士(???)のハグの平均時間など知らないからだ。誰か統計取って教えて欲しい。


「ぶっちゃけ、そろそろ飽きてきたんだけど」


「ゼニス、その言い方はあんまりだよ。――もうちょっとだけ」


 め、めんどくせぇー!


 まさに身から出たサビ。私はその後、グレンが満足するまで推定1時間以上もその体勢でいる羽目になった。

 今度から、ハグは1日1分までとか時間をきちっと決めておこうと思った出来事だった。



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