第147話 魔力の断片

 魔族は呪文の詠唱なしで魔法を使う。その仕組を聞いてみたところ、驚くべき答えが返ってきた。

 グレンの言葉通りに記すと、


「魔力回路で生成される魔力を神界に接続し、現象の発生を受け取る」


 とのこと!


「神界に接続!? 神界って何?」


 私は勢い込んで質問したのだが。


「形而上の存在で、アイオーンのソフィアがプシュケー本来の力を引き出した際に存在し得る世界。いわばプネウマのイデアにおける真の座と言える」


 さっぱり分からん。

 なにそのファルシのルシがパージでコクーンみたいな説明は。

 その後、質問するたびに分からない言葉や概念が出てきてものすごく苦労したが、何とかかんとかかいつまんでみた結果。

 神界とは、純粋な魔力で構成されている上位世界、というような意味らしかった。


「それじゃあ、あまりにざっくりしていて正確じゃないよ」


 と、グレンは不満そうである。

 まあ、気持ちは分かるよ。詳しい人がド素人に説明しようとすると、ざっくりザックリ省きすぎて言いたいことの半分も伝わらないのに、教えた相手は分かった気になってるの見ると、モヤモヤするよね。

 私もユピテルで、視察に来た元老院のおじさんに魔法概論を話した時、そんな感じになったもの。

 あとは前世で、クライアントの偉い人( だいたいおじいちゃん)にシステムの全体図や業務効率化について説明した時とかもね……。


 私の前提理解が低すぎるのが問題なので、後で勉強することにした。

 で、今の段階で理解できる範囲だと、とにかく神界と呼ばれる上位世界に魔力で接続して魔法の命令文を送り込み、フィードバックされてきた魔力を受け取って魔法の効果・現象として発動させる。それが魔族の魔法だった。


 魔法の命令文。つまり、以前私がプログラム的に考えていたソースコードだ。

 魔族たちは呪文の詠唱に頼らず、自前の魔力回路でソースコードを含む魔力を生成して、神界に接続する。そして魔力の形で返ってきた結果を、魔法の効果として発動させる。


「そういった処理は、具体的にどうやっているの?」


 と聞いたけれど、グレンも他の魔族たちも困った様子になった。


「どうと言われても。どうやって心臓を動かしているのか、と聞かれても答えられないように、生まれつき自然にやっているとしか言えないな」


 と、グレン。

 あぁ~、自律神経みたいなものか。自分の意志とは無関係に自動的に動く体の仕組み。

 ごはん食べたら自動で胃が消化して腸に送られて栄養吸収して、最後にお通じになって出てくる、みたいな。ごはんを食べるのは自分の意思だけど、その後は勝手に体がやってくれるもの。

 魔族の強靭な魔力回路は、魔力量が多いだけじゃなくそういった複雑な処理をこなすためのものでもある。

 人間とは根本的に出来が違うと実感した。








 もう一つ、魔法で生み出した水や石などが一定時間で消える件について。


「魔力は万能だけど、根本的に物質世界とは違う法則のもとに存在している。だから魔力、魔法で何かしらの物質を作り出すのは、一時的であれば可能だが、恒久的には難しい。

 お互いに存在そのものが反発しあって消えてしまうんだ。そして、魔界や人界においては物質の方が強い。魔力が消える。

 一部の物好きな魔族は魔力から生命を創り出そうとして、失敗ばかりしているよ」


 グレンの言はそんな感じだった。


「魔力を以て完全な物質を作り出すのは、ある意味で魔法の究極的な秘奥と言えるだろうね。反発し合う両者を繋ぎ止め、なじませ、矛盾せずに存在を確立させなければならないから。

 実は魔界開闢かいびゃく神話では、魔族は魔力から作り出された存在とされている。

 けれども、もうその手法は失われて久しい。それどころか神話そのものが作り話ないし誇張と言われているね」


「その神話、どういう内容?」


「ざっくり言えば、神界に住んでいた高位存在の一柱が魔力の雨を降らせて、渦巻状になった魔力の固まりが魔界と魔族になった、そんな話だね」


 日本神話にちょっと似てるな。あれはイザナギとイザナミが天の沼矛あめのぬぼこで海をかき混ぜて日本を作ったとかだったよね。


「それはどのくらい前の話?」


「伝説だから正確には不明だが、10億年くらいじゃないかな」


 億の単位がキター!!

 それもう、一種族のタイムスケールじゃないよ。惑星とか地質とかのレベル。わけがわからん。

 前世の10億年前って何時代だっけ。恐竜もまだ生まれていない頃だったっけ。まあいいや……。


 とにかく、魔法の生成物が一定時間で消える理由は分かった。

 魔力と物質が根本的に対立する存在だったとは。

 でも、それならば魔力回路を肉体に宿している魔族や人間って何なんだろう。魔族はもともと神界に近い存在なのかもしれないが、人間は何故魔力を持つようになったんだろう。


 疑問が一つ解けるとさらに先がある。

 もどかしく、終わらない物語を読んでいるような気持ちになる。でもその物語はとても魅力的で、時間のある限り読み進めたい。だってとても楽しいんだもの!







 さて、話を少し戻そう。

 人間の魔力回路は脆弱で、魔力の生成や循環は出来ても、神界に接続したり魔力で命令文ソースコードを作ったりは出来ない。

 詠唱式呪文――魔族たちの言うところの神聖語魔法――は、人間が不可能である部分を代行してくれるのだろう。

 私が以前考えていた、ライブラリ説が現実味を帯びてきた。


 魔族たちの話と私の推測を合わせると、人間が魔法を使う時に消費する魔力は、ライブラリへの接続コストと思われた。

 ソースコード生成は詠唱式呪文で代行。コードを受け取ったライブラリ(仮称)が神界へ接続を実行、神界より魔力で返ってきた結果を魔法の指定対象に転送、そして魔法が発動すると。

 魔法の種類によって魔力消費の多寡があるので、ライブラリ内での処理に多少は関係しているのかも知れない。


 魔法の効果に対して消費魔力が少なすぎると、かつての私は心配していた。でもこの考え方ならば、魔法という奇跡を起こすのはあくまで神界になる。人間はもちろん、魔族たちですら神界から送られてくる魔力を魔法に変換しているに過ぎない。

 神界は大丈夫なのだろうか。魔法の一番大変な部分を一手に担って、資源が枯渇して滅んだりしない?

 あと、サイバー攻撃を受けたサーバみたいに処理落ちしたりしない?

 そう思ったのだが、グレン曰く「神界は無限の魔力であふれている」と。ホントかなぁ。

 真偽のほどは分からんが、魔族たちは太古の昔から魔法を使いまくっていたけれど、特に問題はないらしい。確かめようもないし、とりあえず横に置いておくことにした。


 なお、魔族たちも神界の存在を概念として知っているだけで、実際に訪れたりは出来ないとのこと。


「一応、生物が死ねば肉体の崩壊に伴って魔力回路が分離して、魔力だけ神界に還るというのが通説だね。でも死んだ人に話は聞けないから、本当にそうだとは断言できない」


 魔族の宗教観、死生観はそんな感じ。

 魔界に住む生命は全て魔力を持つので、魔獣や植物やらもその説が当てはまるんだって。

 ふと思いついて、私はグレンに聞いてみた。


「生まれ変わりとか、転生とかについてどう思う?」


「生まれ変わり? おとぎ話の中では存在するが、現実に確認はされていないな。

 ただ、魂や人格は魔力に属するものと考えられている。ならば一度は神界に還った魔力が、あまり形を変えずに再び命に宿るケースはあるかもしれない」


 輪廻転生の概念は薄いようだ。でもユピテルと違って皆無ではない、か。


「どうしてそんなことを?」


「別に。魔族の死生観ってどうなってるのかなーと思っただけ」


 グレンが不思議そうに言うので、私は適当にごまかした。

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